わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
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 漫画家の里中満智子が今年、ユニークな本を書いた。劇画ではなく、古代を説いた歴史本でもない。それは健康ブック。「健康法の女王」だ。
  大阪の高校を中退し新人漫画家として上京。以来、売れっ子としての日々。何本もの連載を抱え、終日座りっぱなしで机に向かう。食事も不規則。睡眠時間も1日おきに3時間という考えられないもの。当然、体調を崩すと思いのほか、体力には自信があってどんどん仕事をこなしたという。しかし年齢を重ねるうち病気がちらほら、とくに癌を患い手術してからは慎重になった。そして、人から奨められたり、テレビ、雑誌で知った健康食品を試し始める。とことん調べ、試してオーソリティーになり、本を出した次第。
 スタジオにそんな食品の一部を持ってきてもらった。ザクロやチョコレートなど脚光を浴びている人気食品をはじめ、その種類は豊かで機能一点張りの寂しさはない。意外だったのは油脂類も多かったこと。茶油やオリーブオイルなどさまざまあり、ダイエットには油分カットといわれるが、削りすぎはいけない、いいものを摂取すべきで、里中さんは直接飲むこともしているという。なじみが多いのは大豆、乳製品に海藻類、干し椎茸など乾燥食品だ。牛乳をのぞけばそれらは日本人がずっと食べ続けてきたもの。味噌、醤油、納豆、豆腐に昆布、ワカメなどは、やはり健康にいいものなのだ。


 油揚げとひじきを見て好きなセリフがうかんできた。
「どうで、ひじきに油揚の惣菜などをうまがって・・・・・」
 河竹黙阿弥「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」の主人公、河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)がいう。油揚は「あぶらげ」といえばリズミカルだ。
 宗俊はお数寄屋坊主。身分は低いが将軍家に仕えるいわば「直参」。千代田城に出入りする大名の茶の給仕がおもな仕事。町人には未知の世界に住みながら、陰では強請(ゆすり)、たかりをする悪党でもあった。
 ある日、質屋の上州屋で、娘の難儀を聞きつけた。松江出雲守の屋敷へ腰元として行儀見習に出していた娘がどうやら監禁されているという噂。殿様自らが妾(めかけ)になれと強要しているという。娘は嫁入りが決まっている。なんとか救出したいが町人の身ではどうしようもできない。そこに宗俊がつけこみこういう。
「その娘を取り戻す工夫はなんともないが、失礼ながら、こなた衆は八杯豆腐や目刺鰯の惣菜ばかり喰っているから、その工夫はつくまいて」
 自分は大名に出入りして上等なものを食べているから分別が違うというのだ。そこで、お願いしようかということになるが、礼金が二百両とふっかけられてためらう一同。そこでくだんのセリフになる。
「どうで、鹿尾菜(ひじき)に油揚の惣菜などをうまがって喰っている了見では、二百両はさておいて百両の礼も出しにくかろう」
「わずかな礼をかなしんで大事の娘を殺すがいい、はて気の毒なことだなア」
この嫌味がきいて結局、二百両の契約が成立する。


 続いての「松江邸」が人気の場面。上野の宮様の御使い僧という高位の姿に化けて大名を強請(ゆす)るのだ。「天衣紛上野」とある本名題はここからくる。その緋の衣の貫禄と上品な物言いながら出雲守を攻め立てて、結局、娘は無事解放される。
 一件落着し、御使い僧にお膳が運ばれてくる。お役目ご苦労様という接待料理だ。二の膳付の精進本膳。それに酒銚子。しかし、宗俊は手をつけない。飲酒は五戒のひとつで僧侶の身で嗜んではいけないし、空腹でもないと断る。それでは接待する側も面目がたたないのでとまどう。ここで表題のセリフだ。
 「身不肖ながら一品の身位尊き御門主へ身近う仕えるこの道海(どうかい)、在家の料理は好もしからず」
 偽名だが道海という高僧。だから在家つまり俗な大名ごときの料理は口に合わないよと強烈な悪口。前の場面の「ひじき、油揚、八杯豆腐、目刺」などが耳に残っている観客にとっては痛快なセリフなのである。
 そのあとに、それでもなにかを出したいというならお茶をいっぱいくださいというところが名セリフとして知られる。
 「あいなるべくば、山吹のお茶を一服所望申す」
 もちろん黄金のお茶、つまり小判要求の間接的表現、お客は喝采する。


 この芝居は明治になって徳川政権が滅びてから上演された。江戸時代には考えられない権威を貶(おとし)めるこんなセリフも可能になったのだ。あくまで庶民の側にいる河内山宗俊はやはり「ひじきに油揚」で育ったはず。そんな観客の日常が、惣菜メニューをセリフに登場させることでいきいきと描かれている。ちなみに「八杯豆腐」も素朴な煮奴料理だ。それにしても、好き嫌いが多く、ひじきの煮つけなど苦手だったわたしが、いつしか大好きになってきたのはどうしてだろう。あのしっとりした油揚との調和は絶妙だ。やはり日本人の血がそうさせるのだろうか。だれです? そりゃ年ですよっていうのは。
 
     
     

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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