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   <title>新選　ほめる日本語・けなす日本語</title>
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   <title>第１８回崩壊４月２日更新</title>
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   <published>2008-04-02T09:28:56Z</published>
   <updated>2008-04-02T09:31:31Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 福田（康夫）内閣は「崩壊寸前」と呼ばれるようになりました。崩壊す...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
福田（康夫）内閣は「崩壊寸前」と呼ばれるようになりました。崩壊するだろうと決め付けるのは一種の悪口といえるでしょう。今回はこの「崩壊」の用例を４つ紹介します。</font>]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
崩れる、壊れる、を重ねた「崩壊」は、江戸時代すでに知識階級には用いられた漢語です。明治以降は災害報道でおなじみの語となり、一般にも広がりました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>建造物の「崩壊」を肯定する用例</strong>
＊ 大和古寺風物誌〔１９４３〕〈龜井勝一郎〉法輪寺「さうかと云って華美な改修はふさはしくない。全く崩壊しない程度で、しかし崩壊して行くやうないまの姿をそのままとどめてほしい」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
飛鳥時代に創建された法輪寺は、第二次大戦以前は十分な修繕がなされず、荒れが目立っていたようです。しかし、「すべて古典に対する真の愛情は廃虚への感傷に始まる」という著者は、寺の崩壊を悲しむことも仏心のスタートとして重要であると考えていました。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
建物以外でも、まとまりが失われ、ばらばらになった状態を表すのに「崩壊」を用いることがよくあります。「ソ連崩壊」はその代表的な例です。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>運動崩壊の用例</strong>
＊頽廃の根源について〔１９５３〕〈小田切秀雄〉二「かれらが各個撃破されたときに運動全体はただちに崩壊した」 </font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
「かれら」、すなわち『蟹工船』の小林多喜二ら地下活動を行った作家が、投獄などで活動不能となったうえに、多くの作家が転向し、プロレタリア文学運動を続ける人が世間にいなくなったことを「崩壊」と呼んでいます。
左翼も右翼も活動家は「崩壊」のような画数の多い漢字を好む傾向が強く、彼らのチラシや看板などでも「崩壊」がしばしば見受けられます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
個人の内面について「崩壊」を使うことは、日常の会話ではめったにありません。たとえば、「彼女は傷ついたみたい」のほうが「彼女は崩壊したみたい」よりも日常的です。
しかし、若い世代を中心に、いつもとは違う奇妙な言動をすることを「壊れている」といい、その意味で「崩壊」を使う人も増えています。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>被疑者の「崩壊」の用例</strong>
＊ ある小官僚の抹殺〔１９５８〕〈松本清張〉二「彼の主張を支えた精神の支柱は強靱さを失い、今にも崩壊しそうだった」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
戦後の砂糖疑獄事件を素材とする作品からの用例。「彼」は賄賂を贈った企業団体の理事長です。彼は自分だけで業務上横領の罪をかぶるつもりでしたが、取り調べによって消耗し、ついに自供します。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「崩壊」は、「内閣崩壊」のように四文字熟語にしても語呂がよく、「バブル崩壊」のようにカタカナと組み合わせても見栄えがします。
そのためか、ひと昔前なら「衰退」あるいは「荒廃」を使ったであろう場面でも使われるようになりました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>今どきの崩壊</strong>
＊ 第百六十二回国会衆議院憲法調査会議録〔２００５〕第四号「私は、家庭崩壊、地域崩壊あるいは国家崩壊の危機に瀕しているという認識を持たなければならないのではないかと考えております」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
憲法改正を支持する議員の発言より。彼はこれらの「崩壊」を防ぐためにも憲法改正をすべきだと彼は述べています。そこで、国会議員が３つの「崩壊」にどれほど関心を持っているのか過去5年間分を検索してみると、「家庭崩壊」で17件、「地域崩壊」で6件、「国家崩壊」で2件がヒットしました。
むしろ、彼が挙げなかった「医療崩壊」（39件）や「学級崩壊」（57件）が多く、このふたつが四文字熟語として社会的に定着したことがうかがえます。
ちなみに「年金崩壊」はたった1件、「国会崩壊」と「内閣崩壊」はともに0件でした。</font>
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   <title>第１7回未熟</title>
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   <published>2008-03-12T05:15:57Z</published>
   <updated>2008-04-02T09:28:43Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 毎日新聞が今月のはじめに行った世論調査によると、成人年齢を20歳...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
毎日新聞が今月のはじめに行った世論調査によると、成人年齢を20歳から18歳に下げることに6割が反対で、そのうちの69％が「精神的に未熟だから」を反対理由としたそうです。この「未熟」とは一体どのような人にふさわしい語なのか、3つの用例から学びます。</font>]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「未熟」は、作品、技芸などの程度を表すことばとしても用いられます。ほめることばではありませんが、単なる「下手」とも微妙に異なります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「未熟」な釣り人の共通点</strong>
＊幻談〔１９３８〕〈幸田露伴〉「釣れないといふと未熟な客は兎角にぶつぶつ船頭に向かって愚痴をこぼすものですが、この人はさういふことを言ふ程あさはかではない人でしたから」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
「この人」は、その日なぜだか全然釣れなかったにもかかわらず、「いつもの通りの機嫌」で帰ります。だから、露伴にとっては「未熟な客」ではない。露伴が釣り人に「未熟」さを感じるのは、釣りの腕前そのものよりも、むしろ船頭に言っても仕方のない愚痴をこぼすような「あさはか」さであったようです。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「未熟」は謙遜にもよく用いられる語です。若い人にふさわしいのはいうまでもありませんが、中高年が使ってもかまいません。その場合は、いつまでも努力する謙虚さを示すことができます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>謙遜の「未熟」</strong>
＊懶惰の歌留多〔１９３９〕〈太宰治〉「なんのことは、ない、すべて、これからである。未熟である。文章ひとつ、考へ考へしながら書いてゐる」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
太宰治が31歳のときに執筆した作品。「やはり、三十一歳は、三十一歳だけのことしかないのである。＜略＞戦争と平和や、カラマゾフ兄弟は、まだまだ私には、書けないのである」とも述べています。太宰治がここでいう「未熟」は、実力不足の状態であると同時に、「すべて、これから」という未来がある状態といえます。
なお、トルストイは『戦争と平和』を30代後半〜40代初めに執筆、ドストエフスキーは『カラマゾフの兄弟』を50代後半に執筆しました。太宰は満で38、数えで40の年に自殺しますが、この作品では「長生きをしてみるつもりである」と書いています。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「未熟」と呼ぶにふさわしい能力でありながら、自分よりも年長であるなど、「未熟」が似合わない人もいます。そんな人をけなすときは次の用例を参考に。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「未熟」と「無教養」</strong>
＊雑文的雑文〔1934〕〈伊丹万作〉「現在の映画俳優は発声に関するかぎり未熟といふよりもまったく無教養であるといっていい」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
日本でトーキー映画が制作され始めた時代の、映画監督によるエッセイです。「無教養」は、無声映画で仕事をしてきた俳優たちが、声について意識し、訓練したことがないことを意味しています。
このように「未熟」と、学んだことのない「無教養」を区別するやり方は、さまざまな事柄に応用できます。たとえば、選挙年齢の引き下げに反対なら、「現在の18歳は政治に関するかぎり未熟というよりも無教養である」といえるでしょう。</font>

