わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第39回】  高野の奥の玉川の水 →バックナンバーに戻る

イラスト

 歯が痛み 夜も寝られぬ日もあった 治った今は痛さ忘れる
 笑わないで欲しい。これは短歌なのだ。小学生の時、国語の授業で初めて詠んだ歌。担任が読みあげたとき級友に、季題もないし変だと笑われた「痛い」思い出の一首。
 何を詠んだらいいのだろうと宿題に悩んでいると、自分の最近の体験を素直に書けばいいのよ、という母のアドバイス。なるほどと指を折りながら書き、我ながらよくできたと思っていた短歌だったのに、ああ恥ずかしい。
 そんな駄作(?)忘れてしまえばいいのに、いまだに覚えているのは、五七五七七という詩形のおかげでもある。数学の「ひとよひとよに人見頃」、歴史の「いちいち国を支配する」などみんな七五調だ。歌舞伎も黙阿弥の有名なセリフで多用されるし、和歌そのものも能、狂言、歌舞伎、落語に欠かせない。


 狂言「萩大名」は、その覚えやすい七五調が記憶できない大名のお話。萩見物に家来と出かけるが、訪問する屋敷の主人は歌好き。庭を拝見した後、和歌を詠まなくてはならない。大名は大弱り。そこで、家来の太郎冠者は簡単な歌を前もって教える。
 七重八重、九重とこそ思いしに 十重咲きいづる 萩の花かな
 なかなか覚えない主人に、合図として扇の骨を七本八本と順に見せ、ぱっと開くところで「咲きいづる」を暗示する。最後は太郎冠者が向う脛と鼻先を指して「萩の花かな」といわせるよう稽古して出かける。もちろん狂言は大名が失敗するさまを笑う。「十重咲きいづる」まではどうにか思い出したが、最後で失敗。「脛(はぎ)の鼻かな」が出ずに「太郎冠者が向う脛(ずね)」でしめくくり大恥をかくという内容。
 これぐらいの歌なら自分でも覚えられるよ、という安心感が見所(けんしょ)の人々にあるから大名の愚かさを笑えるのだ。


 歌舞伎「柳沢騒動」も和歌がたくさん出てくる。これは有名な歌ではなく頓知と謎かけの面白さがある。黙阿弥のこの作品の主人公は柳沢吉保。五代将軍、綱吉に重用され異例の出世をするさまと、意外な転落人生を描く。まず出世の糸口は綱吉の母、桂昌院に認められるところである。それは和歌の才能。
 歌合せという遊びに抜群の腕を見せる。桂昌院が「佐保姫」という題を与える。これは春を表現することば。すると綱吉が「佐保姫の引くや霞の糸筋も」と付ける。このあとを家臣に作らせようとするが、誰も名乗りをあげない。そこで柳沢が「ほころびて見ゆ山桜かな」と結び、賞賛される。
 興を覚えた桂昌院が「船 山へ登る」と出題。山とは対照的な船の扱いに誰もが悩むなか柳沢は、
 富士映す 田子の浦わの夕凪に 船乗り上ぐる山の上まで
 海に映る逆さ富士。その波間を漁船が沖に漕ぎ出し、まるで富士山に登っているようだという意。なんとも絵画的な作品である。
 駄目押しは一休さんのように、もっと頓知が利いている。才能に嫉妬した朋輩が「富士山を袂に入れる」という意地悪な出題をした。柳沢詠は、
 旅人が 駿河の絵図を頼まれて 富士を袂へ入れて来にけり
 上等な和歌とはいえないが、綱吉は大喜び。柳沢はこのとき弥太郎という名だが、後にお覚えめでたく将軍の一字をもらって吉保を名乗る。さらに大老にまで大出世をはたしてゆく。

 

 芝居は妻を綱吉の側女に差し出し、生まれた男子を次期将軍につけようと柳沢が画策したりと、悪だくみの本性を見せてゆく。実は生まれた子は柳沢の落胤という、とんでもない設定。しかし、失脚の時が訪れる。それは六代将軍を約束されていた養子の綱豊卿(のちの家宣)が邪魔になり、毒殺しようとするのである。
 直接、毒を盛るのは柳沢の家臣で、ふだんから目をかけてもらったことを感謝している三間右近。柳沢が犯行を依頼する。なぜなら、茶道で出世してきた右近には、将軍家の茶会で点前の折、毒を盛るチャンスがあるからだ。善根の右近は悩み、世の乱れを招くことは好ましくない、しかし世話になった主人の柳沢を裏切ることもできない。心の板ばさみで苦しみ、茶会の前夜、切腹して果てる。あからさまな遺言はしないが、友人に形見として表題の和歌を残す。
 忘れても 汲みやしつらん旅人の 高野の奥の玉川の水
 この歌は弘法大師の作といわれる。さらっと読んでしまうと、正直あまりいい歌とは思えないが、深い意味がある。高野山上流の毒水に注意せよとの旅人へのメッセージなのだ。
 さらに、この歌に添えて一本の茶杓も残す。銘は「高野」。豊臣秀次の作という。秀次は関白職にまでつきながら秀吉に憎まれ、高野山で命を落とす。毒殺の噂もある人物だ。この重なりがわかると、「高野の奥の玉川の」の「の重なり」が気にならない。なんと見事な組合せではないか。綱豊も綱吉の甥で養子となり将軍候補になりながら、にわかの実子誕生で子に将軍職を譲りたくなった綱吉に疎まれる。秀吉、秀頼父子と秀次との関係にそっくりだ。この歌と茶杓の謎から吉保の悪事が露見し、めでたしめでたしとなる芝居が後半展開してゆく。
 和歌で出世した柳沢が、和歌で追い落とされるという面白い構成。これは黙阿弥だけの手柄ではなく、江戸時代から柳沢騒動を伝えてきた読み物や講釈の力でもある。今の講談や小説にこうした和歌談義がしくまれていたらしい。いかにも庶民が楽しんだ様子がわかる。
 そして、武家社会だけでなく庶民の間でも似たようなことがある、と二重構造にした。それは大店乗っ取りを図る船頭と女房の役を、柳沢とその妻を演じる同じ役者が勤めるというもので、時代世話の裏表構成の芝居になっているのも興味深い。


 実際の柳沢吉保は、単に綱吉が亡くなると同時に政治の中枢から身をひいたに過ぎない。しかし、犬公方・綱吉の生類憐れみの令や赤穂浪士の討ち入り事件にも深く関わっていた人物だけに芝居や物語の世界にとっては格好の悪役キャラクターになってしまったのである。実際の柳沢家は明治になって公爵になった。実はその頃、公爵ならぬ講釈ネタと黙阿弥作品で実名の柳沢騒動が上演されていた。ずいぶん迷惑な話だったろう。抗議をしたのかもしれない。再演の時には役名が「簗木沢出羽守」。三演目は「柳島出羽守」だって。笑っちゃいますね。


 さて、笑うといえば嘲笑された我が作歌人生? 名誉を回復しようと17歳の時、詠んだのはこの一首。駄目かな?
 たたなづく 寧良のみ山は神代より 御心かけて 消えぬ恋はも
 大和三山の歌「香具山は畝傍を愛しと耳梨と・・」を下敷きにして人名を詠みこんでいる。誰の名か? それはナイショ。この歌を贈った人にしかわからない。
 おお我が恋。我が青春・・・・・誰ですか? また笑っているのは!


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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