第14回思いやり・思いやる


■■■■■■
NHK放送文化研究所が昨年行った「日本人が好きなもの」についての調査で、好きなことば(62項目から複数回答)のトップ・スリーは、「ありがとう」「思いやり」「健康」だったことが今年の正月早々にNHKニュースで報じられました。1983年の調査でもトップ・スリーは同じ語だったといいます。今回は現代日本人が大好きで、人をほめるときにもよく用いられる「思いやり」について紹介します。


■■■■■■
万葉集の時代は、「思いやる」を悲しい思いをどこかにやる、心を慰めるという意味で用いました。平安時代以後もそのような意味は残りましたが、そのほかに、遠方の状況や事物を想像することにもいうようになります。そこからさらに、人の気持ちを推し量るという意味も加わりました。


想像の「思いやり」
*やみ夜〔1895〕〈樋口一葉〉二「目前(もくぜん)みての憂ひよりは想像(おもひやり)にこそ苦はますなれ」


その解説
現代の作品ならありえないルビのふりかたです。江戸時代中期の語学書、『操觚字訣(そうこじけつ)』に「想は、おもいやること」とありますが、明治中期でもなお「思いやり」と「想像」が結びついていたことがわかります。
また、相手のそばで心配するよりも、遠くの相手の悪い状況を想像するほうがより苦しいという表現には、通信手段が乏しい時代の想像の重さがにじんでいます。


■■■■■■
現代人がしばしば良い人間の条件として「思いやり」をあげ、子どもに「思いやり」を期待するように、江戸時代の人々も「思いやり」のある人を好み、自分の子どもにそうなって欲しいと考えていたようです。


「思いやり」の育て方
*滑稽本・浮世風呂〔1809〜13〕二・上「いづれサ、他人の飯をたべねばネ、他(ひと)の想像(おもひやり)がございませんのさ」


その解説
息子を修業のために奉公に出している商家の奥さんに、その知り合いの女性が言う台詞。二人は商人の息子は奉公をしたほうがいいと考えています。その理由は、「たとへサ奉公人を遣(つか)へばとてもネ、わが身をつめって見ねば、他の痛さがしれませんはな。どうしてもモウ、親の手を離れぬものは、痛さ痒さがわかりません」ということなのでした。


■■■■■■
上の『浮世風呂』の用例に見られるように、日本人は江戸時代からすでに「思いやり」がビジネスに影響することを知っていました。現代では「思いやり」のかわりに、「センシティビティ」「コンシダレーション」などのカタカナ語使うことがありますが、社訓や会社案内の文書には「思いやり」の語がよく見られます。


「思いやり」とビジネス
*夜明け前〔1932〜35〕〈島崎藤村〉第一部・上・四・五「百里の道を往復して生糸商売でもしようといふ安兵衛には、さすがに思ひやりがある」


その解説
師をねぎらう起業家を「さすがに思ひやりがある」という藤村の作品では、「同情」に「おもひやり」のルビを振ることもあります。ここでの「思ひやり」は、「同情」とは少し異なる、ビジネスにも役立つような配慮の細かさを表しているのでしょう。


■■■■■■
「思いやり」は政治にも求められ、昭和53年には金丸信防衛庁長官(当時)によって「思いやり予算」というものが登場しました。そのため国会関係で「思いやり」という語が発せられた件数は、3,649件にも達します(注:08年1月16日に検索を実施)。


「思いやり予算」の誕生
*第八十四国会衆議院内閣委員会会議録第二十二号〔1978〕「日米関係が不可欠である以上、円高ドル安というこの状況の中で、アメリカから要求されるのでなくて、信頼性を高るということであれば、思いやりというものがあってもいいじゃないか」


その解説
上の用例は、「思いやり予算」の登場時にその必要性を訴えた金丸信氏の発言です。62億円でスタートした「思いやり」は、ちょうど30年後の2008年では2100億円以上となっています。
国会会議録をさらに検索してみると、昭和53年以降、文部大臣が国会で「思いやり」と発した件数がどっと増えています。どうやら「思いやり予算」の影響で「思いやり」の語がインフレを起こしたようです。

日時: 2008年01月22日 16:31
トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.web-nihongo.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/82

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)