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   <title>日本の金言</title>
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   <updated>2009-03-10T05:48:05Z</updated>
   <subtitle>金に困るのも大変だが、金を貸すのも大変である。貸した金が招く不幸や不快感を未然に防ぐ金言を紹介したい。</subtitle>
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   <title>販売の金言　３月１０日更新</title>
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   <published>2009-03-10T05:45:11Z</published>
   <updated>2009-03-10T05:48:05Z</updated>
   
   <summary>物が売れない時代に役立つかもしれない、販売に関することばを集めてみました。  客...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/column_2/">
      <![CDATA[<font size=2>物が売れない時代に役立つかもしれない、販売に関することばを集めてみました。 </font>

<strong><font color=#0000FF>客を見分ける金言 </strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>ほめる人は買わぬ </strong></font>
<font size=-2>（ことわざ）</font>
これから買おうとしている人は真剣に商品を見比べているので気軽にはほめない。むしろアラ探しの気味がある。買う気がない人のほうがよほど「あら素敵」、「いいわね」と楽しげにほめてくれるが、そのまま通り過ぎていってしまう。

<strong><font color=#0000FF>客に対する口調の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>商いは強（きつ）う言うて売れぬもの </strong></font>
 <font size=-2>（ことわざ）</font>
売る人間がきつい口調では客が商品を買ってくれないものだ、と接客の心構えを説くことわざ。
狂言『河原太郎』では市で酒を売る妻に「それを飲ませろ」と迫る夫が、このことわざを使って妻の強い態度を責めている。当時も接客態度で売り上げに大きな差が出たことがうかがえる。ただし、『河原太郎』で酒が売れないのは、夫が妻への腹いせに「酒のできが悪い」と言いふらすためである。

<strong><font color=#0000FF>客に腹が立ったときのための金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>堪忍（かんにん）五両 </strong></font>
 <font size=-2>（ことわざ）</font>
腹の立つことを我慢していると、大きな利益となって返ってくるという意味で、「堪忍五両」という。上司に腹を立てている同僚をなだめるときにも使えることわざである。
価値を金額で表すことわざの中では、「早起きは三文の得」がとくに有名だが、「堪忍五両」も比較的よく知られていて、「意見三両堪忍五両」(他人の意見を聞くのは三両の価値があり、堪忍には五両の価値がある)というのもある。

<strong><font color=#0000FF>販売のモラルの金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>屏風（びょうぶ）と商人とはすぐに立たぬといふ事あり。併（しか）し屏風も下の ゆがみし所には立たぬものなり</strong></font>
 <font size=-2>（岩垣光定『商人生業鑑』）</font>
「商人と屏風は直（すぐ）には立たぬ」「商人と屏風は曲がらねば世に立たず」は、江戸中期にいわれるようになったことば。商人は利益を得るためならうそをついて商品を売るなど、悪いことをするという意味に使われることもあるが、岩垣光定は「屏風もゆがんだ場所には立たない。商人もゆがんだ商売をしていたら失敗する」と商売のモラルを説いた。


<strong><font color=#0000FF>顧客満足度の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>売っての幸い買っての幸せ </strong></font>
 <font size=-2>（ことわざ）</font>
今でも使われることばだが、歴史は古く、井原西鶴の『日本永代蔵』『世間胸算用』に用例がある。昔も今も販売の仕事の理想は「幸せ」や「幸い」を客と交換することにあるといえよう。

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   <title>結婚の金言　</title>
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   <published>2009-02-20T05:37:42Z</published>
   <updated>2009-03-10T05:48:28Z</updated>
   
   <summary>経済的理由で結婚に消極的になる男性が増えているといいます。経済力もさることながら...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/column_2/">
      <![CDATA[<font size=2>経済的理由で結婚に消極的になる男性が増えているといいます。経済力もさることながら、「おれと苦労してくれ」と女性に頭を下げる勇気を欠く男性が増えているようで心配です。</font>

<strong><font color=#0000FF>低収入の人に結婚をすすめる金言</strong></font>
<font size=4 color=#800080><strong>一人口（ひとりぐち）は食えぬが二人口（ふたりぐち）は食える </strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

夫婦になったほうが経済的であることをいうことわざ。長屋暮らしの独身者なら妻と一緒になっても家賃はそのままですし、妻ができたら外食や遊びが減ってムダな出費を節約できた。それで「一人口では食えぬ」といった独身者でも、結婚すると夫婦でなんとかやっていけたようだ。


<strong><font color=#0000FF>夫婦愛の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>女房に惚れてお家繁盛 </strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>
妻に惚れている夫は仲間と飲み歩くこともせず、浮気をすることもないので、家庭は安定して豊かになるという。
現実には夫婦仲がよいのに浮気する夫（妻）もいるし、ただひたすら妻が怖くて「お家繁盛」につとめる夫もある。


