わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第27回】  魂抜けて とぼとぼ うかうか →バックナンバーに戻る

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 マニフェストやらデジタルコンテンツやら新しいことばが増えて、中高年者には耳も目もパンク状態だ。リストラではなく「リスカ」ということばもあるのだそうだ。文字で書くとかわいらしく見えるが「リストカット」つまり手首を切る、自傷行為のことである。ドキュメンタリー番組を見てびっくりしたのは、手首どころか少女の腕全体に傷跡が何十本もある。目を背けてしまった。自殺しようとするのではなく、自分を傷つけ血を流すことで心理的救いを求めているという。さらに、そんな苦しい胸のうちを傷からしたたる血潮で日記につけている例も紹介され、暗然としてしまった。


  歌舞伎や文楽には、たしかに血で記した手紙やら書類などが小道具につかわれる作品がある。でもそれは江戸時代でも異常なことだった。
 「わっ、気味の悪いものじゃ」といって普通感覚の人が投げ出す場面がある。「心中天網島」の登場人物、孫右衛門だ。弟、治兵衛が恋人、小春と取り交わした起請文(きしょうもん)、愛の誓いの文書に血で判が押してある。それを手にしたとたん孫右衛門は放り投げてしまう。小春治兵衛は毎月、月初めに起請文を取り交わし、それぞれ大切に持ち歩き29枚になった。つまり足掛け三年、付き合っているということだ。当人同士には大事な愛の証だが、兄とはいえ、部外者にとっては血だらけの紙でしかなく気持ちが悪い。


 近松門左衛門の「心中天網島」は、実際に起きた男女の心中事件をもとに筆をとっている。現在の大阪市都島区にある大長寺がゆかりの場。住所が網島。それに天網恢恢(てんもうかいかい)神様仏様がみんな見届けていた心中事件と天満に住む紙屋の治兵衛が主人公ということから外題(げだい)をつけている。
 治兵衛は自宅におさんという女房とふたりの子もいる。一見、平和な家庭を壊してしまうのが治兵衛の浮気。曽根崎新地の遊女、小春との恋だ。女房はいとこにあたり、働き者、こどもは6歳と4歳で幼い。分別ある男なら浮気は浮気と自制心もきくが、治兵衛は根がまじめな商人だけに、いったん溺れた恋の渕は深かった。それは小春も商売を離れて治兵衛に恋してしまうほど純な女性。金のやりとりが第一で客を選べない遊女が愛を貫くには別れるか死しかない。北新地の茶屋「河庄」の幕が開いたときに、ふたりは心中を決意していた。


 治兵衛が花道から登場してくる時の浄瑠璃が表題の、
 「魂抜けて とぼとぼ うかうか」だ。
 小春に会いたいのに会えない、でも今度会ったらそのときが一緒に死ぬ時と約束している。通りかかった居酒屋で河庄に小春がいると噂していた。そうだ、会いに行こう。思いつめながら歩く足取りが「とぼとぼ」。これを初代、中村鴈治郎が工夫し、現在の三代目も見事に表現する。
 ふらふら歩くというより、心ここになく体だけ前のめりに北新地に向かう態。人間、思いつめて歩くとこうなるのかとわかる写実芸。途中、石につまずいて雪駄が脱げてしまう。普通なら体の後に残るのだが、前方に脱げて、足が下がる。すぐには脱げたことさえ気づかない。少しして足裏に違和感を覚え、雪駄を探す。半分ぼんやりしたまま見つけ、鼻緒に足を通し、つま先をトンと地面に立てる。そこに三味線がひと撥。
 見事と褒めるのは、この全体が写実なのに音楽劇になっていることなのだ。決して浄瑠璃、三味線に合わせているのではない。詞章のことばと音楽が体の動きとぴたりと重なり、観客を恍惚とさせてくれる。
 「魂抜けて…」と役者は語っていないのだが、全身の動きがまさに「名セリフ」になっている瞬間を味わうことができるのだ。


 

 治兵衛という男が小春を思い尽くして「魂抜けた」状態であることは「河庄」の幕全体に貫かれている。
 小春は治兵衛の女房から、別れてほしいという内容の手紙を受け取り、治兵衛に理由を告げず、心中が嫌になったという。それほどやさしい心根の女性でもある。治兵衛は混乱する。そこで兄、孫右衛門が立ち会う中、ふたりは泣きの涙でいつまでも懐に入れておきたかった起請文を返すのだ。このとき、小春はひとりで死ぬ決心をしている。しかし治兵衛は逆上する。裏切られたと暴言も吐く。暴力もふるう。冷静な現代の観客からみるとなんというあさはかな男だと思うだろうが、泣いたり騒いだりするこの治兵衛を見ていると滑稽でもあり、かわいそうにも感じてくるから不思議だ。それは、魂抜けて小春のことしか考えていない一貫した心が伝わってくるからなのである。兄の忠告も上の空、心ここにあらず、小春がすべてなのだ。起請文の血の約束が、もはや引き返すことができない深みに治兵衛を連れて行ってしまったのだった。
 結局、この物語は治兵衛の女房おさんが貞女ぶりを見せるが、その甲斐もなく、ふたりが心中してゆく幕へとつながるのだが、近松は美化していない。ふたりの死に様のむごたらしさを「一刀ゑぐる苦しき暁」と表現し、治兵衛が人の道を踏み外したために妻や幼子が犠牲になり、家庭が崩壊してゆく悲惨さを描いている。


 江戸時代、起請文は誓紙ともいわれ、裏に烏の絵が描かれていた。熊野牛王(くまのごおう)といわれ、紀州の熊野大社のもの。大坂の町でも売られた。一組二枚ではなく三枚。一枚は熊野大社に納め、まさに神仏に誓った恋。遊女の間で流行した形式的なものだが、小春治兵衛にとっては真剣な29枚だった。
 この紙には三本足のカラスが描かれていた。誓いを破るとカラスが死ぬともいわれていた。これはヤタガラス。実は日本サッカー協会のシンボルマークでもある。神武天皇東征の道案内をしたので、勝利にむかう縁起がいいものとの理由がある。
 自分を傷つけたり、他人に暴力をふるったりしても、なんにもいいことはない。リスカなんて嫌なことば、覚えないにこしたことはない。和製英語は苦手だけれど、サッカープレイヤーもいいしサポーターもいい。新しいカラスの時代を過ごさなくては損である。


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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