わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第36回】  明日の夜 誰か添乳せん →バックナンバーに戻る

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 こどものころ、クリスマスイブがイヴ、ウイスキーをウヰスキーと表記してあったり、質屋の看板に「ひち」と書いてあったり日本語はいろいろだった。違いは分からなかったが、こどもだから、そんなものと思って覚えた。年経てウヰスキーを飲みながら物読みをするとき、日本語の多様さが楽しいと思えるようになったのは丸覚えしたおかげといえよう。


 百マス計算で有名になった広島県尾道市立土堂小学校の陰山英男校長の教育法を、マスコミは「陰山メソッド」と名づけた。そもそも百マスの中に加減乗除の答えを記入してゆくプリント教材が児童の頭脳活性化に有益であることは、陰山さんの先輩教師が唱えていた。それを兵庫県の山間にある朝来町立山口小学校での授業にとりいれ、反復練習のほか、漢字書き取り、宮沢賢治や百人一首の暗唱、はては平家物語の丸暗記など旧文部省の初等教育基準をはるかに超える内容を教え、結果、注目されたのは卒業生が大学入試で驚異的な成績を出したからだ。
 しかし、陰山さんが狙ったのは違う。新米教師時代、兵庫県尼崎市の小学校が荒れていた。なにもできない無力感とともに、なぜ学校嫌いの小学生が出てきたのか考えたあげく、いわゆる「勉強嫌い」「落ちこぼれ」を減らし、学校大好き、勉強は面白いと思える小学生を育てようと思ったからだという。
 山口小に転勤して、百マスプリント導入。生徒にタイムレースをさせ、どんな子でもやるたびに秒数が縮まってゆく楽しさを覚え、漢字の書き順を含め、その学年で覚えなくていい熟語、ことわざを身につけてゆく。そして暗唱しながら日本語のリズムが身体にはいり、小学生自身が、なぜ自分が諳(そら)んじられるのか不思議に思うほど自己発見の喜びを体験。こどもは成長する潜在力を持っていることを陰山さん自身が気づいてゆく。
 この方法論は「つめこみ教育」「エリート養成偏向教育」と批判もされている。つまり、こどもに無理強いするという懸念だ。


 プリントや暗唱と同時に実施したのが体力向上。つまり足腰を鍛える運動、そして早寝早起きの生活習慣。つまり脱ゲーム、脱テレビ生活のススメ。さらに家族揃っての夕食など、プライバシーにも立ち入って小学校と地域社会、家庭がスクラムを組み実践したからできたのだった。この間、14年。ローマいや山口小は一日にしてならずだ。
 しかし、世間、マスコミから注目はされたが、陰山さんは目立ちすぎ孤立。教員仲間からも敬遠され、いづらくなる。そこで公募試験を受け、45歳の校長として土堂小に赴任。この二年足らずで、全国平均の偏差値だった土堂小をトップレベルにまで引き上げ、やはり成果をあげた。

 

 漢字の書き順も「右」と「左」とでは違う。ワープロは教えてくれない。キーボードを押すだけではわからない。鉛筆やペン。手指を使うことで脳が活性化するのだ。できれば自信がつく。わかる喜び。鬼に金棒だ。学校嫌いにはならない。
 そんな陰山さん、最近は英語も丸暗記。つまりカタカナ書きしないで、発音どおり外国人教師の口真似で覚える教育も取り入れている。そこで、わたしは陰山さんに聞いた。「いろは歌」教えてますか?と。答えは「否」だった。
 わたしは「いろはにほへと」までいえる多くの大学生が、その次の「ちりぬる」から続けられないことを知っているから尋ねたのだ。
 それは小学校でも家庭でも教えないから知らない。ローマ字と同じく必要ないものとされているからだろう。だが、教えてほしい。ヰ、ゐ、を、ヲ、ゑ、ヱ、などの日本語世界を体験してほしいからだ。

 

 いろは、つまり読み書き、さらに百マス計算にあたる算術といえば寺子屋の教科内容だ。日本人が積み上げた初等教育法は正しかった。
 文楽、歌舞伎の「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」は伝授手習とある。書の三聖のひとり、菅原道真が筆法伝授をする重要場面からこのタイトルがついたが、「寺子屋」という名舞台が通し狂言の締めくくりにある。
 左遷された道真の一子、菅秀才(かんしゅうさい)の命が狙われる。しかし敵方とされる松王丸が自分の子、小太郎を身代わりにして助けるという悲劇。
 幕切れは「いろは送り」という葬送の場面。
 この幕は寺子が菅秀才とともに、「いろはにほへと」と手習いをしているところが冒頭にあり、怠けている仲間に菅秀才はこういう。
 「一日に一文字習えば、一年で三百六十字の教え」涼やかだ。
 そんな寺子屋内でこの日、犠牲になった小太郎の野辺送りは、義太夫がこう語る。
 「賽の河原で砂手本、いろは書く子はあえなくも、散りぬる命、是非もなや」
 まさに、こどもの頃丸覚えしたいろは歌のパロデイー歌詞が松王丸夫婦の悲嘆となってつづられる名文、名セリフだ。
 「明日の夜(よ)誰(たれ)か添乳(そえぢ)せん」
 あえなく死んだ息子に誰が添い寝するのか、という母の悲しみ。肺腑をえぐる。
 「らむ、うゐめ見る親心 剣(つるぎ)と死出の山け越え」
 憂い哀しい目にあったわたしたち親。地獄の剣の山を歩む息子と同じ死ぬ苦しみの道を今辿っている。
 「あさき夢見し心地して 跡は門火(かどび)にゑひもせず」
 寺子屋の門口で送り火を焚き、焼香もするふたりに、香煙はただはかないばかりで、わが子との暮らしが嘘のように消えてしまう。
 いろは歌に無邪気なこどもの声が響いてくるようだ。悲痛な構成になっている。
 「らむうゐめ」とあるのは七文字づつ「いろは歌」を教えていたなごり。「よたれそつねな」の続きで「らむうゐのおく」が口癖になっている時代の自然なことば運びだ。

 こんな「いろは」を知ってもっと便利なこと。それは歌舞伎座のチケットの券面を見て、どこに座ればいいか、すぐにわかること。あなたの席は1階「か−26番」さあ何列目だろう。ちなみに歌舞伎座には変体仮名の「な」としるした席もある。
 そんなの、おぼえる必要がない、歌舞伎座のキレイな客席案内嬢に連れていってもらう、といってるのは誰?
 オリンピックをBSハイビジョン、地上デジタルなどテレビ中継で楽しんだ方。日本人のテレビ開発の先駆者、高柳健次郎が初めてブラウン管に写したのものをご存じだろうか。日本語の一文字。それは「あ」でもなく「日」でもない。「イ」。ひらがなでないのは斜めと縦のラインの組み合わせが受像機に鮮明になるように選んだから。これがホントの「いの一番」。こんなこと、陰山さんにまくしたてたら「なるほど。教えてみようかな」とほのかな賛意。すでに指導している百人一首にも、もっと近づけると思う。
 わたしとしては「ガキのころから手癖が悪く」(白浪五人男)とか「色にふけったばっかりに」(仮名手本忠臣蔵・六段目)なども暗唱させてほしいけれど、陰山さん、だめかしらん?


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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