<strong><font color=#0000FF> 夫婦生活の理想の金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>負わず借（か）らずに子（こ）三人（さんにん）</strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>
理想の夫婦生活について、現代の人はいろいろ難しく考えるが、昔の人はシンプルに「借金がなく、子ども３人に恵まれていること」と言い切った。それだけ借金と子どもの数に悩む夫婦が多かったのだろう。なお、『譬喩尽』によると、「子三人」の男女比は男2女１が理想という。
現代でも、男女比はともかく、子どもを3人持つことを願う夫婦は多いが、3人いると教育費に圧迫されて「負わず借らず」が難しくなる。
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   <title>税収の金言　</title>
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   <published>2009-02-06T06:48:42Z</published>
   <updated>2009-02-20T05:42:53Z</updated>
   
   <summary>足りないからといって税金を上げるだけでは国を豊かにすることはできません。それゆえ...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>足りないからといって税金を上げるだけでは国を豊かにすることはできません。それゆえ優秀な政治家は昔から税に頭を悩ませてきました。
</font>

<strong><font color=#0000FF>減税の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>哀公、有若（ゆうじゃく）に問いて曰く、年饑（う）えて用足らず、これを如何。
有若対（こた）えて曰く、なんぞ徹（てつ）せざるや＜略＞
百姓足らば、君たれとともにか足らざらん。
百姓足らずんば、君たれとともにか足らん。
 </strong></font>
（哀公が有若にたずねた、「凶作で財源が足りない。どうしたらいいだろう」。有若は答えて言った。「どうして税を2割から１割にしないのですか。＜略＞万民が満足なとき、あなたは誰と不足するのですか。万民が不満足なとき、あなたは誰と満足するのですか」）
 <font size=-2>（『論語』顔淵篇）</font>
魯国の君主、哀公が、孔子の愛弟子だった有若に財源不足を相談すると有若は減税をすすめた。それは、税金を高くしても民力が衰えたら結局は国のためにならないという考えによる。
孔子も「苛政は虎よりも猛（たけ）し」と政治が民を苦しめることを戒めている。


<strong><font color=#0000FF>税の免除の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>財を賑（にぎ）わすには、租を免ずるに如（し）かず、利を興すには、害を除くに如かず。 </strong></font>
（経済を豊かにするには税を免じるのがもっともよく、民利の事業を興すには害になっているものを取り除くのがもっともよい）
<font size=-2>（佐藤一斎『言志晩録』）</font>
「財を賑わす」ための免税措置は今もよく行われる。住宅取得者の免税をはじめとする、特定の分野に対する免税である。
佐藤一斎は19世紀初頭、幕府の昌平坂学問所のトップをつとめた人物で、幕末〜明治期のエリートに多大な影響を与えた。しかも、孫娘は吉田茂の義母となり吉田茂を教育している。小泉純一郎が国会で『言志録』を引用したこともあった。そのわりに日本の政治家が一貫して「害を除く」のが苦手なのは不思議なことである。

<strong><font color=#0000FF>税収を増やすための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>金を上へ巻上げんと思へば、下へ強（しい）て法令を出して、金を上へ上げろと云より外にしかたなしと思うは、術（すべ）なきこと也。 </strong></font>
<font size=-2>（海保青陵『稽古談』）</font>
海保青陵は18世紀末から19世紀にかけて活躍した学者で、仕官した期間よりも民間で活動した時期が長い。各地の上級武士や商人を相手にアドバイザーのようなこともやっていた。
時代に突出した合理精神をもった海保青陵にとって、下々の金を集めるのに新しい法令をつくって税金を取り立てるなんて無策なアホウがやることであった。時代に合わせて産業をさかんにし、自然に金が集まるシステムをつくればいい、と彼は訴えている。
エリート主義者の海保青陵ではあるが、愚かな指導者への視線は非常に厳しい。
「凡（およ）そ国の貧になるは、政（まつりごと）のしかた理に違いたることあるより始るにちがいなし」（『稽古談』）
このことばは現在でも通用するだろう。


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   <title>色男の金言　</title>
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   <published>2009-01-23T07:53:55Z</published>
   <updated>2009-02-06T07:09:30Z</updated>
   
   <summary>オバマ大統領はチョコレートが好物といいますが、日本には「色男なら好きでなくてもチ...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>オバマ大統領はチョコレートが好物といいますが、日本には「色男なら好きでなくてもチョコをもらう日」があります。しかし、金持ちと「チョコ持ち」には大きな隔たりがあるようです。</font>

<strong><font color=#0000FF>色男の一般的な金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>色男 金と力は無かりけり </strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>
日本でもっとも有名だと思われる色男についてのことわざ。女性にもてる美男子は金も腕力もないものだ、とされる。色男をからかうとき、自称色男が金と腕力がないことを自嘲するときなどに使う。


