わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第29回】  あんたちっとも幸せじゃないんだね →バックナンバーに戻る

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 小さい頃、憧れの食べ物は苺のケーキ。初めて食べた時の感激は忘れない。友達(お嬢様)の家に招かれてのバースデイケーキがそれだった。外側がこんがり焼け、中はふわふわのスポンジ台。その当時バタークリームしか食べたことがなかった口に運ばれた生クリームの溶け方と軽い感触。もちろん甘さといい苺の香りといい、こんなに美味しい食べ物があるのかと思った。それから種々のケーキと出会ってゆくが、今なにかひとつといえばこれをあげるだろう。
 包丁(ナイフではない)で切り分けてゆく母の手元を真剣に家族全員で見つめていたあの日あの時。それは、親になって、こどもと見ていても同じ光景だ。美味しいものの大きさや行方は大切な関心事だ。めったに食べられないからこそ輝いていたお菓子。そして家族あっての幸せの風景だ。


 芝居には食事シーンは欠かせないが、普通は空の器で飲んだふり食べたつもりを演じる場合が多い。しかし菊田一夫の「放浪記」は林芙美子役の森光子が焼芋をかじったり、尾道の実家で味噌汁をかけて飯をかっこむシーンは昭和36年の初演からかわらない。昭和初めの貧困を潤す食の情景には本物が必要と思ったのだろう。特に尾道は二人目の夫との結婚生活に失望した芙美子が、初恋の男性の妾にでもなろうかと実家に戻った落魄の旅だった。その家に親子三人の行商人が雑貨を買って欲しいと立ち寄る。しかし芙美子の両親もその日暮らしの同業者ゆえ断る。しかし芙美子は、空腹そうな少女を哀れに思い、三人を家に上げ食事をさせる。
 いかにもうまそうに飯をほおばる少女。他人の事どころではない芙美子だが、自分の幼い日の姿をそこに見つける。それは作家の視線でもあるのだが、お櫃からよそった飯を奪うように食べるそれは、本物の白米でなければならない。飢餓と満腹。少女のひと時の幸せを観客は共有できる。


 菊田一夫の「放浪記」は、林芙美子の20代の苦闘を描くのにほとんどの時間を費やす。幸せを求めての放浪。それは結婚でも出産でも、金儲けでもない。自分が認められない飢餓感と認めてほしいという夢。それらがセリフで描かれてゆく。
 生活苦から底辺社会のさまざまな職を転々とする芙美子。カフェの女給時代、明るく、さっぱりした芙美子だが、客からは馬鹿にされる。そんな暮らしでも自分が詩を書き続ける理由をこういう。
 「わたしの人生はこれだけでおしまいになるんじゃないんだぞ、と自分にいいきかせて書いているんだよ」
 淫売呼ばわりされ、さげすまれ、一度は好いて一緒になった夫にさえ裏切られ、行き場を失うはずの女が踏みとどまっているのは「書く」という行為があるから。それにしがみついて生きる哀しいセリフだ。
 渋谷の木賃宿で、同宿者と雑魚寝の布団が敷き詰めてある中、原稿を書く芙美子。絵描きの男性が声を出して読み、女占い師が聞いてふたりが褒める。そこで、逞しいはずの女、芙美子は泣く。
 「今までだれもそんなやさしいことばをかけてくれたことなかった」意外なセリフ。そんなことで泣くなんて、よほど君は不幸な人だね、と絵描きがつぶやく。
 文筆仲間はたくさんいたが、どれもライバル、けなすことが多い。芙美子の書くものは貧乏やどん底を売り物にした「ゴミ箱の中をぶちまけたような文章」とさえ酷評されていた。それが安宿の見知らぬ相客から温かいことばを受けた。芙美子がどれほど否定された人生を歩み続けてきたかがわかる。
 その宿では、初めて文芸誌に自作が掲載された喜びも噛み締める。あの森光子の「でんぐり返し」の名場面とともに有名だ。