]]>
   </content>
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   <title>第１６回腐る</title>
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   <published>2008-02-20T08:23:16Z</published>
   <updated>2008-03-12T05:20:25Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 女性歌手が「35歳を過ぎると羊水が腐ってくる」と発言してヒンシュ...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
女性歌手が「35歳を過ぎると羊水が腐ってくる」と発言してヒンシュクを買いましたが、「腐る」はもともと罵倒によく使われる言葉なので、もし誰かと喧嘩をしたいときは次の用例も参考にするとよいでしょう。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
悪口の場合は、実際には腐敗することがないもの、抽象的なものにも「腐る」を使うことができます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>空気が腐っているとする用例</strong>
＊黒潮〔１９０２〜０５〕〈徳富蘆花〉一・七・六「日本の空気は薩長の吐き出す毒瓦斯（ガス）に腐れきって居る」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
「薩長」すなわち、薩摩藩と長州藩が政治を支配する害を「毒瓦斯」にたとえています。このような比喩では空気が「腐る」ともいいますが、事故などで有害ガスが発生したら、空気が「汚染された」といい、「腐敗した」とはいいません。
近年は「空気が腐る」は、場の雰囲気に合わないことを非難する意味で用いられることもあります。「空気が読めない」ほど広く知られていませんが、これもいじめで使われるようです。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
人体の部分が腐っているとする表現、たとえば「脳が腐っている」などは、ふつう疾患をいうものではなく、悪口です。しかし、疾患に対する差別的な表現とまぎらわしいので注意が必要です。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>腸（はらわた）が腐っているとする用例</strong>
＊にごりえ〔１８９５〕〈樋口一葉〉七「ああ腸（ハラハタ）が腐った人は子の可愛さも分かりはすまい」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
娼婦と深い関係になり、家庭をないがしろにする夫に妻がいう台詞です。現代の女性なら「根性が腐った人」というところでしょう。
日本語には腹部に感情や人格の核があるような表現が数多くあり、日国では「腸が腐る」を慣用句として「腸」の小見出しに立てていますが、現代では「腸」という語自体が日常で使われることが少なくなりました。魚の切り身しか買わない人は「魚のはらわた」という言いかたにもなじみがないようです。</font>


<font color="#010665">
■■■■■■
何かを罵倒するときは、名詞の前に「腐（くされ）」をつけるという手もあります。日国の見出し語にあるのは「腐女（くされおんな）」「腐儒者（くされじゅしゃ）」「腐伊達者（くされだてしゃ）「腐論（くされろん）」など数が限られますが、これらを参考にすれば罵倒語がつくれます。というのも野暮なほど、すでに多くの方々がせっせと新語をつくっているようです。もしあなたがインターネットで「腐れ」を検索すると、関連検索の欄に現代的な罵倒語が並ぶでしょう。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「腐」で金を罵倒する用例</strong>
＊浄瑠璃・心中刃は氷の朔日〔１７０９〕上「五両にたらぬくさりがね（腐金）、宝の山とおしみをる」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
現代語にすると、「五両にもならぬ小金を、宝の山のように惜しんでいる」。このように金額の少なさを「腐」で表現するほか、金を得た手段の不当さをいいたい場合にも用いられます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「腐る」に関連したことばの中でも、ほめる意味を含むのが、「腐っても鯛」です。今は貧しいが良家の生まれで品がある、逆境にあってパッとしないが実力がある、やっぱり雑魚とはちがう、といった気持ちで用います。ただし、本人に面と向かって言うことばではありません。「腐って」いる自覚がない本人が聞いたら激怒するかもしれません。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>腐っても鯛子さんの用例</strong>
＊浮世草子・浮世親仁形気〔１７２０〕四・二「布子着せても美人には人が目を付る。くさっても鯛（タイ）とはよういうた物じゃ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
現代語にすると、「貧乏臭い綿の綿入れを着せても美人には人の目が集まる。腐っても鯛とはよくいったもんだ」。現代でもこの手のタイプの人はたくさんいますが、もともとの姿が美しい鯛子さん鯛夫さんであればこそ、なれ鮨のように言われるのは不満でしょう。</font>

