第5回 自主


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年金問題に関連し、首相らが賞与を「自主返納」し、さらに社会保険庁の全職員にも「自主返納」を求めるそうです。「自主」はときに態度をほめる際に用いられますが、今回はその由来と有名な用例を紹介します。


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「自主」の語は、中国から日本に入った漢語です。明治大正の法学界の大御所、穂積陳重の随筆『法窓夜話』によると、1857(安政4)年アメリカ人が中国語で著した『聯邦史略』によって日本に入ったといいます。『聯邦史略』ではfreedom、libertyの訳語として「自主」「自立」が用いられました。
幕末につくられた英語辞書、『英和対訳袖珍辞書』(1862)では、「Freedman」(奴隷から解放された自由民)を、「自主ノ人」と訳しています。しかし、同時期に「自由」の訳語をあてることも始まります。そのほか「任意」「自専」「自尊」「自立」「自在」なども用いられましたが、結局、「自由」がもっとも広く知られることになりました。


freedom、libertyの訳に苦しんだことを伝える用例
*西洋事情〔1866〜70〕〈福沢諭吉〉初・一「本文自主任意自由の字は我儘放盪にて国法をも恐れずとの義に非らず、総て其国に居り、人と交て、気兼ね遠慮なく、自分丈(だ)け存分のことをなすべしとの趣意なり」


その解説
この用例は非常によく知られていますが、今もって「自主」「自由」は「わがまま」「自分勝手」と混同されがちです。用例中の「自分丈け」も、現代人は「他の人は関係なく、自分ばかり」の意味にとってしまう恐れがあります。


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明治初年の知識人は「自主」が国家発展に欠かせないものだと考えていました。その背景には18世紀から19世紀にかけての国際情勢があります。


「自主の精神」に注目する用例
*米欧回覧実記〔1877〕〈久米邦武〉一・一三「欧洲自主の精神、特に此地に鍾(あつま)り、其事業も自ら卓落豁達(かったつ)にて、気力甚た旺(さかん)なり」


その解説
岩倉使節団がワシントンを訪問し、著者が米国の繁栄について考察している部分から。彼は、母国を逃れてアメリカ大陸に渡った「外面より之を謂へば<略>無類の群とも謂ふべし」人々が成功できた理由のひとつに、「自主の風」をあげています。
かなり曖昧ながら、彼はfreeを「自由」、independentを「自主」と区別していたらしく、現代でいう「自治」「独立」などにも「自主」を用いました。


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明治時代「自由」は「自由民権」「自由党」など事物の名称にも用いられ、「自由は死なず」などの流行語も生まれました。それに対して「自主」は、演説等で語尾を伸ばして発音するのに向かないためか、それほどの人気は得られませんでした。
現在では2つの語がもつイメージはかなり違っています。戦後教育を受けた人は学校で「自主的な発言」「自主的な活動」などを求められてきたため、教室をイメージするかもしれません。


「自主」を教育目標とする用例
*教育基本法〔1946〕二条・二〔2006改正〕「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと」


その解説
昨年改正された教育基本法では第二条に教育の目標が、一〜五にわたってあげられています。「自主及び自律」は、規範意識の薄れを憂え、「自主」に「自律」を加えたといわれます。
「自律」も大切ですが、起業家を増やすために「自立」、自殺を減らすために「自尊」なども加えて欲しかったですね。


日時: 2007年07月02日 17:56
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