<strong><font color=#0000FF> 色男を定義する金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>金を遣（つかっ）て行（いき）とどきのいいのが色男。 </strong></font><font size=-2>（為永春水『春色辰巳園』）</font>
江戸の花柳界に詳しい通人による色男の定義である。花柳界に限らず、金払いがよく、心配りが行き届いている男性は女性に好まれる。
現代のオフィスでも、そういう男性は女性に人気があり、バレンタイン・デイともなるとチョコが集まる。また他の男性社員とチョコの数は同じなのに中身が違うこともある。


<strong><font color=#0000FF>色男になるための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>段々と遣った金の形に成り　
 </strong></font><font size=-2>（『誹風柳多留』）</font>
江戸の遊里は流行の発信地でもあったので、そういうところに出入りするうちに野暮ったい若者もだんだんオシャレになる。また遊び方も上手になる。しかし、そうなるまでには相当の学習費用がかかった。
現代でも多くの若者がオシャレや遊びなどの学習に励んでいるが、最近は中年になってからいわゆる「婚活」のために学習する人もあるという。


<strong><font color=#0000FF>色男を好む女性のための金言 </strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong> 色男よりかせぎ男、それが大丈夫でよいによ。</strong></font><font size=-2>（式亭三馬『浮世風呂』）</font>
女湯で20代半ばの商家のお嫁さんが未婚の下女と会話している部分から。お嫁さんが「色男より稼ぎ男」と当時のことわざを持ち出してきたのは、自分の姉が美男子と結婚し浮気で苦労しているためである。
「必ず好（いい）男を持（もち）なさんな」が、彼女から未婚女性へのメッセージである。
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   <title>不動産の金言 </title>
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   <id>tag:www.web-nihongo.com,2009:/blog/column_2//11.108</id>
   
   <published>2009-01-16T08:43:49Z</published>
   <updated>2009-01-23T07:59:54Z</updated>
   
   <summary>不況の今こそ不動産所得のチャンスという意見があります。チャンスに賭ける人も賭けな...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/column_2/">
      <![CDATA[<font size=2>不況の今こそ不動産所得のチャンスという意見があります。チャンスに賭ける人も賭けない人も知っておきたい金言を紹介します。</font>


<strong><font color=#0000FF>売家の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>家売れば釘の価（あたい）</strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>

日本では古くから中古住宅より新築住宅を尊ぶ風があった。そのため大金をかけて建てた家も売るときは「これでは釘代にしかならない」と思うほどガクッと値が下がったようである。「家売れば縄の値」ともいう。
現代では買ったときより値上がりする物件もあるが、新築を好む傾向は変わらず、地球環境のために中古住宅の活用が訴えられていたりもする。


<strong><font color=#0000FF>土地の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>地は永代の宝 </strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

年月が過ぎると傷み、火事があれば燃えてしまう家屋や動産に対し、土地はいつまでたっても失われることがない。土地こそ永遠の宝物だ、と考えている人は現在でも多い。
マンションより戸建て住宅がいいと主張する人の多くもこれに近い考えである。


<strong> <font color=#0000FF>家を担保に借金することについての金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>家質置く程の身代にならば、外聞かまはず売り捨つべし。</strong></font>（家を質に置かねばならない身になったら。外聞にかまわないで売り払いなさい）<font size=-2>（井原西鶴『日本永代蔵』）</font>

堺の富裕な商人が下男に家計のやりくりについて語っている部分から。この商人は、「家を質にして金を借りた人が家を取り戻した例などない。利息を払うのに追われて、ただでとられるようになるものだ」と、家を借金のかたにすることに大反対する。
そして、「それほどひどくならないうちに、その地を去って考え方を変えれば、戸棚の１つも残り、なんとか商売を続けられる」と説く。


<strong><font color=#0000FF>不動産会社の営業マンを追い払う金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>家持ちより金持ち </strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>

このことわざは長く無視されてきたように見える。第二次大戦後、日本人は住宅難を経てマイホームを目指すようになり、昭和40年代に住宅ブームを迎えた。その後もマイホーム願望は衰えることなく、現在では持ち家率の全国平均は60.0％に達したのである（平成15年住宅・土地統計調査）。
しかし今後は持ち家で貧しく暮らす人が増え、「家持ちより金持ち」が再び日本の常識となるかもしれない。
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   <title>金持ちの金言</title>
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   <published>2009-01-09T07:11:04Z</published>
   <updated>2009-01-16T08:48:45Z</updated>
   
   <summary>金持ちについての金言は、定額給付金を受け取るか受け取らないかで迷っている人の参考...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>金持ちについての金言は、定額給付金を受け取るか受け取らないかで迷っている人の参考になるかもしれません。</font>

<strong><font color=#0000FF>金持ちの出費の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>金持ち金を使わず</strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

一般に、金持ちはケチであるといわれる。「いやいや、私はけっこうムダ使いします」という人もいるだろうが、金持ちとそうでない人では貯蓄額対支出額の比率がかなり異なる。そのため金のない人間からすると、すべての金持ちはケチであるように見える。