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   </content>
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   <title>第１５回便利</title>
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   <published>2008-02-07T01:03:43Z</published>
   <updated>2008-02-20T08:27:54Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 「保存に便利」「電子レンジだけで調理できて便利」などの理由で人気...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
「保存に便利」「電子レンジだけで調理できて便利」などの理由で人気があった冷凍食品ですが、毒入り餃子事件をきっかけに売れ行きを落としているそうです。そもそも「便利」の語は食品にはいかがなものか、なのであります。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
現代人が「便利」で連想するものは、インターネットやコンビニなどかもしれません。しかし、中世の知識人なら厠もしくは厠で出すものだったでしょう。
当時の「便利」は大小便をすることでした。有名な『徒然草』にもそちらの用例があります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>兼好法師の「便利」</strong>
＊徒然草〔１３３１頃〕一〇八「一日のうちに、飲食（おんじき）、便利、睡眠（すいめん）、言語（ごんご）、行歩（ぎゃうぶ）、やむことを得ずして多くの時を失ふ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
時間が貴重であることを語る部分からの引用で、現代語にすると「一日のうちに、食事、排便、睡眠、会話、歩行など、やむを得ないことで多くの時間を失ってしまう」。
食事や睡眠と並べるほど「便利」は長くかかるものでないようにも思いますが、吉田兼好さんは長くかかったのか、大小のすべての時間を合計していったものか、謎がふくらみます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
江戸時代に入ると「都合がいい」「役に立つ」といった意味の用例が増え、排便の用例は減っていきます。19世紀には『農具便利論』という農業本も刊行されました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>江戸時代の便利グッズ紹介</strong>
＊農具便利論〔１８２２〕上「江州鋤＜略＞少しくぐみありて畦底の土をすくうには、至て便利にして」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
鋤は昔のショベルにあたりますが、いくつかの種類がありました。近江（滋賀）の「江州鋤」は少し反ったような形です。<a href="http://www.lbm.go.jp/publish/umindo/volume23/umind23a.html" target="_blank">琵琶湖博物館のサイト</a>でそのイラストを見ることができます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
19世紀の前半の段階で「便利」道具への興味や関心を十分に持っていた日本人は、開国後に西洋の文物を表現するにあたり「便利」を連発するようになります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>明治の「便利」</strong>
＊西俗一覧〔１８６９〕〈黒沢孫四郎訳〉「手紙は奇麗なる白紙に認むべし。且つ系引ある紙にても系引なき者にてもよしといへども、系引ある方便利なるべし」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『西俗一覧』は西洋の衣食住の習慣を解説した書物。現代人が何も感じずに使っている罫線入りの便箋も、明治維新直後の人々には「これは便利だ！」と思える品物だったようです。巻紙に筆で手紙を書くのは当時の人にもラクではなかったのでしょう。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「便利」な西洋文明をどんどん吸収する中で、巻紙の手紙のような扱いにくいものはすたれていきます。20世紀に入ると桂離宮の再評価に一役かったブルーノ・タウトなど、外国人に日本の美を大切にするよう忠告されることも増えていきました。そんな中で、「便利」を堂々擁護したのが坂口安吾でした。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「便利」を求める日本の私</strong>
＊日本文化私観〔1942〕一「伝統の美だの日本本来の姿などといふものよりも、より便利な生活が必要なのである。京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
ここだけ読むと伝統破壊を推奨するかのようですが、そうではなく、伝統の保存よりも「生活の必要」を優先すべきたというのが彼の主張なのです。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
第二次大戦後の日本は、混乱期を脱出した後ますます熱心に「便利」を目指しました。高度経済成長期の政府がとくに「便利」を目指した分野が、交通です。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「便利」で快適</strong>
＊第七十一国会参議院建設委員会会議録第十二号〔1973〕「居住地域を起点として、だれでも、どこに行くにも便利で快適で安全な交通を保障する道路政策こそ国民の望むところであります」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
今話題の道路政策ですが、大臣が言うことは当時も今もそんなに変わらないことがわかります。</font>

