第10回無責任


■■■■■■
民主党小沢氏の辞任発表に対し、「無責任」という批判があります。「無責任」は九月、安部首相が突然辞任した直後にもテレビのニュースやワイドショーで頻繁に聞かれました。今回は「無責任」の用例を近代文学から引用します。


■■■■■■
「責任」は17世紀前期の『信長記』に用例があるなど、近代以前から存在しましたが、日常的使われた語ではありませんでした。明治以降は法律用語にもなり、インテリ階級から世間に広がります。その過程で「無責任」の語も生まれました。


享楽的な無責任の用例
*女工哀史〔1925〕〈細井和喜蔵〉一六・四六「無責任きはまる享楽的な考へを有った労働婦人は甚だ尠い」


その解説
世間の女工に対する偏見に、異を唱える用例です。現代では独身の女性労働者(いわゆるOLなど)が男性とともに夜を過ごすことを「無責任」「享楽的」と批判する人はそれほど多くありません。しかし、その男性が結婚を拒絶した場合、男性はしばしば「無責任」と罵られます。


■■■■■■
誤報や事実かどうかわからない噂なども「無責任」と呼ばれます。しかし、現代ではテレビドラマの中ですら、「無責任な噂話をするものではありません」というフレーズを耳にしなくなってきました。その一方で、「無責任な報道」に対する批判は今もよく聞かれます。


言論の無責任
*それから〔1909〕〈夏目漱石〉一一「なんぼ、僕だって、さう無責任な翻訳は出来ないだらうぢゃないか。誤訳(ゴヤク)でも指摘されると後から面倒だあね」


その解説
主人公の代助に翻訳の手伝いを依頼する友人が言う台詞。はじめ代助は「好い加減に訳して置けば構はないぢゃないか。どうせ原稿料は頁(ページ)で呉れるんだらう」と断ろうとしたのですが、この言葉を聞いて渋々と依頼に応じます。


■■■■■■
あることをした後には必ずやらなくてはいけないこと、そうするだろうという人々が思っていることを、意識的に、あるいは無意識的に行わない人も「無責任」の批判を浴びます。


不作為の無責任
*坊っちゃん〔1906〕〈夏目漱石〉五「こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね」


その解説
教頭(赤シャツ)の台詞で、用例の「口」は話の口です。用例全体を現代語にすると、「こっちで話を切り出しておきながら、続きを言わないのは無責任ですね」。明治期ではまだ「無責任」の語にインテリ臭があり、赤シャツのインテリぶりたがる性格がここにも表れています。


■■■■■■
批判の気持ちを含まずに、責任を持たない状態を表すために「無責任」を用いることもあります。とはいえ、「彼は無責任だ」が「彼には責任がない」の意味で言われることはまずなく、「彼は責任感が欠けている」「彼は責任を取るべきだ」「彼はどうしてこんなときに辞任するのか」といった不満を読み取るべきでしょう。


責任を持たない無責任
*侏儒の言葉〔1923〜27〕〈芥川龍之介〉兵卒「絶対に服従することは絶対に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ」


その解説
警句集からの用例です。日本では「兵卒」を動かす立場の人々も、無責任を好むのかもしれません。

日時: 2007年11月05日 18:29
トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.web-nihongo.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/78

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)