わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第40回】  果ては命を衒らるる →バックナンバーに戻る

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 昨年流行した嫌な日本語は「振り込め詐欺」。「オレオレ詐欺」はそのひとつのジャンルとか。ああ末世と嘆いていたら、なんと我が家にも、その魔の電話がかかってきた。
 赤坂警察署からという。曰く、お宅の息子さんが交通事故を起こして、いま警察署にいるというではないか。電話に出たのは家人だが、その驚いたこと。偶然、息子は前夜外泊していた。それに自宅の住所や本人の名前まで正確にいう。信じてしまいそうになる。それなら携帯電話に連絡してみると答えれば、携帯は繋がらない状態になっているという。ここで、おや? と怪しんだ家人がいろいろ質問を試みる。すると相手はしどろもどろ。あんまり慣れていなかったみたい。結局、相手を怒らせないように適当に話して切った。幸い、すぐに息子と携帯電話で連絡がつき、ああ例の詐欺だと判明して、ようやく一安心という次第。私はメールでそのことを知ったが、不愉快な体験だった。金は取られなかったが精神的被害が甚だしい。
 こうして騙し、多額の現金を詐取する輩。なんと高校生グループまで出現した。それも信じられないような金を手にし、使い果たしてしまったというから、悪銭身につかずとは、よくいったものだ。
 愉快犯、ゲーム感覚の詐欺・・まさに現代病だが、犯罪は、その手口が報道されるたびに、それを真似てさらに犯罪が増えるような気がする。


 芝居を見ていると、妙に感心してしまう犯罪がいくつもある。たとえば「置き引き」と「強請(ゆすり)」の両方を組み合わせた巧みな犯罪。歌舞伎や文楽の有名な作品「義経千本桜」に出てくる。
 「椎の木」と俗に言われる場面。大和の国、下市村の街道に小さな茶店がある。平維盛(これもり)の妻、若葉の内侍が息子の六代君を連れ夫の行方を捜しに来た。供は小金吾という前髪の若武者がたったひとり。茶店で休んでいると、旅人が来て隣の床机に腰掛ける。この瞬間を見逃してはいけない。振り分けの荷物を小金吾の荷物と並べて置く。当時の旅道具は似通った物が多い。革籠(かわご)と藤行李(ふじごうり)というふたつの四角い荷物を紐で括って肩からさげるようになっている。
 旅人は権太という主人公。この場面を「椎の木」というのは、若君がどんぐり拾いをしていると、権太が虫食いでない新しい実を拾いなさいと、木に石をぶつけて親切に実を落としてやる。すると六代君は大喜びで母と小金吾とともに拾うという場面からきている。そのあと権太は先を急ぐといって、隣の荷物を持って立ち去る。「置き引き」の現行犯を観客は目撃するのだが、まもなく小金吾もおかしいと気づく。似てはいるが安物の偽ブランド物の革籠なので慌てて紐を解くと粗末な衣類しか入っていない。しまったと、追いかけようとする。
 すると、権太が戻ってくるではないか。単なる「置き引き」ではなく、あくまで粗相で持ち去ったと返しに来たのだ。ここで観客は意外な展開だなと思う。しかしどっこい、権太は犯罪者としては「ベテラン」だった。小金吾は間違いならば仕方が無い、ただし、荷物の中を点検して、もし粗相があったら許さないぞと告げ、中身を改める。このセリフもポイントである。
 小金吾は中が無事なので安堵し、権太の荷物を返す。すると、権太の手からハラリと中括りの紐が落ちる。権太はわざと大仰に驚いて見せる。そして中の衣類を探りながら「ねえ、ねえ、ねえ」つまり「無いぞ」と大騒ぎする。小金吾が尋ねれば高野山に納める祠堂金・二十両が紛失したという。権太はずる賢い。始めに持ち去った小金吾の荷の中に金がいくら入っているか確認して、それには手を触れずそっくり返したうえ、自分のものだと言いがかりをつけたのだ。はっきり強請だとわかってはいるが、権太の荷物を開けてしまったことを認め、間違いがあったら許さないぞといったことばが、小金吾自身にはねかえってきてしまった。相手は、ならずものだから斬ってしまってもよさそうだが、小金吾が連れている母子は源氏の目を避けて逃亡している平家の一門。ことをあらだてるわけにはいかない。まして幼い若君を同道している。泣く泣く二十両という大金を詐取されてしまうのだ。