]]>
   </content>
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   <title>第14回思いやり・思いやる</title>
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   <published>2008-01-22T07:31:09Z</published>
   <updated>2008-02-07T01:03:25Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ NHK放送文化研究所が昨年行った「日本人が好きなもの」についての...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
NHK放送文化研究所が昨年行った「日本人が好きなもの」についての調査で、好きなことば（62項目から複数回答）のトップ・スリーは、「ありがとう」「思いやり」「健康」だったことが今年の正月早々にNHKニュースで報じられました。1983年の調査でもトップ・スリーは同じ語だったといいます。今回は現代日本人が大好きで、人をほめるときにもよく用いられる「思いやり」について紹介します。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
万葉集の時代は、「思いやる」を悲しい思いをどこかにやる、心を慰めるという意味で用いました。平安時代以後もそのような意味は残りましたが、そのほかに、遠方の状況や事物を想像することにもいうようになります。そこからさらに、人の気持ちを推し量るという意味も加わりました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>想像の「思いやり」</strong>
＊やみ夜〔１８９５〕〈樋口一葉〉二「目前（もくぜん）みての憂ひよりは想像（おもひやり）にこそ苦はますなれ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
現代の作品ならありえないルビのふりかたです。江戸時代中期の語学書、『操觚字訣（そうこじけつ）』に「想は、おもいやること」とありますが、明治中期でもなお「思いやり」と「想像」が結びついていたことがわかります。
また、相手のそばで心配するよりも、遠くの相手の悪い状況を想像するほうがより苦しいという表現には、通信手段が乏しい時代の想像の重さがにじんでいます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
現代人がしばしば良い人間の条件として「思いやり」をあげ、子どもに「思いやり」を期待するように、江戸時代の人々も「思いやり」のある人を好み、自分の子どもにそうなって欲しいと考えていたようです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「思いやり」の育て方</strong>
＊滑稽本・浮世風呂〔１８０９〜１３〕二・上「いづれサ、他人の飯をたべねばネ、他（ひと）の想像（おもひやり）がございませんのさ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
息子を修業のために奉公に出している商家の奥さんに、その知り合いの女性が言う台詞。二人は商人の息子は奉公をしたほうがいいと考えています。その理由は、「たとへサ奉公人を遣（つか）へばとてもネ、わが身をつめって見ねば、他の痛さがしれませんはな。どうしてもモウ、親の手を離れぬものは、痛さ痒さがわかりません」ということなのでした。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
上の『浮世風呂』の用例に見られるように、日本人は江戸時代からすでに「思いやり」がビジネスに影響することを知っていました。現代では「思いやり」のかわりに、「センシティビティ」「コンシダレーション」などのカタカナ語使うことがありますが、社訓や会社案内の文書には「思いやり」の語がよく見られます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「思いやり」とビジネス</strong>
＊夜明け前〔１９３２〜３５〕〈島崎藤村〉第一部・上・四・五「百里の道を往復して生糸商売でもしようといふ安兵衛には、さすがに思ひやりがある」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
師をねぎらう起業家を「さすがに思ひやりがある」という藤村の作品では、「同情」に「おもひやり」のルビを振ることもあります。ここでの「思ひやり」は、「同情」とは少し異なる、ビジネスにも役立つような配慮の細かさを表しているのでしょう。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「思いやり」は政治にも求められ、昭和53年には金丸信防衛庁長官（当時）によって「思いやり予算」というものが登場しました。そのため国会関係で「思いやり」という語が発せられた件数は、3,649件にも達します（注：08年1月16日に検索を実施）。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「思いやり予算」の誕生</strong>
＊第八十四国会衆議院内閣委員会会議録第二十二号〔1978〕「日米関係が不可欠である以上、円高ドル安というこの状況の中で、アメリカから要求されるのでなくて、信頼性を高るということであれば、思いやりというものがあってもいいじゃないか」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
上の用例は、「思いやり予算」の登場時にその必要性を訴えた金丸信氏の発言です。62億円でスタートした「思いやり」は、ちょうど30年後の2008年では2100億円以上となっています。
国会会議録をさらに検索してみると、昭和53年以降、文部大臣が国会で「思いやり」と発した件数がどっと増えています。どうやら「思いやり予算」の影響で「思いやり」の語がインフレを起こしたようです。</font>]]>
   </content>
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   <title>第１３回本物</title>
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   <published>2007-12-20T06:23:09Z</published>
   <updated>2008-02-07T06:10:01Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 団塊世代向けの雑誌には「本物を知る大人」、「本物の味わい」など、...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
団塊世代向けの雑誌には「本物を知る大人」、「本物の味わい」など、「本物」の文字が躍っています。この世代は成長期にチクロ入りのジュースを飲み、青春時代には下宿でインスタントラーメンをすすり、サラリーマン時代の出張では冷凍赤福を土産に買いました。今回はそんな彼らが憧れる「本物」の表現を、近代から現代の用例に学びます。</font>

]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
偽りにあらざるものを「本物」と呼ぶのはいつ頃からか、定かなことはわかりません。「日国]」では18世紀の用例が初出です。同じ意味で用いられた「本（ほん）の物（もの）」の項にはそれよりも100年以上早い狂言の用例が収録されています。
かつてはほかに「真物（しんぶつ・まもの）」、「正物（しょうぶつ）」などの語も用いられました。その中で現代の日常生活に残ったのは「本物」のみです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>偽装表示でない「本物」の用例</strong>
＊苦笑風呂〔１９４８〕〈古川緑波〉文芸時評「戦争中に読んだ『細雪』上巻は、戦争中唯一の本もの（代用品でない、それこそ純綿純米純コーヒー）の小説として、忘れられないものだった」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
第二次世界大戦中にも小説は書かれましたが、多くは軍部の意向に迎合した作品でした。そうでなかった『細雪』は時局にあわないという理由で連載を中止させられています。この歴史的事実からも、お上はつねに「本物」を奨励するとは限らないといえます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
美術や文学、音楽など、芸術的な方面では作品の程度や内容の高いものを「本物」と呼び、レベルの低いものと区別することがあります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>本格的な作品をいう用例</strong>
＊吾輩は猫である〔１９０５〜０６〕〈夏目漱石〉三「『ええ是なら三味線に乗りますよ』『三味線に乗りゃ本物だ＜略＞』」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
物理学者の青年、寒月が猫の飼い主に書き送ったハガキを、友人の迷亭と、お婿さん候補として寒月の人物調査に来た婦人が眺めている場面です。ここで婦人は「三味線に乗りますよ」位しか詩文をほめることばの持ち合わせがないのを露呈しており、迷亭はそれをおかしく思いながら、「三味線に乗りゃ本物だ」と調子を合わせています。
この用例のように、相手がある作品をほめているときには、ほめ言葉を受けて「それは本物だね」、「本物はちがうね」などといえば、相手の眼力に敬服している気持ちをにおわせることができるでしょう。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
人間の場合は、心の持ち方や生活態度で「本物」の人間とロボットや動物のような人間とを区別することがあります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>真人間をいう「本物」</strong>
＊小さいアルバム〔１９４２〕〈太宰治〉「こいつは、出来た。＜略＞意気込んだところが一つも無くて、さうして堅実だった。あんなのを、ほんものといふのかも知れない」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
学生時代の写真を来客に見せているところで、語り手（太宰自身がモデル）は「あんなの」に比べたら、「おっちょこちょいの軽薄才子」であり、また「技巧的」といいます。
現代ではテレビに登場する多くの芸能人は視聴者を笑わせるために「おっちょこちょい」を演じ、それを手本に子どもたちは成長します。今年は太宰治の『人間失格』の新装版がヒットして話題を呼びましたが、そのあたりにヒットの遠因があるようにも思われます。</font>


