わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第31回】  あなたには忠実なすみれをあげたかった →バックナンバーに戻る

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 「しゃべらナイト」やら「駅前留学」など英語熱の高さは相変わらずだ。いまでは幼稚園でも教えている。わたしの時代は、中学生になってから習う教科の代表だったから暢気なものだった。小学校ではローマ字を一生懸命に覚えた。「せいじ」という自分の名前をSEIZIなのかSEIJIなのか悩みながらも外国語の雰囲気にひたっていた程度だ。
 そして中学で初めての英語教科書。いきなりつまずいた。「ロビン」と「ホーソーン」という単語に。人名でも「ローソン」でもない。「こまどり」と「さんざし」という訳。テキストが外国の暮らしを描いたもの。第一章は春の情景。その単語だった。ここで心理的ストップがかかってしまった。12歳の日本少年は生活実感のないことばに戸惑ったのかも知れない。「咲いた咲いた桜が咲いた」ならまだわかったのに。それで以後、英語の成績が・・・・と言い訳しておこう。


 日本では西洋の芝居を「赤毛もの」といって上演してきた。日常生活に溶け込んでいる内容かどうかで雰囲気がずいぶん違う。チエホフの「桜の園」は日本人好みのタイトルだ。だがソメイヨシノや山桜を想像してはいけない。さくらんぼが実る樹、実桜なのでイメージが違う。「椿姫」だって内容も雰囲気も伊豆大島の「椿娘」とは異品種?だ。外国の戯曲は翻訳家や演出家の手腕によって説得力が加わってくるか、遠い国のお話で終わってしまうのかの差が出てくる。
 その点、劇団四季の「ハムレット」は日本人の生活感覚になじむ解釈をとっていた。墓場でオフィーリアが葬られる場面、ハムレットは墓穴に飛び込んで遺体を抱きしめるが、キリスト教の考えでは不浄の死体に触れることは禁忌。ありえない演出なのだそうだ。でも仏式が多い日本での上演には、ハムレットとオフィーリアの悲恋がこうした演出で身近になる。浅利慶太の手腕だ。脚本は福田恒存の訳。有名なセリフ「TO BE OR NOT TO BE・・・・」は「生か死か それが疑問だ」となっている。


 今回とりあげた表題のセリフはオフィーリアのものである。父王が突然死に、とまどうハムレット。王位についたのは母が再嫁した叔父。ある夜、父の亡霊からその叔父に毒殺されたと聞かされたハムレットは復讐を誓う。狂気を装ったハムレットは、恋仲のオフィーリアにも真実を伝えることなく「尼寺へゆけ」と愛想尽かしをする。母に再婚を咎めて責める最中、忍んでいた老臣を叔父王と間違えて刺し殺してしまう。その老臣はオフィーリアの父だった。恋の破局と父の死で気が触れるオフィーリア。狂乱の場面でこのセリフを口にする。
 素足に蓬髪、服装も乱れて手には花。「デンマークの王妃さまはどこ?」とさ迷い歩く。手にした花を居合わす人物に渡しながら警句を吐く。シェークスピアの優れた筆だ。しかし、花言葉に該当する花の名前が、わたしには全部わからない。先述の「HOWTHORN(さんざし)」の類いだ。ただし前後の訳文から肝心の花は理解できるので楽しめる。原作の香りを安易に薄めていない翻訳の勝利だ。

 

 まず兄に「これがまんねんろう、わたしを忘れないように」 まんねんろうってなんだろう?「忘れな草」かなと思っている間に「三色すみれ、ものを思えという意味」と語る。すると兄は「狂気にも教訓があるのか」と、ずっと自分のことを思って忘れないでいてほしいという妹の心を理解する。
 次に王に近づいて「あなたには、おべっかのういきょう、それから、いやらしいおだまき草」。茴香(ういきょう)の花もわたしは知らない。薬草にありそうな妙な日本語名の響きが、おべっかという修飾語にぴったりだし、苧環(おだまき)という独特のことばに、いやらしいをかぶせて王の性格をいいあてる。オフィーリアは狂気の中で判決を下す花の裁判官であると感じる。
 兄への遺言、そしてハムレットも父も共になくした遠因を王に読み取っての恨み言、最後は王妃にむかっての、このセリフ、
 「あなたには、昔を悔いるヘンルーダ」
えっ、なに?「へんるうだ」へえ、そんな花があるの?と思った瞬間、こう加える。「あたしにも少し。これは安息日の恵み草ともいうの」ヘンルーダという草には「後悔」と「安らぎ」とふたつの花言葉があると教えてくれる。前の意味では王妃に、後の意味では自分にと花を取り分けている。このへんになるとオフィーリアへの同情が観客の心に満ちてくる。さらに王妃に、
 「でも、あなたには忠実なすみれをあげたかった。それなのに、こんなにしおれてしまって」
 なんと意味深いセリフだろう。人望もあり勇敢だったデンマーク王を弟である現在の夫が殺したことは知らなかった王妃だが、結果的に身をまかせてしまった。そのことを責めてもいる。狂気を装ったハムレットの真意を本当の狂気の中で読み取った不幸な娘。その哀れなセリフが胸に迫る。このあと入水自殺することを観客は知っている。ハムレットの真っ直ぐな復讐劇は王、王妃、オフィーリアの父、兄、そしてハムレット本人まで一気に巻き込みながら終末を迎えるが、際立って人間的な弱さを見せて死を迎えるドラマの犠牲者がオフィーリアなのである。
 オフィーリアの埋葬に当たって兄、レイティアーズはこういう。
 「その穢れない身体から、すみれの花を咲かせてくれ」
 忠実の花、すみれはオフィーリアそのものだったのだ。
 はかない命の草花に託したオフィーリアのセリフ。それを書いたシェークスピアの思いは、400年を経て日本人にも確実に伝わっている。
 

 ところで「まんねんろう」はローズマリー。「茴香」は香草の「フェンネル」。「三色すみれ」はパンジーともいうが、すみれから生まれた改良種で、うなだれているから「もの思う」のだと調べて知った。すみれ(バイオレット)は日本語では可愛い響きだが、大工道具の「墨入れ壺」に形が似ているからという語源を読むとちょっとがっかり。でも「すみれの花咲く頃」という美しい歌もある。宝塚歌劇のテーマ曲ともなっているが、「パリゼット」という原作は「白いリラの花咲く頃」なのだそうだ。訳者は白井鐵造。トルストイの「復活」にちなむ曲という。
 リラと「忠実」に訳さなかったからこそ、この曲は歌い継がれているのかも知れない。
 

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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