第12回反省


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無表情なために「反省の色が見られない」と非難される人がいる一方、涙ながらに「反省している」と言いつつ出しもしないゴルフ代を出したように言う人もいます。
今回は4つの用例から日本人の「反省」について考えます。


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「反省」の語が新聞・雑誌の見出しに頻繁に使われるようになったのは、明治後期以降。日国の用例では明治4年の新聞記事が初出です。新聞・雑誌のほか、学校や軍隊などの教育機関を通じ、「反省」は広い層に浸透していきました。


若き哲学者による「反省」の定義
*語られざる哲学〔1919〕〈三木清〉八「反省とは自分自身を知ると云ふことである<略>不真面目と傲慢とに於てではなく、真摯と謙虚とに於て自分自身は初めて知られ得る」


その解説
哲学者の三木清が23歳のときに書いた告白録風の文章からの用例。「反省」はヘーゲル哲学の重要用語でもありますが、ここでは自分の哲学を語るために用いられています。


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昭和初期、転向したプロレタリア文学者が「反省」の文章を発表したほか、いわゆる日本精神高揚のために「反省」が呼び掛けられました。そして第二次大戦後には「反省」がマスメディアを大席捲します。


国民に反省を呼びかける用例
*朝日新聞―昭和二十年八月一五日「一億同朋の新たなる勇気も努力も、ともにこの反省と悔悟とを越えて生れ出るものでなければならない」


その解説
ポツダム宣言受諾の日の、「一億相哭の秋」と題する社説からの用例です。直前には「大君と天地神明とに対する申訳なさで一杯ぱいである」とあり、戦争直後のマスメディアの「反省」は、進駐軍が来てからの「反省」とは質が異なることがうかがえます。


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第二次大戦後の「反省」ブームの根幹には、「反省」が発展のもとになるという考えがあります。日本人にとって「反省」は決して後ろ向きの行為ではなく、むしろ前向きな、推奨されるべき行為なのです。


「反省」の価値を説く用例
*反省の文学 源氏物語〔1950〕〈折口信夫〉「普通の人間は、過ちを犯した事に対して厳しく反省して、次第に立派な人格を築いて来るのである」


その解説
折口信夫は、光源氏から「人間が大きな苦しみに耐へ通してゆく姿と、人間として向上してゆく過程を学ばなければならぬ」といい、源氏物語を「反省の文学」と呼んでいます。


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「反省」を重んじる日本では、裁判所の裁判官も「反省しています」と言う人を言わない人よりも高く評価します。
とはいえ、表面的な「反省」がさらなる反発のもとになることも少なくありません。


「反省」の弁を疑う用例
*第一六六国会衆議院予算委員会会議録―五号〔2007〕「上辺だけ済みませんでした、悪かったですと言っているだけでは反省とは言えないわけです」


その解説
今年の流行語大賞の候補になった「生む機械」の柳澤伯夫元厚労大臣を非難している発言です。この当時、舛添議員が厚労大臣になるとは誰が予想できたでしょうか?
なお、国会会議録検索システムで、歴代の内閣総理大臣が何について「反省」の意を示したのか検索してみると、歴史問題のほかでは金権問題、失言が目立ちます。
口と金は禍(わざわい)のもと、といえるでしょう。

日時: 2007年12月07日 16:51
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