<font color="#cc0033">
■■■■■■
「本物」は、下にくることば次第で強烈な悪口にもなりえます。代表的なものとしては、「本物の悪人」「本物のバカ」があります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「本物」を使った自虐的な用例</strong>
＊男女同権〔１９４６〕〈太宰治〉「ダメのまた下のダメといふ、謂はば『ほんもの』のダメといふ事になりまして」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『男女同権』はダメ老詩人による文学講演、という体裁のおかしな小説です。この用例からも、「本物」と呼ばれるには、良いものでも悪いものでも高いレベルが求められることがわかります。
「ほんもの」に憧れつつ、ダメな自分をさらけ出した作家、太宰治は来年2008年に没後60周年を迎えます。時代を超越して読者を獲得し続ける彼の作品は、まさに「本物」といえるでしょう。</font>
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   </content>
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   <title>第１2回反省</title>
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   <published>2007-12-07T07:51:29Z</published>
   <updated>2007-12-20T06:22:16Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 無表情なために「反省の色が見られない」と非難される人がいる一方、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
無表情なために「反省の色が見られない」と非難される人がいる一方、涙ながらに「反省している」と言いつつ出しもしないゴルフ代を出したように言う人もいます。
今回は４つの用例から日本人の「反省」について考えます。</font>

]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「反省」の語が新聞・雑誌の見出しに頻繁に使われるようになったのは、明治後期以降。日国の用例では明治4年の新聞記事が初出です。新聞・雑誌のほか、学校や軍隊などの教育機関を通じ、「反省」は広い層に浸透していきました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>若き哲学者による「反省」の定義</strong>
＊語られざる哲学〔１９１９〕〈三木清〉八「反省とは自分自身を知ると云ふことである＜略＞不真面目と傲慢とに於てではなく、真摯と謙虚とに於て自分自身は初めて知られ得る」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
哲学者の三木清が23歳のときに書いた告白録風の文章からの用例。「反省」はヘーゲル哲学の重要用語でもありますが、ここでは自分の哲学を語るために用いられています。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
昭和初期、転向したプロレタリア文学者が「反省」の文章を発表したほか、いわゆる日本精神高揚のために「反省」が呼び掛けられました。そして第二次大戦後には「反省」がマスメディアを大席捲します。
</font>
<font color="#1C4A01">
<strong>国民に反省を呼びかける用例</strong>
＊朝日新聞―昭和二十年八月一五日「一億同朋の新たなる勇気も努力も、ともにこの反省と悔悟とを越えて生れ出るものでなければならない」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
ポツダム宣言受諾の日の、「一億相哭の秋」と題する社説からの用例です。直前には「大君と天地神明とに対する申訳なさで一杯ぱいである」とあり、戦争直後のマスメディアの「反省」は、進駐軍が来てからの「反省」とは質が異なることがうかがえます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
第二次大戦後の「反省」ブームの根幹には、「反省」が発展のもとになるという考えがあります。日本人にとって「反省」は決して後ろ向きの行為ではなく、むしろ前向きな、推奨されるべき行為なのです。

<font color="#1C4A01">
<strong>「反省」の価値を説く用例</strong>
＊反省の文学　源氏物語〔１９５０〕〈折口信夫〉「普通の人間は、過ちを犯した事に対して厳しく反省して、次第に立派な人格を築いて来るのである」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
折口信夫は、光源氏から「人間が大きな苦しみに耐へ通してゆく姿と、人間として向上してゆく過程を学ばなければならぬ」といい、源氏物語を「反省の文学」と呼んでいます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「反省」を重んじる日本では、裁判所の裁判官も「反省しています」と言う人を言わない人よりも高く評価します。
とはいえ、表面的な「反省」がさらなる反発のもとになることも少なくありません。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「反省」の弁を疑う用例</strong>
＊第一六六国会衆議院予算委員会会議録―五号〔２００７〕「上辺だけ済みませんでした、悪かったですと言っているだけでは反省とは言えないわけです」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
今年の流行語大賞の候補になった「生む機械」の柳澤伯夫元厚労大臣を非難している発言です。この当時、舛添議員が厚労大臣になるとは誰が予想できたでしょうか？
なお、国会会議録検索システムで、歴代の内閣総理大臣が何について「反省」の意を示したのか検索してみると、歴史問題のほかでは金権問題、失言が目立ちます。
口と金は禍（わざわい）のもと、といえるでしょう。</font>
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   </content>
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   <title>第１１回もてる</title>
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   <published>2007-11-20T07:36:16Z</published>
   <updated>2007-12-07T07:51:22Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 酒の席では異性に「もてる」「もてない」の差がグラスに注がれる酒の...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
酒の席では異性に「もてる」「もてない」の差がグラスに注がれる酒の量、カラオケの声援など、さまざまな形で表れます。忘年会の季節を控え、今回は「もてる男」「もてない男」の違いを、江戸時代の雑俳から紹介します。</font>]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
異性に好かれることを「もてる」というのは江戸時代の遊里に始まりました。江戸時代の遊里では、遊女の気持ち次第で客の待遇がかなり違っていたようです。ちやほやもてなされる客、「粋なおかただ」ともてはやされる客がある一方で、金を払っても遊女に相手にされず一人で夜を過ごす客もいました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>もてた男の朝</strong>
＊雑俳-柳多留―八八〔1825〕「「もてたあす眠くうれしく肌寒し」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
遊女が眠らせてくれなかったので、眠いのと、うれしいのと、寒いのが混ぜこぜになった状態で帰宅するわけです。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
一方、もてない男はこんな夜を過ごしていました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>もてない男の夜</strong>
＊雑俳-柳多留―四〔1769〕「持てぬやつまだ薬でも遣る気なり」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説明</strong>
遊女は客の相手をしたくないので、「持病の癪（しゃく）が」とかなんとか言って反対側を向いているのですが、もてない男は大真面目に「薬を遣るよ」と、自分の印籠を出すのでした。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
遊里ではグループで登楼した場合には、まず皆で酒を飲み、後に分かれて夜を過ごしました。朝に再び集まるときには、仲間がもてたか、もてなかったが気になったようです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>もてた（つもり）の男の朝</strong>
＊雑俳-柳多留―二〔1767〕「朝帰（あさがえり）もてたやつから噺（はなし）出し」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
真っ先に「おれは眠くてたまらねえ」などと言い出すのはもてた人。という意味の句ですが、見栄を張っている場合もあったでしょう。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
江戸幕府が崩壊して既に140年。にもかかわらず、もてない男の行動には大きな違いがないようです。

