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今年(07年)1月、柳沢厚生労働相が女性を「産む機械」にたとえ、「機械」の語が一躍脚光を浴びました。しかし平成の日本人は日常生活で「機械」という語を口にすることが少なくなっています。昭和の時代までは自動車も電話もテレビも「機械」でくくられ、「機械いじり」が得意な「機械に強い」お父さんは家族の尊敬を集めたものです。
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現代では「機械」の表記が一般的ですが、明治時代は「器械」もよく使われました。当時「機械」は「からくり」ともよまれていて、どちらのよみかたをすべきか判断が難しいものもあります。
そういうとき、「仕掛け」と語を入れ替えても意味が通じる場合は「からくり」の可能性が高いと思われます(つねにそうであるとは限りませんが)。
江戸時代なら文芸作品では「からくり」とよませるのが普通です。式亭三馬の『早替胸機関』は「はやがわりむねのからくり」、歌舞伎の『勧善懲悪覗機関』は「かんぜんちょうあくのぞきからくり」とよみます。
明治の器械の用例
*舞姫〔1890〕〈森鴎外〉(1890年)「ただ所動的、器械的の人物になりて、自ら悟らざりしが」
その解説
用例は、ドイツに留学した主人公が、親が願うとおりに真面目に勉強し役人になった自分を省みている場面から。
「器械的」の用例としては早い時期のもので、大正に入ると表記は「機械的」が多くなります。
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一般に「機械」は、感情や思慮がないかのように決められた動きをする人間の比喩に用いられます。しかし、夏目漱石はこれを別の側面からも見ていました。
壊れる器械の用例
*道草〔1915〕〈夏目漱石〉三四「健三よりも七つばかり年上な彼の半生は、あたかも変化を許さない器械のようなもので、次第に消耗(しょうこう)して行くより外には何の事実も認められなかった。
その解説
主人公、健三の兄についての用例です。兄は「小役人」で二十年以上同じ仕事をしています。それを漱石は「変化を許さない器械」にたとえつつ、「器械」であるから「消耗して」しまったら用なしになることを暗示しています。
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非人間的なイメージがつきまとう「機械」を、あえて擬人化することもよくあります。また、パソコンや車に「がんばれ」と呼びかけるといった行為は現代でもよく行われます。
機械を擬人化した用例
* ガトフ・フセグダア〔1928〕〈岩藤雪夫〉四「年がら年中ヴァルヴを閉めっ切り、そんな人間は長生きしねえや、機械だって少しはガタついてゐた方が無理が利かあ」
その解説
船員として働いた経験をもつ作家による、海のプロレタリア小説からの用例。「酒をのむと兄貴のヴァルヴは利かなくなるんぢゃないか?」と言われた男の返事です。
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第二次世界大戦後日本はますます工業化し、家庭にある工業製品の種類も増えました。しかし、「機械」の語のイメージにそれほど大きな変化は起きませんでした。
機械と人間を対立させる用例
*人間が機械になることは避けられないものであろうか?〔1948〕〈渡辺一夫〉「ヒューマニズムとは、人間の機械化から人間を擁護する人間の思想である」
その解説
第二次世界大戦後、「ヒューマニズム」の語が一種のブームとしてメディアに広がったことを背景とするエッセイです。フランス文学者としてヒューマニズムを信奉しつつ、それが日本に定着する確信が持てないでいる著者の複雑な気持ちが吐露されています。
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「なお、「産む機械」の問題は柳澤大臣ひとりの言語感覚によるものではありません。国会会議録検索で「産む機械」で検索すると、平成15年7月2日の衆議院決算行政委員会で「女性は第一、子供を産む機械じゃないわけですね」という発言が出てきます。
さらに「生む機械」では、昭和32年2月15日衆議院社会労働委員会で「あたかも女は黙って子供を生む機械だから、政府の意向に従えというようなとんでもない誤解を招くようになって参ります」という発言がありました。そのとき政府は人口増加を抑制しようとしていたのでした。
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