わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第51回】  順逆、二門無し →バックナンバーに戻る

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 造反、棄権、解散、刺客、離党、報復、論功、除名、失職、料亭?・・・・・・国政劇場で行われた政争演劇のセリフはまだまだたくさんある。
 政治家のなかには、振り返ってみて、あのときこちらに組すれば、流れが変わったのに、いや、あちら側に加わっていれば、こんな思いをしなくてよかったのになどと、と思っている人も多いだろう。  政治家人生の岐路に立つ選択。棄権や留保そのものも忠誠心を疑われる。賛成か反対かの二者択一。態度をはっきり決めなければいけない。政治生命が断たれるなどという表現をするが、選挙に敗れ、野に下っても、少数勢力になっても、実際の生命が奪われるわけではない。しかし、武家社会では旗幟を鮮明にしなければ、自らの生命はもとより、一家一門が破滅することになった。
 今回は、戦国の世に、そんな男一生の選択をした武将のセリフを書く。


 主人公は武智光秀。どこかで聞いたことがありそうな名前。実は明智光秀のことだ。江戸時代は芝居にする場合、関係者がまだ生きている。徳川政権にとって都合の悪い内容はお咎めを受けることになる。そこで、似たような名前で「違います」ととりつくろうという、まさに芝居がかったやりかたをした。
 織田信長は尾田春長、秀吉は久吉になっている。人形芝居が原作の「絵本太功記」。太功記という題も「太閤記」のもじりである。光秀が信長を討ち滅ぼし、その主君の仇を秀吉が返す有名な歴史を描いている。しかし、主人公は秀吉ではなく光秀。実際の本能寺の変を含め13日間の出来事を十三段構成にして、三日天下といわれた光秀の悲劇に焦点を当てている。
 後世の人々が、なぜ光秀は信長に謀反を起こしたのかと思う、素朴な疑問にも浄瑠璃作者は想像の筆を走らせている。


 発端は神社仏閣を破壊し、日本の宗教界と対立する春長を描き、光秀がそれを諌める。筆頭の家臣に口答えされて、春長はみずから光秀を折檻し、悔しそうな光秀の心中をさぐるよう森蘭丸に指示する。
 続く幕は、光秀の長男、十次郎が蘭丸と諍いになり、それを止めた光秀に蘭丸が暴言で刺激、再び争いになるとき春長が登場。蘭丸に刃向かうことは主君、つまり自分に敵対することだと、蘭丸に命じ鉄扇で光秀を打たせる。それが額にあたり血潮が飛び散る。男の、それも武将の生き面を割られた無念さを堪える光秀。追いうちをかけるように春長は光秀の領地替えと中国攻めを命じ、久吉の膝下につけという。いわゆる格下げ人事を発令する。
 観客が光秀に同情する要素をこれだけ盛り込み、謀反以外にありえない状況を設定して、本能寺の変へと進んでゆく。
 面白いことに、本能寺の場面で、光秀が攻めてきたことはコトバで語られるだけで、主君と反乱将校の対決場面や、十次郎や蘭丸の戦闘場面もない。
 ドラマがよくできているのは、そのあとの妙心寺や尼ケ崎の場面だ。本能寺が6月3日。妙心寺は6日の出来事。ここまでは光秀が屈辱の無念を晴らし、さらに久吉軍と戦う前、まだ滅びの予兆はない。しかし、小さなほころびが家族から生まれる。
 光秀は、妻の操、息子十次郎と嫁の初菊、幸せな家族に恵まれている。さらに年はとっているが母、皐月も健在。系図正しきこの一家もかつては流浪の人生を送ったことを観客は知っている。学習塾のようなことで糧を得たり、妻が切り髪を売ったり、と格式、教養はあるのに極貧生活を余儀なくされていた。それを救って家臣として採用してくれたのは春長、このあたりが、光秀の苦しいところだ。
 その心を見抜いて息子の謀反に強く反対していた家族がいた。それが苦闘時代を共に経験した老母の皐月だ。この妙心寺の場面では、主君を殺した息子の行為に強く抗議し、家出してしまう。それも豪華な衣裳を脱ぎ捨て、木綿布子(もめんぬのこ)の粗末ななりで、杖をつきつき出てゆく。どんなに無理をいっても、横暴でも主君は主君という論法。儒教精神の体現者だ。
 豪快、豪胆に見える光秀だが、心の内は深く悩んでいた。本能寺の夜討の決意も右か左か揺れ動いた。それが、謀反などとんでもないと強く止め、翻意を促した忠臣の家老を、あえて斬り捨てることで決意のほどを見せた。そして本懐を遂げたものの、もともと天下統一の野望があったわけではなく、再び揺れる心を母が刺激した。
 悔悟の光秀は座敷で一人きりになってから、衝立をひきよせ、そこに漢詩を書く。実は遺書である。辞世を残し、切腹するつもりなのだ。その胸中を表した詩は、