<font color="#1C4A01">
<strong>もてない男の癖</strong>
＊雑俳：柳多留―七〔1772〕「持てぬやついっそ地口をいひたがり」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
地口は今でいう駄洒落の類。もてない男は江戸時代から笑いで寂しさを紛らわせてきたのです。今年の忘年会では彼らの「そんなの関係ねぇ」が、もてる男を引き立てるでしょう。</font>
]]>
   </content>
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   <title>第１０回無責任</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/2007/11/post_9.html" />
   <id>tag:www.web-nihongo.com,2007:/blog/homerukenasu//7.78</id>
   
   <published>2007-11-05T09:29:00Z</published>
   <updated>2007-11-20T07:36:02Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 民主党小沢氏の辞任発表に対し、「無責任」という批判があります。「...</summary>
   <author>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
民主党小沢氏の辞任発表に対し、「無責任」という批判があります。「無責任」は九月、安部首相が突然辞任した直後にもテレビのニュースやワイドショーで頻繁に聞かれました。今回は「無責任」の用例を近代文学から引用します。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「責任」は17世紀前期の『信長記』に用例があるなど、近代以前から存在しましたが、日常的使われた語ではありませんでした。明治以降は法律用語にもなり、インテリ階級から世間に広がります。その過程で「無責任」の語も生まれました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>享楽的な無責任の用例</strong>
＊女工哀史〔１９２５〕〈細井和喜蔵〉一六・四六「無責任きはまる享楽的な考へを有った労働婦人は甚だ尠い」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
世間の女工に対する偏見に、異を唱える用例です。現代では独身の女性労働者（いわゆるＯＬなど）が男性とともに夜を過ごすことを「無責任」「享楽的」と批判する人はそれほど多くありません。しかし、その男性が結婚を拒絶した場合、男性はしばしば「無責任」と罵られます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
誤報や事実かどうかわからない噂なども「無責任」と呼ばれます。しかし、現代ではテレビドラマの中ですら、「無責任な噂話をするものではありません」というフレーズを耳にしなくなってきました。その一方で、「無責任な報道」に対する批判は今もよく聞かれます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>言論の無責任</strong>
＊それから〔１９０９〕〈夏目漱石〉一一「なんぼ、僕だって、さう無責任な翻訳は出来ないだらうぢゃないか。誤訳（ゴヤク）でも指摘されると後から面倒だあね」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
主人公の代助に翻訳の手伝いを依頼する友人が言う台詞。はじめ代助は「好い加減に訳して置けば構はないぢゃないか。どうせ原稿料は頁（ページ）で呉れるんだらう」と断ろうとしたのですが、この言葉を聞いて渋々と依頼に応じます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
あることをした後には必ずやらなくてはいけないこと、そうするだろうという人々が思っていることを、意識的に、あるいは無意識的に行わない人も「無責任」の批判を浴びます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>不作為の無責任</strong>
＊坊っちゃん〔１９０６〕〈夏目漱石〉五「こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
教頭（赤シャツ）の台詞で、用例の「口」は話の口です。用例全体を現代語にすると、「こっちで話を切り出しておきながら、続きを言わないのは無責任ですね」。明治期ではまだ「無責任」の語にインテリ臭があり、赤シャツのインテリぶりたがる性格がここにも表れています。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
批判の気持ちを含まずに、責任を持たない状態を表すために「無責任」を用いることもあります。とはいえ、「彼は無責任だ」が「彼には責任がない」の意味で言われることはまずなく、「彼は責任感が欠けている」「彼は責任を取るべきだ」「彼はどうしてこんなときに辞任するのか」といった不満を読み取るべきでしょう。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>責任を持たない無責任</strong>
＊侏儒の言葉〔１９２３〜２７〕〈芥川龍之介〉兵卒「絶対に服従することは絶対に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
警句集からの用例です。日本では「兵卒」を動かす立場の人々も、無責任を好むのかもしれません。</font>]]>
   </content>
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<entry>
   <title>第９回適材適所</title>
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   <published>2007-09-06T03:30:16Z</published>
   <updated>2007-11-05T09:34:34Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ この夏ニュースで何度も耳にした「適材適所」は、人事担当者に感心し...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
この夏ニュースで何度も耳にした「適材適所」は、人事担当者に感心したときにも不満があるときにも用います。先週は内閣人事をほめるのに用いられましたが、今週は嘆くのに用いられています。</font>]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
諸橋轍次『大漢和』の「適」の項目に、「適材適所」の子見出しはありません。そのかわり「適才適処」があります。
「適材」の「材」は才能を意味します。そこで、人事の話なら「適材」を「適才」にかえることができます。また、現代人は「すぐれた人材を求める」といいますが、「人材」それ自体が才能のある人、役に立つ人を意味するため、本来「すぐれた」は不要です。
『大漢和』の「適才適処」用例には、清の行政法の法律書の用例が掲載されています。日本でも官公庁、政治家は「適材適所」を強調します。

<font color="#1C4A01">
<strong>官僚の適材適所主義</strong>
＊昭和16年度鉄鋼生産ニ関スル件‐昭和16年〔1941〕5月9日閣議決定・六「商工省ハ鉄鋼技術者の調査を行ひ工場能率を勘案し適材適所主義に依る配員を実施するものとし」

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
太平洋戦争開始の約7ヶ月前の閣議決定です。「適材適所主義」という「主義」が、第二次大戦前からあったことがわかります。現在でも国会や地方公共団体その他でこの言葉が用いられますが、「適材適所主義」ではない、何か特殊な主義に基づいて「配員を実施する」ことがあるのか、非常に気になります。

