第2回 表裏

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球界の裏金問題が世間を騒がせています。「裏金」の語は昭和30年代前半に有名企業の、裏資金、隠し金、リベート等が相次いで発覚したことによって世間に広まりました。(その以前に同種の事件がなかったわけではありません)。
今回はそうした「裏」のない(ある)人をほめる(けなす)ときによく用いられる「裏表」「表裏」の用例を紹介します。


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「裏表がない」をつねに悪人らしく振舞う悪人に対して用いることは少なく、ふつうは正直者や人格者にいいます。


「裏表」のない人物についての代表的な用例
*十訓抄〔1252〕六・在衡格勤事并鞍馬毘沙門示現事・中「日月は物一(ひとつ)によりて、暗(くらく)せず。<略>うらおもてなく、親(したしき)をもひかず、疎(うとき)をも隔てずして、ひとしき思(おもひ)をなす、是を賢人と云」


その解説
『十訓抄』は鎌倉時代に編纂された教訓集で、道徳の教科書として読まれた本です。用例を現代語にすると、「太陽・月は一つの物の便宜ために暗くなったりしない。<略>裏表なく、親しい人をもヒイキせず、疎遠な人だからといって差別することなく、誰にでも同じ思いで接する。こういう人を賢人という」となります。
道徳教育に熱心な安倍首相はこれを一読のうえ組閣の参考にするとよいでしょう。


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日本人は「裏表」はない人物を称えながら、世の中には「裏表」があるものと考え、それを使い分けることを行なってきました。


仕事に「裏表」があるのは当然とする用例
*大つごもり〔1894〕〈樋口一葉〉上「何(いず)れ奉公の秘伝は裏表と言ふて聞かされて」


その解説
『大つごもり』という短編小説は「裏表」など考えずに働く真面目な下女が、家族を助けるために主家の金を盗む物語です。主家のドラ息子がその直後に大金を持ち逃げしたため盗みが露見せず、下女がほっとするところで小説は終わります。
模範的な下女も結局は隠し事のある人間になるところが、樋口一葉ならではの凄さといえます。


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多くの職業では世間の「表裏」の両面をよく知っていることが求められます。とくに作家やジャーナリストは社会を裏から見ることも大切だと考えてきました。


「裏表」を知る作家をほめる用例
*文芸的な、余りに文芸的な〔1927〕〈芥川龍之介〉九「人生の裏表を知ってゐることは正宗氏も徳田氏に劣らないかも知れない」


その解説
正宗白鳥と徳田秋声を比較している段落から。徳田秋声は「人生の裏表」を描くことに秀でた作家でしたが、芥川龍之介は徳田秋声の描く「娑婆苦」よりも正宗白鳥の「地獄」をより高く評価しています。


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近代日本には「裏表」を徹底的に嫌った文学的ヒーローがいます。それは夏目漱石の「坊っちゃん」です。


「裏表」のある人物を否定する用例
*坊っちゃん〔1906〕〈夏目漱石〉八「曲者だか何だかわからないが、ともかくも善い男ぢゃない。表と裏とは違った男だ」


その解説
「善い男ぢゃない」と決め付けられているのは、ハイカラ好きで、陰謀によって部下の婚約者(マドンナ)を手に入れた教頭(赤シャツ)です。
主人公の坊っちゃんは「人間は竹の様に真直でなくっちゃ頼もしくない。真直なものは喧嘩をしても心持がいい」といいます。そんな「真直」な性格のために彼は学校という組織がイヤになり辞職してしまうのでした。


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「裏表のない」あるいは「表裏のない」は、ごまかしがない、ウソがない、といった意味で用いられることもよくあります。とくに政治方面で多いようです。


外交関係での用例
*第112回国会衆議院外務委員会議録第1号(その1)・昭和63年3月9日「この持ち込ませないは正真正銘、決して裏表のないものだ、文字どおり持ち込ませないでいくんだ、だからソ連の日本に向けた核はやめなさい、これは日本の立場としてソ連と話ができると私は思う。」


その解説
核物質防護条約に関連する発言から。ソビエトに対して非核三原則を外交の武器にしようと訴えています。
しかし、「裏表のないものだ」という判断は相手が下すものです。

日時: 2007年05月22日 10:00
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