<strong><font color=#0000FF>理想的金持ちの金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>富貴なる者は先（まづ）兄弟・親類をめぐみ、次に朋友を救ひ、又鰥寡（かんか）孤独の便（たつき）なき者を助くべし</strong></font>
（金持ちはまず兄弟親類を豊かにし、友人を救い、配偶者がいない者や孤児・子のない者を援助すべきだ）<font size=-2>（常盤潭北『百姓分量記』）</font>

常盤潭北は俳諧の先生として諸国を遊歴しながら農民に処世訓を伝えた人物。彼が生きた江戸中期は農村にも貨幣経済が浸透し、貧富の差が広がった時代である。訪れた村々で孤児や貧しい寡婦を見かけることも多かっただろう。
日本人の金持ちは困窮者の支援に積極的でないといわれるが、彼のように支援をすすめる文化人は古くから存在したのである。


<strong><font color=#0000FF>プライドの高い金持ちへの金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>金銭財宝を多く貯へもてるは、おのれが身のため也。人にほこりたかぶるべき理なし</strong></font>（金銀財宝を多く蓄えているのは自身のためである。それを他人に誇り、えらそうにする道理はない）<font size=-2>（西川如見『町人嚢』）</font>

金持ちには財を誇る人が少なくないが、西川如見はその財を「たかが自分の保身のための金じゃないか」とバッサリ斬る。人間としての誇りを保つためには衣食住の金がかかるとしても、金そのものは人に誇れるものではない。
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   <title>楽しく飲酒するための金言</title>
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   <id>tag:www.web-nihongo.com,2008:/blog/column_2//11.106</id>
   
   <published>2008-12-18T08:56:47Z</published>
   <updated>2009-01-09T07:22:58Z</updated>
   
   <summary>「酒は百薬の長」「酒は憂いの玉箒（たまははき）」などといいます。不況の雲にすっぽ...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>「酒は百薬の長」「酒は憂いの玉箒（たまははき）」などといいます。不況の雲にすっぽり覆われた日本ですが、適度な飲酒で心身の健康を保ちましょう。</font>

<strong><font color=#0000FF>中高年が仲間を酒に誘う金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>身後（しんご） 金（きん）を堆（うずたか）くして北斗（ほくと）を ささうとも生前一樽（いっそん）の酒に如かず</strong></font></font> <font size=-2>（白居易『勧酒詩』）</font>

白楽天とも呼ばれる白居易は、悠久の天地と比較しあまりにもはかない人間の命を嘆きつつ、「死んでから黄金を高く積み上げて北斗星をささえようと、どうしようもない。生きているうちに一樽の酒を飲むほうがいい」と酒をすすめる。
夜景の美しいバーで灯を星に見立ててこういう詩句を持ち出し、話題を文学や歴史に展開できたら、知的な「ちょいジジ」になれそうだ。

<strong><font color=#0000FF>酒が飲みたいのに懐が寂しいときの金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>嚢中（のうちゅう）自ら銭あり</strong></font> <font size=-2>（賀知章『題袁氏別業』）</font>

賀知章（がちしょう）は杜甫『飲中八仙歌』において李白らと並んで酒の詩人ベスト８に選ばれた唐詩人。『題袁氏別業』も酒飲みならではの詩である。いわく、
「主人相識らず／偶坐するは林泉がためなり／謾（まん）に酒を沽（か）うを愁うることなかれ／嚢中自ら銭有り」
持ち主（袁氏）と面識がないのに別邸の庭を見物しにいって、「私のために酒のことなど気にしないでください、嚢中自から銭あり」などと言っているわけだが、金持ちの主人は詩人を歓待したに違いない。
懐が寂しいにもかかわらず酒を欲したときはこの詩をヒントに、上司・先輩の豪邸を見物に行くとか上司の行きつけの店にいくとかして「嚢中自ら銭あり」を実践するとよい。

 </strong></font>家族に酒代のことで文句を言われたときの金言</strong></font>
<font size=4 color=#800080><strong>飲めや唄へや大阪の茶屋で、下戸の建てたる倉は無い、ヨサコイヨサコイ </strong></font> <font size=-2>（高知民謡『よさこい節』）</font>

いまや全国的に踊られている『よさこい節』には歌詞が数種あり、明治時代の歌詞にはこの一節があった。
「下戸の建てたる倉はない」は、日本国語大辞典には「下戸の建てたる倉＜も＞ない」で立項されていて、用例の初出は室町時代である。「酒を飲まない分の金をためているはずの下戸だって、倉なんか建てられないじゃないか」というのは、現代もまあ同じである。
しかし、八代将軍吉宗のように質素倹約をすすめる家族に「ヨサコイヨサコイ」が通じるかどうかはわからない。
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   <title>アラフォーの金言　</title>
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   <id>tag:www.web-nihongo.com,2008:/blog/column_2//11.105</id>
   
   <published>2008-12-08T01:59:52Z</published>
   <updated>2008-12-18T09:34:55Z</updated>
   