<font color="#010665">
■■■■■■
「適材適所」は、材木の使いかたをいう建築用語でもあります。建築の世界で使われていた「適材適所」を人間にもいうようになったのか、あるいは逆なのかは定かではありません。いずれにしろ古くから材木選びを人事にたとえていたことは間違いないようです。
室町時代中期の『文明本節用集』にも、「良匠無棄材、明君無棄士〔帝範〕」（すぐれた匠は材木を無駄にせず、明君は人を無駄にしない）という例があります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>日露戦争時代の「適材適所」</strong>
＊明治大正見聞史〔１９２６〕〈生方敏郎〉政府の恐露病と日露戦争・五「若しあの男を参謀本部にでも廻したら、それこそ真に適材適所で」  </font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
日露戦争勃発の当時まだ学生だった生方敏郎（近代のジャーナリスト、小説家）が、砲兵から看護卒に回された友人について評したもの。この男は入隊する前は医学を学んでいたのですが、友人らには参謀本部のほうが向いているように見えたのでした。
「適材適所」は明治後半世間に広まった言葉で、日国の用例もこれが初出となっています。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
日国の「適材適所」の項目には、「適材適所」の条件をわかりやすく語る用例があります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「適材適所」の最低条件</strong>
＊ひかげの花〔１９３４〕〈永井荷風〉五「女給でも芸者でも人に勧められてなったものは適材適処とは云へないからな」  </font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
妻を芸者か女給にしたいと思っている男に、知人がアドバイスしているところです。用例は台詞の一部分で、この後「親兄弟の反対するのも聴かずになったやうな奴でなくっちゃ腕は上るまいて。」と続きます。
これはおそらく水商売に限らず、あらゆる職業にいえることでしょう。たとえば、今週辞任した農水相は、そのポストを与えられたときに「参ったな」と思ったそうですから、最初から「適材適所」の条件から外れていたと考えられます。</font>
]]>
   </content>
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<entry>
   <title>第８回空気を読めない</title>
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   <id>tag:www.web-nihongo.com,2007:/blog/homerukenasu//7.75</id>
   
   <published>2007-08-20T08:16:44Z</published>
   <updated>2007-09-06T03:32:38Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 参院選での自民党大敗後、安倍首相は「空気を読めない」と評されるよ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
参院選での自民党大敗後、安倍首相は「空気を読めない」と評されるようになり、若者言葉だったはずの「空気を読めない」が政界でも使われていることが判明しました。今回は日国第二版には立項されなかったこの語の背景について考えます。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
英語でairにあたるものを「空気」と名づけたのは江戸時代の蘭学者でした。江戸時代の用例は辞書類ばかりですが、明治時代になると次のような使われかたが広まります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>時代の「空気」の用例</strong>
＊日本開化小史〔１８７７〜８２〕〈田口卯吉〉一・二「文弱の空気の中に人と成り給ひ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『日本開化小史』は、日本文明史をコンパクトにまとめた本で、用例は平安朝の貴人をいったものです。「文弱」は学問や芸術にふける弱々しい人のことで、インドアな文科系をけなす言葉として文武両道を重んじた時代によく用いられました。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「空気を読めない」の「空気」に近い言葉に「雰囲気」があります。江戸時代から明治初期にかけて「雰囲気」は「空気」あるいは「大気」の同義語として用いられました。「空気」を「雰囲気」の意味で用いた用例も多数あります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>家のムードを乱す「空気」の用例</strong>
＊行人〔１９１２〜１３〕〈夏目漱石〉兄・七「些細な事から兄は能（よ）く機嫌を悪くした。さうして明るい家の中に陰気な空気を漲（みな）ぎらした」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
こまごまと主人公（弟）をかわいがる母のやり方に兄は「能く機嫌を悪くした」のでした。そうなると家の「空気」も暗くなるのですが、もともと兄はえこひいきをする家族を｢明るい｣とは感じていなかったでしょう。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「空気を読めない」は、なぜ「雰囲気」ではなく「空気」なのでしょうか。
理由の一つには、音の問題があるかと思われます。現代人の軽く、洋風な響きを好む傾向には、「フンイキ」よりも「クウキ」のほうが合います。
また、現代日本では学校や職場で生き抜くためには「空気」を読む能力が必要なようですから、呼吸のイメージがある「空気」が感覚的に合うのかもしれません。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>集団の「空気」の用例</strong>
＊ 闘いへの怖れ〔１９５５〕〈島尾敏雄〉「島全体が悲壮なあきらめの空気に支配されていたことも手伝っている」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
用例は、沖縄の「島」で行われた演芸会が夜遅くまで続いた理由をいうもの。兵士も部落民も全員玉砕するものだと「あきらめの空気に支配」されていたのでした。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「空気を読めない」が、「わからない」や「見えない」ではなく、「読めない」というのは、「顔色を読む」「心を読む」など、推察することを「読む」という伝統に由来していると考えられます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>ある物をヒントに「読む」</strong>
＊滑稽本・東海道中膝栗毛〔１８０２〜０９〕初「彌二郎がかくしておいたる下駄を見つけてハハアよめたと、心にうなづき」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
弥二郎・喜多八が五右衛門風呂に入るシーンからの用例です。はじめ喜多八は入浴法がわからなかったのですが、下駄を見つけて了解しました。
このように「ハハアよめた」で問題解決がなされればいいのですが、「空気」は自分の意見を通すためには無視せざるを得ない場合もあります。それを「意思堅固」とほめるのか、「空気が読めない」とけなすのかにその人の考えかたが表れます。</font>

]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>第７回　品格</title>
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   <published>2007-07-27T08:08:09Z</published>
   <updated>2007-08-20T08:17:29Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 『女性の品格』（坂東眞理子著・ＰＨＰ新書）がベストセラーとなり、...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
『女性の品格』（坂東眞理子著・ＰＨＰ新書）がベストセラーとなり、女性雑誌でも「品格」の使用が頻繁になりました。そこで今回は近代の文学作品から「品格」ある女性たちを集め、日本人にとって「品格」ある女性とはどんな女性なのか考えます。</font>

