わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第41回】  大小 柱暦 綴暦 →バックナンバーに戻る

イラスト

 岳父が亡くなった日をよく覚えている。7月3日。その日は雨だった。まだ梅雨さなか。わたしは竹をテーマに取材をしていた。
 竹の連想で竹細工、竹とんぼ、竹垣作り、はては「薮」のイメージから蕎麦屋で竹の器を使っている店まで撮影してまわった。でも雨だったと覚えているのは物干竿も欠かせなかったからだ。青竹の曲がりに熱を加えて真っ直ぐにする技の竹専門店。それを仕入れて販売する竿竹屋さんもあった。昔ながら、リヤカーに乗せて「竹ヤア さおだけえ」と売り歩く声も収録した。
 でも洗濯は晴天の日しかしないのに、と思いながら都内の住宅地で同行し、帰宅した夜の訃報。さらに病院に駆けつけた時も雨だったので妙に記憶している。
 町で物を売り歩く声は当節ほとんど聞かれなくなった。もちろん喧しい車は多い。それは録音テープを拡声器を使って流しているからだ。ちり紙交換車や不用品回収の車がその例。しかし、季節感のある商品の販売車は、めったに来ないので録音でも「ほおっ」と耳を傾けてしまう。
 冬は焼芋屋さん。「九里(栗)よりうまい十三里(芋)」。なかなか面白い。夏は江戸の風鈴売りに上方はわらび餅売り。ちょっと懐かしい東京のアイスキャンデー。関西はキャンデーもあるがアイスクリンの売り声も聞こえてくる。


 芝居に売り声は肝心。「淡路島通う千鳥の鳴く声に・・」は辻占(つじうら)売。おもに遊廓の街頭販売。「初鰹 かつおい カツエイ」と聞こえるのは「髪結新三」という歌舞伎の下町情緒。初夏の声だ。
 売り声や屋外の音は芝居の「効果的」な効果音だと、また季節をしみじみ味わえるものだと痛感したのが「大つごもり」という新派の作品だ。
 劇団新派は、歌舞伎を古い旧派とすれば新しい演劇という気負いで名づけられた。しかし、すでに百年を過ぎ、むしろ古典ともいうべき名作を生み出し、伝統演劇の範疇にはいっているといっていいだろう。以前、この稿で書いた「婦系図」もそうだし、「滝の白糸」「日本橋」「十三夜」と、個人的に大好きな新派の芝居は尽きない。
 「大つごもり」は樋口一葉の代表作。それを久保田万太郎が脚色した。小説と脚本とを読み比べて驚嘆したのが、脚色者、万太郎の筆の冴えである。原作は大つごもり、つまり大晦日の1日に主人公の女中、お峯が金策に困り、主家の金を盗むものの、この家の放蕩息子に助けられるという物語を数日間の出来事として著している。これを芝居にすれば、お峯の主人宅と金に困る貧しい伯父の長屋の二場面に別れ、それを回り舞台で見せれば貧富の明暗が出るはずだ。しかし、万太郎は主家のみで二場面作った。
 井戸がある勝手と奥座敷だ。井戸の水汲みの大変さをお峯の転ぶところで見せ、座敷では金を盗むさまを見せる。伯父宅の窮乏については、伯母やその幼い息子が訪ねてきて身の上話をするという段取りで脚本にまとめれば、大晦日一日の出来事として主家だけで描ける。
 芝居の明暗は場面ではなく音で表される。裕福なこの家には娘がふたり。着飾って羽根突きをする。羽子板を持って外に出るだけ。追羽根を突くのは音だけで響かせる。立ち働くお峯の耳に、豊かな正月を迎える少女たちの楽しく明るい音が聞こえてくる。
 暗の音は木枯らし。「ぴゅーぴゅー」と吹きすさぶ音。その音のあと井戸端で水桶ごと転ぶお峯。冷たさ哀れさが倍になる。
 実は初演の花柳章太郎のときは、今は使われない暗の効果音があった。それは井戸水を汲む音だ。原作で井戸の深さ十二尋とある。20メートルを越す深さ。ポンプではなく釣瓶井戸。釣瓶を落として水を汲み、さらに縄を引き上げる作業。風呂を満たすため何度も繰り返す。それを手桶に移して運ぶ重労働。花柳は女形。しかし立派な体格をしている。か弱い娘のつらい仕事に見せるため、釣瓶を放り込んで暫くしてから「ドボン」という水音。さらに井戸車が回る「カラカラ」という音。切穴から奈落に落とした釣瓶に本当の水まで入れていた。これで井戸の深さと水汲みの苦労が客席に伝わる。
 法政大学の田中優子教授は「樋口一葉『いやだ!』と云ふ」という近著(集英社)で十二尋は大げさで一葉の師走(十二月)のことば遊びだと興味深い指摘をしたが、あながち20メートルが大げさとも思えない。主家は高台にある。山の手では水脈まで深く掘り下げたはずだ。


 とまれ、表題の「大小 柱暦 綴暦」は売り声。外から響いてくる。耳に聞こえるのは、「大小 はしらあごよみ ・・ごよみ」
 わたしは、この声に感心した。それは、いかにも大晦日、歳末の売り物だし、翌日は新年であることを改めて教えてくれる。それは迎春気分で明の意味もあるのだが、聞くお峯にとっては暗なのだ。なぜなら、今夜が終わると伯父の借銭に法外な利子がつくからだ。暦の日めくり一枚が命の瀬戸際になる。
 この売り声は原作にない。久保田万太郎の脚本にも具体的な指摘はない。初演の演出で万太郎が指示したのかも知れない。
 聞き取れなかった後半の「・・ごよみ」は「綴暦(とじごよみ)」というのだと音響効果の名人、辻享二が教えてくれた。ほとんど聞き取れないのは「はしらあごよみ」を高くゆっくり言って、「とじごよみ」を早めに言い納め、リズムをつけているからだ。辻によれば、これは録音テープで声の主は故人という。名は加納米一。もともとお囃子、つまり歌舞伎の黒御簾音楽の出。のちにラジオ局でいわゆる効果マンとして活躍。音作りの専門家だ。効果音を自分の声で吹き込むこともまれではなかった。この売り声も古いことを記憶していた加納の財産だった。得意な生声は犬の鳴き声と辻は回想する。遠吠え、威嚇、怯え、さまざまな犬を鳴き分けた。辻は加納犬と命名。名人は名人をよく記憶する。
 名セリフは役者の声だけではない。さまざまな効果音だけで、膨大なセリフと同じ価値を持つことがある。お峯が金を盗んで恐怖におののく思いは、お峯が奥座敷からさげる膳に横倒しになった銚子のぶつかる音。ガタガタと微妙にふるえて響き渡る。

 

 原作で樋口一葉は「どうでも欲しきはあの金ぞ」とお峯の心情を綴る。これはセリフではなく心の声だ。
 金といえば新紙幣・五千円札の一葉像。あらためて見れば、のっぺりとした顔。それは僅かな絵姿の再現だからか。24歳で亡くなった一葉。困窮の暮らしから、質屋通いは当然、借金も始終していた。質草は流すことが多く、借銭はほとんど返さなかった。踏み倒していたことは資料でも明らかだ。それは、豊かな者は貧しい人に手を差し伸べるのが当然という一葉なりの理屈からだ。ようやく筆で収入を得ることが叶った時、すでに病魔におかされていた一葉。死して、お峯に切望させた紙幣に己が姿を載せた今、その金札を天国でどのように見ているのだろうか。
 いや、あのなっちゃん(本名、夏子)のことだから肖像権の請求書をしたためているかも知れないね。
 

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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