   <summary>今年の流行語大賞に選ばれた「アラフォー」にちなみ、40歳前後の金言を紹介します。...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>今年の流行語大賞に選ばれた「アラフォー」にちなみ、40歳前後の金言を紹介します。 </font>

<strong><font color=#0000FF>戦う40歳の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>弓矢の儀、取（トリ）様の事、四十歳より内は勝つやうに、四十歳より後は負けざるやうにと有儀なり</strong></font> <font size=-2>（『甲陽軍鑑』）</font>

かつては「人間五十年」といい、40歳は老年への入り口と考えられていた。上のことばを残した武田信玄も40歳頃に変化を自覚したのだろう。
今は40歳でも余命はまだ40年あるが、ビジネスの戦場ではやはり40歳頃に何かを感じる人が少なくないようだ。昇進の限界が見えてくるのもこの年頃である。業界によっては40歳ぐらいから老兵扱いされる。
不満があっても40歳で転職という大勝負に出るのは難しい。信玄にならい「勝つ」より「負けざる」ことを考えたほうがいいのかもしれない。

<strong><font color=#0000FF>花の39歳の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>としとれば三十九じゃもの花の春花はやらずとみはもちぬべし </strong></font> <font size=-2>（小嶋橘州『狂歌若葉集』）</font>

江戸時代の俗謡、「四十ぢゃ四十ぢゃと思ふたは違ひ、三十九ぢゃもの、花ぢゃもの」（『延享五年小哥しやうが集』）をふまえた歌。なぜ39歳が花なのかはよくわからないが、「三十九じゃもの花じゃもの」というフレーズは今でも残っている。
花の39歳だからといって、恋の花を咲かせたり、山吹の花を咲かせたりしている人はそういない。しかし、「み」（実と身をかける）はたいがいできあがっている。

<strong><font color=#0000FF>女40歳の金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>四十歳、女もしかし、四十になると、……いつもお小遣い銭を持っているから、たのもしい。</strong></font><font size=-2>（太宰治『渡り鳥』）</font>

文学青年が面識のある女性を路上で見かけ、心の中でこう思う。そして、あわよくば食事を奢ってもらおうと近づいていくのだった。
このように40歳ともなれば女性でも財力が年下の男性を引き付ける力として機能する。が、アラフォー女性は財力があっても男性ほど異性にごちそうしない。
この女性も青年からお茶に誘われると「ええ、でも、わたくし、今夜は失礼しますわ。」と断った。「ええ」と受けておきながら、「でも」と切り返すところがいかにも老練なアラフォーらしい。

<strong><font color=#0000FF>男40歳の金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>金持った心がまへも四十年</strong></font>　　　　　東潮
　<font size=4 color=#800080><strong>うす彩色（ざいしき）に夜を味ふ</strong></font>　　朝叟　 <font size=-2>（『三上吟』）</font>

生まれて40年。金持ちになったときの心構えも40年。わざわざ心構えをしなくていいのに、しているところが可笑しい。
付け句の「彩色」は「財色（ざいしき　財と色欲）」にかけていると思われる。金も色欲も多くは持たない四十男が「夜を味ふ」とは、夜空や川明かりを眺めて楽しんでいることをいうのだろう。
そんな夜の味わいかたがサマになるのも四十を越えたからこそ。四十男は金がなくても風流心があればカッコよくなりえる。
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   <title>師走の金言　</title>
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   <published>2008-12-03T07:41:53Z</published>
   <updated>2008-12-10T04:34:06Z</updated>
   
   <summary>世の中全体が不景気な師走にふさわしい金言を紹介します。 正月の準備の金言 　総じ...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>世の中全体が不景気な師走にふさわしい金言を紹介します。</font>

<strong><font color=#0000FF>正月の準備の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>総じて、人の始末は正月の事なり。まだ堪忍のなる道具を改め、内普請、畳の表替、竈の上塗、万事わっさりと気をつけ、一つ一つ目にも立たずして、物入り年中の損なり </strong></font> 
（いったい、倹約は正月の事が大切である。まだ使える道具を捨てて新しく買ったり、住まいに手を入れたり、畳の表替えや竈の上塗りをして、すべてさっぱりするように気をつけると、一つ一つは目立たなくても、その出費が一年の損になる）
<font size=-2>（井原西鶴『日本永代蔵』）</font>

日本人としては新年を清々しく迎えたい。そのためには大掃除もするし、道具を新しくしたりもする。今でも正月前に電化製品や調理道具を買い替える人は少なくない。畳の表替えや襖の張り替えをする人もいる。それをいろいろやってしまうと大きな金額になるのは今も昔も変わらない。

<strong><font color=#0000FF>師走の本屋と古本屋の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>年の市に銭もたぬ我は新しい噺三つ四つかふてたのしむ </strong></font> <font size=-2>（鯛屋貞柳『貞柳翁狂歌全集類題』）</font>