  順逆無二門  大道徹心源
  五十五年夢  覚来帰一元

  順逆、二門無し 大道は心源に徹す
  五十五年の夢 覚め来たって、一元に帰す
 
 光秀が春長を討ったことは、自分の55年の人生を閉じるにあたって、決して恥ずべきことでもなく、悔いることがないという趣旨だ。特に好きなところは、「順逆無二門」。春長につき従ってきたことと、その主君に謀反をしてしまったことは、決して別々のことではない、というところだ。忠臣として全く志はひとつといっている。命をかけて主君を諌めたことを、責めるならば責めよというあたり、いかにもインテリイメージの光秀らしい暗さを匂わすが、この苦渋の決断が歴史を動かしたことは間違いない。
 結局、腹掻っ切る直前、その光秀を十次郎と重臣が止め、人道にもとることはない、胸張って天下に武智の旗を掲げるべき、という。そこで自信を取り戻し、将軍として認知してもらうべく宮中参内を決意して幕切れになる。
 冷酷になりきれない光秀の人間的な弱さは、その後の滅亡を知っている庶民に、なじみやすい描写となっている。
 そして、クライマックスは6月10日。「尼ケ崎」の場面は、老母の侘び住まいに再び家族全員が集まるものの、敗色濃く、戦争によって家庭が崩壊するさまを残酷にみせてゆく。初菊と祝言を挙げて華々しく出陣してゆく息子、十次郎は数時間後、瀕死の重傷で戻り、家族の見守るなか絶命する。さらに、忍び込んでいる久吉だと勘違いして母、皐月を光秀が竹槍で突き殺してしまう。主殺しのうえに親殺しにまでなってしまう光秀。いささか酷な設定だが悲劇はいや増す。さすがの光秀もふたりの死を前に大落としといわれる号泣の場面も見せるのだ。
 戦国の世に名をあげ滅びゆく英雄の物語だけにせず、男の決断とそれに巻き込まれる一家、とりわけ女たちを描いて、この芝居は優れている。


 生命をなくすのは戦国武将の世だけと冒頭に書いたが、政治家、為政者の選択が国民に死の犠牲をしいることになる場合もある。国際情勢や伝染病などへの判断、対応の誤りがそうだ。
 それでは自分はどうなんだと聞かれると、これも困ってしまう。とにかく優柔不断。わたしはいつも迷っている。いちばんわかりやすいのファミリーレストラン。メニューが配られ注文を済ますと、たいてい「メニューをおさげします」と、取り上げられるが、わたしは「もう少し見せて」と、これ以上は食べないのに、あれこれ見る。つまり、料理は決めたものの、あれにすればよかったかな、これに変えようかなと迷うからだ。ああ情けないと思うなかれ。男子一生の選択といっても、昨今は「花より男子」と書いて「だんご」と読ませる時代なのですから・・・。


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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