 この次の場面では、源氏方の追っ手に小金吾は討死にしてしまい、流浪の母子は権太の両親に匿われるという展開になってゆく。
 さらに次の「すし屋」という場で、権太は母親にも嘘をついて金を巻き上げるという悪さをみせる。だが、親が平家に恩義を感じて維盛を匿っていることを権太は知り、我が子や妻を身代わりにして維盛一家を助けるという善心に立ち返るところが最大のドラマになってゆく。しかし、それは遅かった。権太が心底からの悪人と信じた父親の刃(やいば)にかかって死んでゆくのだ。さらに、せっかく妻や子まで犠牲にしたのに、源頼朝はすべて承知で維盛を出家させて助けることを知り、表題のセリフとなる。
 「及ばぬ知恵で梶原(頼朝の名代)を 謀(たばか)ったと思いのほか それもあっちが みな合点 思えばこれまで衒(かた)ったも 果ては命を衒らるる」
 やり慣れぬ親孝行をしたつもりが、ふだんからの悪行ゆえ、父の刀にかかり落命寸前。その苦しい息での述懐である。梶原を騙そうと思ってすっかり仕組んだのに、あちらは、すべてお見通し。そればかりか、こんな目に会って自分は全くの犬死にだ。これまで強請、たかり、そして置き引きに詐欺と、さまざまな騙(かた)り行為を繰り返してきた報い、肝心の命をだましとられてしまった、という嘆きだ。
 悪銭身につかずどころか自分の命、さらには善良な妻も子も命をとられてしまったという犯罪者のつぶやきである。
 「衒らるる」でセリフは終わるが、文楽と同様、歌舞伎でも義太夫が続いてこう語る。
 「種と知らざる 浅まし」
 つまり、いろいろ重ねてきた悪業はすべて、自分で自分の命を縮めることになってしまった。そんなことも分からずに浅ましい暮らしをしてきたんだ・・・・・というものだ。
 世に「いがみの権太」といわれた男の物語。息子の名前は「善太」というのも哀れだ。
 「義経千本桜」という、いわば大河ドラマでは、忠信、知盛という実在の武将が主人公だが、権太という、どこか憎めない庶民の小悪党が三人目の、そして重要な主役となっている。
 この権太のセリフを聞いて維盛も、これまで身分を偽り、仏を騙して暮らしてきたが、今まさに出家をする時だと覚悟して髪を切るのである。一見無駄な権太の死も架空ではあるが歴史ドラマの歯車を回していたのだという物語で幕になる。

 

 実は「オレオレ詐欺」の電話。我が家に、もう一度かかってきた。今度はわたしが交通事故を起こして豊島警察署に拘留されているという。さらに被害者の妻が泣き叫んでいる。早口で弁護士も出てくる・・・・・でも家人は少しも慌てなかった。なぜなら、わたしが目の前で遅い昼ごはん食べていたから。なるほど、銀行が閉まる少し前だ。急いで振り込まなきゃいけない時間だと変に感心。どんどん手が込んで、ますます芝居じみている。
 でもね、犯人諸君、劇場型犯罪などと得意になってはいけない。もっと歌舞伎や文楽など、いい芝居見て勉強した方がいいよ。犯罪の方法じゃなく、因果応報ということを知るために。そんなことしてると絶対、神様、仏様の罰があたって、車にあたるか、命を棒に振り込んで…いや振ってしまうことになるよ。ああ、浅ましい、浅ましい。
 
 

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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