 

 終幕は芙美子の豪邸。初めての立派な大道具に観客はどよめく。実際の芙美子も人気作家となって成功し、凝った家を建築したという。眼鏡をかけ老け込んだ芙美子は、以前の明るさ、やさしさを微塵も感じさせない頑なな初老の女作家に変貌している。成功とは裏腹に執筆に追われる中、自称の親戚やら知人が借金、寄付金に日参するさまを描く。交通費だけ渡して追い返せなど冷徹に処理してゆく芙美子に尾道の少女に見せたやさしさはない。認められ手にいれた成功。でも安住の暮らしではなかった。この日も3日間寝ずに原稿用紙に向っていた。仕事中毒だとかつての文士仲間、日夏京子にたしなめられ、こう返す。
 「原稿紙に向っているときだけがひとりであってひとりでない」
 文中の登場人物が唯一自分の身の回りにいてくれ、自分を慕ってくれる。だから書き続けるというのだ。孤独を埋めるための著述。そして肉体の疲弊。虚しい繰り返しを教えているセリフだ。
 いつしか文机でうたた寝をする芙美子。手をだらりと下げた森光子の寝姿は生前の芙美子にそっくりだと褒められ、最後を看取った林緑敏からアメジストの指輪が贈られたという。森はラストシーンでこの指輪をはめている。その姿に日夏京子がこう声をかけて去る。
 「お芙美、あんたちっとも幸せじゃないんだね」
 原稿用紙に向うことで幸せを探してきた芙美子が結局は書き続ける中で本当に欲しかったものを手にしていないと語りかけ、幕になる。
 実際、林芙美子は47歳という若さで亡くなるのだが、その死をも連想させる見事な幕切れである。昭和36年の初演台本を森光子に見せてもらったら、そのセリフは違っていた。
 「お芙美、あんた不幸だね」
とある。しかし「不幸」ではなく「幸せじゃない」のほうが、やはりおさまる。たぶん菊田一夫が初演の時すでに変えていたのだろう。この場面までに展開してきた逆境に負けない芙美子像は幸薄い人生の典型で夢も希望も無い。あきらかに不幸な女の人生を描き、積み重ねてきた。そして終幕、さんざんな不幸からは脱した贅沢な暮らしぶりを見て、ちょっと観客は安心する。でもよく話を聞いてみると、そしてくたびれ果てて呆けたように寝入ってしまう女性の孤独を見れば、不幸ではないけれど、決して幸せではないんだということがわかる。
 菊田一夫、そして三木のり平の緻密な演出や解釈が芝居全体に行き渡り、だから名作なのだと、この初演台本を見て改めて思った。
 森光子はこの役を1700回も演じている。「なぜ、この芝居をお客様が何回もみてくださるのかわからないんです」と語るが、答えは簡単だ。森光子を見にくるのだ。林芙美子の「放浪記」の舞台化ではなく、菊田一夫が林芙美子の著作をもとに創造した芙美子役を演じる森光子を見るために通うのである。
 40歳で花開いた女優、森光子。それからの歳月でさらに芸を磨き上げ、加齢とともに一体化してゆく芙美子役。それを演じ続ける奇跡を実感しに観客は繰り返し劇場に通うのだ。最後のセリフはさまざまな女優が口にするのだけれど、それは森の寝姿がいわせるのだ。まさに森・芙美子が演じた3時間半がいわせる森光子の隠れた名セリフなのである。
 

 ところで急に顰蹙、苺ケーキの話。たしかに、デコレーションケーキ丸ごと買える金は今ある。でも買う勇気が無い。それは一緒に奪い合って食べた、こどもたちも今いずこ。単身赴任のわびしい食卓にはまぶしすぎる大きさだからだ。幸せの味はどこへ? まあいいか、焼酎でも飲もうっと。
 サラリーマン生命は短くて 苦しきことのみ多かりき 聖司
 
 

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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