この歌の「我」は、ショッピングを楽しむ余裕がないので、面白い物語の古本を三つ四つ買って想像の世界を楽しんだようである。江戸時代から日本では古本が全国的に流通していて、とくに都市部の庶民には古本が手軽な娯楽であった。
今はテレビが娯楽の王となっているが、受信料も安くはない。しかも政府は地デジ対応型への買い替えを迫る。その点、本は一度買えば何十年も楽しめる経済効率のよい娯楽である。

<strong><font color=#0000FF>ボーナスがない人への金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>銭かねはくれよといへとくれざるにひた物くるる月日なりけり </strong></font><font size=-2>（榎並貞富『後撰夷曲集』）</font>

同じ「くれる」でも、金と年では大違い。金はくれと言ってもくれないのに、月日はひたすらに過ぎ、今年も暮れていく。
急な業績悪化で年末のボーナスがもらえなくなった人がこの歌を読んだら苦笑するしかないだろうが、苦い笑いも笑いである。笑う門には福来たる、と信じるのも日本の古き良き伝統である。
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   <title>経済状態と外見の金言</title>
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   <published>2008-11-21T03:56:44Z</published>
   <updated>2008-12-03T07:44:01Z</updated>
   
   <summary>著作権のからんだ儲け話にだまされないよう、次のことばを覚えておくといいでしょう。...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>著作権のからんだ儲け話にだまされないよう、次のことばを覚えておくといいでしょう。</font>

<strong><font color=#0000FF>高そうな服を着た人に出会ったとき思い出したい金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>人の内証（ないしょう）は張り物 </strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>

「張り物」は、芝居に使われる木枠に紙をはった背景の絵などのこと。表向きを実際よりもよく見せることにもいう。
人間も内証、つまり実際の懐具合を隠して、表向きよく見せているのがふつうである。
高級ブランドの服を着ていても、高級腕時計をはめていても、本当の金持ちとは限らない。


<strong><font color=#0000FF >安っぽい服装の客を迎えるときの金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>有ると見えてもないのは金だが、無いと見せてもあるが金だ </strong></font> <font size=-2>（河竹黙阿弥『梅雨小袖昔八丈（髪結新三）』）</font>

「有りそうで無いのが金、無さそうで有るのも金」ということわざもある。このことわざを知らず、貧乏な客だとあなどっていると、とんでもない恥をかくかもしれない。
芝居の中では、小さな居酒屋の客が主人にこのように言って、悪人に襲われないよう早く店じまいをするようすすめる。当時も今と同じように、強盗は小金をためていそうな店に押し入ったのである。

<strong><font color=#0000FF>貧しさを隠したい人のための金言 </strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>内（うち）裸でも外（そと）錦（にしき）</strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

家の中は裸でもいい。外へ出るときにを着飾っていれば、世間の人は金持ちだと誤解してくれる。世間の手前、体裁の悪いことはできない、という意味のことわざ。
現代では「錦」が仕事で有利に働くこともある。そういう職業では、ボーナスが少なくてもとりあえず「内裸」と割り切ることも必要だろう。

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   <title>あまり多くない金額の金言</title>
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   <published>2008-11-05T09:28:52Z</published>
   <updated>2008-11-21T09:18:59Z</updated>
   
   <summary>定額給付金にちなみ、「ほんの少額」というほどでも「大金」というほどでもない金額に...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>定額給付金にちなみ、「ほんの少額」というほどでも「大金」というほどでもない金額についての金言を紹介します。</font>

<strong><font color=#0000FF>あてにしている人への金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>丸一本（まるいっぽん）伽羅（きゃら）と鯨（くじら）は買いにくい</strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

「丸一本」は銭400文のこと。いわゆる「二八蕎麦」が十六文だったから、今でいうならハンバーガーが25個ぐらい買える値段ということになろう。
ひとりで小さな居酒屋に行くこともできる。
しかし、高額商品や大きな物は買えない。もちろんホテルのバーに行くのも無理だ。

<strong><font color=#0000FF>金額に不満を持ちながら懐に入れるための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>何だ、これっぱかりか、鄙吝（しみった）れた奴等だ。が今日の飯代にはなる。ワッハッハッハッ </strong></font><font size=-2>（国枝史郎『天草四郎の妖術』）</font>

妖術使いが銭を投げてきた観客に言う台詞。
金額の少なさを馬鹿にしながら、「今日の飯代もなる」と懐の寂しさを露呈し、それを豪傑笑いでごまかしているのが面白い。
金満家は貧しい者が人からもらう金を云々するのは図々しいと思うのかもしれないが。

<strong><font color=#0000FF>少額のものの返礼の金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>青海苔（あおのり）貰（もろ）うた礼に太々神楽（だいだいかぐら）を打つ </strong></font> <font size=-2>（ことわざ）</font>

