定額給付金にちなみ、「ほんの少額」というほどでも「大金」というほどでもない金額についての金言を紹介します。
あてにしている人への金言
丸一本(まるいっぽん)伽羅(きゃら)と鯨(くじら)は買いにくい (ことわざ)
「丸一本」は銭400文のこと。いわゆる「二八蕎麦」が十六文だったから、今でいうならハンバーガーが25個ぐらい買える値段ということになろう。
ひとりで小さな居酒屋に行くこともできる。
しかし、高額商品や大きな物は買えない。もちろんホテルのバーに行くのも無理だ。
金額に不満を持ちながら懐に入れるための金言
何だ、これっぱかりか、鄙吝(しみった)れた奴等だ。が今日の飯代にはなる。ワッハッハッハッ (国枝史郎『天草四郎の妖術』)
妖術使いが銭を投げてきた観客に言う台詞。
金額の少なさを馬鹿にしながら、「今日の飯代もなる」と懐の寂しさを露呈し、それを豪傑笑いでごまかしているのが面白い。
金満家は貧しい者が人からもらう金を云々するのは図々しいと思うのかもしれないが。
少額のものの返礼の金言
青海苔(あおのり)貰(もろ)うた礼に太々神楽(だいだいかぐら)を打つ (ことわざ)
伊勢参りの勧誘をする御師は、客に伊勢名物の青海苔(安い)を配った。その礼に伊勢神宮にお神楽(安くない)を奉納するとは、わずかなことに対し過大な礼をすることのたとえ。
このことわざは『仮名手本忠臣蔵』で大星由良之助が足軽の寺岡平右衛門に対し
「(薄給の身で)命を捨て敵討ちしやうとは、
そりゃ青海苔貰ふた礼に、太々神楽を打つやうなもの」
と、仇討ちの参加を思いとどまるよう説得する場面で使われる。薄給の会社員がサービス残業で命を減らすのも、微妙な額の給付金をもらった後でがっぽり取られる税金も、太々神楽の一種といえるだろう。
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