伊勢参りの勧誘をする御師は、客に伊勢名物の青海苔（安い）を配った。その礼に伊勢神宮にお神楽（安くない）を奉納するとは、わずかなことに対し過大な礼をすることのたとえ。
このことわざは『仮名手本忠臣蔵』で大星由良之助が足軽の寺岡平右衛門に対し
　「（薄給の身で）命を捨て敵討ちしやうとは、
　　そりゃ青海苔貰ふた礼に、太々神楽を打つやうなもの」
と、仇討ちの参加を思いとどまるよう説得する場面で使われる。薄給の会社員がサービス残業で命を減らすのも、微妙な額の給付金をもらった後でがっぽり取られる税金も、太々神楽の一種といえるだろう。]]>
      
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   <title>採用の金言 </title>
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   <published>2008-10-30T08:23:16Z</published>
   <updated>2008-11-06T02:38:29Z</updated>
   
   <summary>領地の経営者でもあった大名のことばから、人を採用することの難しさを学びます。 ヘ...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>領地の経営者でもあった大名のことばから、人を採用することの難しさを学びます。</font>

<strong><font color=#0000FF>ヘッドハンティングの金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>千兵はしやすく、一将は求めがたし </strong></font>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<font size=-2>（『甲陽軍鑑』）</font>
　　
「千軍は得やすく」というのが一般的だが、『甲陽軍鑑』では武田信玄が果敢に抵抗する岡部次郎右衛門についてこう述べ、味方に引き入れたとされる。今川家での次郎右衛門の禄は三百貫だったのに対し、信玄が与えたのは三千貫。
戦乱の時代、自分を高く評価してくれる主人に替えるのは恥ずかしいことではなかった。




<strong><font color=#0000FF>教育係の採用のための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>子供に付候者は、其人柄を再三詮議して念を入るべし</strong></font>
（子供につける者については、その人柄を再三調べて、念を入れるべきだ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　<font size=-2>（黒田長政『御定則』）</font>

大名の息子には、幼い頃から教養のある重臣や僧侶が教育係としてつけられた。その影響が大きかったことは、伊達正宗はじめ数々の武将の伝記から知られる。
現在でも子どもの教育にあたる人間、教職者の採用には人柄を重視すべきだろう。
ちなみに、黒田長政は教育の重要性を意識しながら、彼の長男、忠之（ただゆき）の教育に失敗したようである。長政の没後、黒田家は内紛（黒田騒動）が起き、藩の歴史に大きな傷を残したのだった。


<strong><font color=#0000FF>コネ採用の金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>おのれが縁類などとりなし、其人にあはざる役などさせ、欲にふけり音者（いんもつ）に愛でなどする家老は、逆心同前と知るべし。</strong></font>
　　（自分に関係ある人間を仲介して、その人に合わない仕事などさせ、欲にふけ賄賂を心ひかれるなどという家老は謀反人と同じと知るべきだ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<font size=-2>（板倉重矩『板倉重矩遺書』）</font>

板倉重矩（しげのり）は、島原の乱の制圧に失敗して討ち死にした板倉重昌の息子で、老中にもなった人物である。彼は1673（延宝1）年に病死する直前息子にあてて遺書を記した。
上の文章の前後から、武家社会にコネ採用が横行し、それが全体の意欲を下げていたことがうかがえる。]]>
      
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   <title>仕事探しの金言</title>
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   <published>2008-10-21T05:06:17Z</published>
   <updated>2008-11-18T06:07:56Z</updated>
   
   <summary>就職活動中の大学生よりも大学職員のほうが下記のことばに共感するのかもしれません。...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>就職活動中の大学生よりも大学職員のほうが下記のことばに共感するのかもしれません。</font>

<strong><font color=#0000FF>就職先を選り好みしている人への金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>家貧しくして親老ゆれば禄（ろく）を択（えら）ばずして仕（つか）う </strong></font>
　　（家が貧しく親が老齢なら給与を選ばず仕官しなさい）<font size=-2>（『孔子家語』致思）</font>

大学生の親なら若くはない。蓄えのほうは家によりけりだろうが、儒者の教えに従うなら、高望みせずに就職すべきである。
なお、『孟子』では３つの親不孝として、
&#9312;	親の間違いをいさめることもなく、親を不義に陥れる
&#9313;	家が貧しく親は老齢なのに、就職しない
&#9314;	結婚せず、子をなさず、祖先をまつる者を絶やす
が挙げられている。そのうち最重要視されるのは&#9314;である。
有名企業に就職してもずっと独身のままでいるのは親不孝ということになる

<strong><font color=#0000FF>転職希望者のための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>知らぬ呉服商売より知った小糠商（こぬかあきない）</strong></font><font size=-2>（ことわざ）</font>

呉服屋のように金の動きが大きい仕事よりも、どんなに小規模であろうがよく知っている商売のほうが安全である。業界の内実を知らない仕事を始めるのは危険である。……ということばが生まれるほど、江戸時代にも商売を替えて失敗する人が少なくなかった。

<strong><font color=#0000FF>企業選びの金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>奉公は主取（しゅうど）りが第一の仕合せなり。
　　子細は、繁盛のところにはよらず</strong></font>
（奉公は、いい主人に仕えるのがいちばんだ。というのも、商売繁盛は場所によるものではないから）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<font size=-2>（井原西鶴『日本永代蔵』巻一）</font>

1688年（元禄元年）に発表された『日本永代蔵』は、
17世紀後期の経済の発展によって出現した経済小説の嚆矢である。
実在の成功者、失敗者をモデルに、種々のビジネスのありようが描かれている。
西鶴が土地柄より「主取り」を重視するのは、たとえ金が集まる都会にいても、
貧しい職人の下で働けば金儲けのノウハウを学ぶことはなく、
ゆくゆくは親方と同じような貧しい職人になったためである。
「主」を「企業」「経営者」と読み替えると現代にも通用するだろう。]]>
      
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   <title>遺産をもらう側のための金言 　</title>
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   <published>2008-10-14T01:47:52Z</published>
   <updated>2008-10-30T09:16:43Z</updated>
   
   <summary>遺産は子どもにとってありがたいばかりではなく、トラブルの種にもなるものです。 形...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/column_2/">
      <![CDATA[<font size=2>遺産は子どもにとってありがたいばかりではなく、トラブルの種にもなるものです。</font>

<strong><font color=#0000FF>形見わけの金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>泣き泣きもよい方をとる形見わけ </strong></font><font size=-2>（『柳多留』）</font>

着物や骨董などを縁のある人同士でわけているとき、
みな泣いているように見えても、
品質のよいものからなくなっていく。

<strong><font color=#0000FF>親の死を予期する人のための金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>君の御父さんが達者なうちに、貰うものはちゃんと貰つて置くやうにしたら何うですか。万一の事があつたあとで、一番面倒の起るのは財産の問題だから </strong></font><font size=-2>（夏目漱石『こころ』）</font>

『こころ』の主人公である青年に、彼が慕う「先生」が言う台詞。
主人公は知らなかったが、「先生」は学生時代に財産家だった親を失い、
いつのまにか遺産の多くを親戚に奪われていた。
主人公がそうだったように、遺産問題でもめた経験のない人は
このような現実的なアドバイスに違和感を覚えるようだ。

<strong><font color=#0000FF>親を失ったばかりの人のための金言</strong></font>
　<font size=4 color=#800080><strong>証文の家さがしをする死んだ跡</strong></font><font size=-2>（『柳多留』）</font>

親が亡くなったばかりであるのに、すぐ財産の話になるのは気持ちのよいことではない。
しかし、やらないわけにはいかない。
親の死後、しかたなく実家で親の通帳や年金手帳を探したりしているときに、
この句を思い出すと「自分ばかりではない」と心が慰められるかもしれない。]]>
      
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   <title>子に遺すものについての金言</title>
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   <published>2008-10-03T03:36:39Z</published>
   <updated>2008-10-21T06:06:31Z</updated>
   
   <summary>親が子に譲れるものは、不動産や金や選挙区ばかりではありません。 不動産のない親の...</summary>
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      <![CDATA[<font size=2>親が子に譲れるものは、不動産や金や選挙区ばかりではありません。</font>

<strong><font color=#0000FF>不動産のない親のための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>児孫（じぞん）のために美田を買わず 　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></font><font size=-2>（西郷隆盛『偶成』）</font>
広く知られるこの金言は、明治維新の英雄、西郷隆盛がつくった漢詩の中の一節である。
「美田」は財産を象徴し、子孫は自らの努力で出世すべしという考えを示している。
実際、西郷は西南戦争のために「美田」を遺すことはできなかった。
しかし、息子は維新の功労者たちの世話で出世を果たした。
コネが遺産となったのである。

<strong><font color=#0000FF>読書家の親のための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>子に黄金満&#31837;（おうごんまんえい）を遺すは
　　　一経（いっけい）に如（し）かず</strong></font><font size=-2>（故事成句）</font>

子に箱を満たすほどの黄金を遺すよりは、一編の経書を遺すほうがよい。
子どもには財産より学問がためになる、という意味である。
『漢書』の韋賢（いけん）伝に由来する。
韋賢は前漢時代、紀元前1世紀頃の政治家である。彼は学問によって身を立て、
国の宰相となった。さらに、学問好きの四男がやはり宰相になったが、
当時親子で宰相になるのは大変珍しかった。
読書家の親が、本を買う言い訳に使えそうなことばである。

<strong><font color=#0000FF>すべての親のための金言</strong></font>
　　<font size=4 color=#800080><strong>金よりも子にゆづりたい知恵袋</strong></font><font size=-2>（『柳多留』）</font>

親から譲られた財産は身を滅ぼすもとにもなるが、生きる知恵を伝えることができたら、
苦境に陥ったときもどん底から再起することができるだろう。
そこで、「金よりも知恵袋」というのである。
財産のある親がこう言うと重みが出るが、財産のない親が言うと面白みが出る。
人生を面白く生きるのも知恵の働きである。]]>
      
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