]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「品格」が広まったのは近代以降で、明治の作品では「品格」に「ひん」「がら」等のルビを振ったものもあります。しかし「品格」を用いる作家の多くは「人品」とも「人柄」とも微妙に違うものを表そうとしているようです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>自然にあらわれた「品格」</strong>
＊倫敦塔〔１９０５〕〈夏目漱石〉「面影は青白く窶れては居るが、どことなく品格のよい気高い婦人である」</font>
　
<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『倫敦塔』は一種の幻想小説で、ロンドン塔を訪問した主人公は塔にゆかりの人物を次々と幻視します。用例の「婦人」は、政争によって2人の王子を塔に幽閉されたエドワード4世の妃エリザベスです。
彼女は苦境によって「青白く窶（やつ）れて」います。しかし、元王妃で超美人だった彼女の「品格」は損なわれていないのでした</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「品格」は家柄や血筋に由来するととらえる人は少なくありません。そういう考えに従うと、常民の子孫は公家や武家の子孫に「品格」で劣ることになります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>士族の「品格」</strong>
＊ 坊っちゃん〔１９０６〕〈夏目漱石〉七「奥から五十位な年寄が古風な紙燭（しそく）をつけて、出てきた。＜略＞切り下げの品格のある婦人だが」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
用例の「婦人」は同僚うらなり君の母親です。うらなり君は士族屋敷が並ぶ町内に位置する先祖代々の屋敷に住んでいます。おとなしいうらなり君を「君子」と見る主人公は、「古風な」母親に「品格」を感じています。なお、主人公を偏愛する老女、清も士族出身です。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
前にあげた漱石の二例によって「品格」は苦境や加齢によって失われるものではないといえます。そして次の鴎外の用例で、顔の造作にもあまり影響されないことがわかります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>美醜とは関係のない「品格」</strong>
＊ヰタ・セクスアリス〔１９０９〕〈森鴎外〉「僕はお嬢さんを非常な美人とは思はない。しかし随分立派なお嬢さんだとは思ってゐる。品格はたしかに好い。どうもねじくれた処なぞが有りさうにはない。素直らしい」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
用例の「お嬢さん」は見合い相手の令嬢です。主人公は「ねじくれた処なぞが有りさうにはない」のを令嬢の「品格」と見ています。しかし、どうしてもこの令嬢と結婚する気になれないのでした。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
日本の男性は女性の年齢によって「品格」を感じるポイントに違いがあるようです。次の用例では少女らしい清らかさが「品格」につながっています。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>少女の「品格」</strong>
＊野菊の墓〔１９０６〕〈伊藤左千夫〉「民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。可憐で優しくてさうして品格もあった。嫌味とか憎気とかいふ所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
ノギクはカキツバタやボタンのように格の高い花ではありません。しかし、「可憐で優しく」「嫌味とか憎気」はありません。そこに「品格」を持ち出してくるのは、純情な2人の、悪くいえば田舎くさい恋に、「品格」を与えるための作者の工夫といえます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
これまでの用例から、近代の日本男子は家柄がよく、古風で、素直で、田舎に住んでいても粗野でない女性に「品格」を感じてきたといえそうです。しかし、女性が感じる女性の「品格」には違った種類のものもありました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>年増の「品格」</strong>
＊ 巴里祭〈1938〉〔岡本かの子〕「新吉は美貌な巴里女共通の幽（かす）かな寂びと品格とが今更夫人に見出され」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
「夫人」は主人公（パリ在住の日本人）の隣人で、美しい未亡人です。年齢は中年を過ぎていますが、恋愛への関心は失っていません。花の都パリで恋を重ねることがパリジェンヌの「寂びと品格」をつくっているのです。恋を知らず、親が与えた男に人生をゆだねる女大学的な日本女性には持ち得ない「品格」といえます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
明治時代から教養は女性の「品格」を高めるといわれます。人間は努力によって向上しうるという、『自助論』的な思想がそのベースになっているようです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>読書でつくる「品格」</strong>
＊家庭の読書室〈1912〉〔内田魯庵〕「他人の贅沢を羨ましがったり妬んだり＜略＞茄子や南瓜の相場や、こんな話をするのと、新しい芸術か文学の咄をするのと、ドッチが品格が宜（よ）からう」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
用例は『台湾愛国婦人』という雑誌に掲載されたエッセイです。魯庵は読書で話題を広げることが家庭の幸福につながると訴えます。現代風にいえば、読書しない妻は夫にモテない、ということです。
魯庵の説が真実かどうかはわかりません。しかし、出版界はこの視点を活かし、「読書→品格→モテ」の三段論法で書籍の売り上げ低下を食い止めるのはいかがでしょうか。</font>


]]>
   </content>
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   <title>第６回　しようがない・しょうがない</title>
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   <published>2007-07-12T08:45:08Z</published>
   <updated>2007-08-06T05:08:06Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 今回は久間前防衛相の辞任につながった「しょうがない」、「しようが...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
今回は久間前防衛相の辞任につながった「しょうがない」、「しようがない」の用例を紹介します。いうまでもありませんが、「しようがない」「しょうがない」は、人物をけなすときにも慰めるときにも用いられる言葉であるため、口にするときは十分な注意が必要です。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「しょうがない」は「しよう（仕様）がない」の音が変化したものです。日常的で軽い感じがする「しょうがない」は公的な場面では用いないほうが無難です。
「し」は「する」の連用形であり、基本的には、やりようがない、方策がない、という意味で用います。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>能力のなさを暗示する</strong>
＊うつり香〔１９１０〕〈近松秋江〉「いったってしやうがない」　</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
小説の主人公が、夢中で惚れている女（不法の売春婦）が留守中自宅に訪れた理由を聞いたところ、彼女は用例のように答えたのでした。
本当は金のことで訪れたのですが、主人公は金に関しては「いったってしょうがない」相手だと、あきらめきったのです。もちろん主人公はこれを聞いて内心腹を立てます。
このように「しょうがない」は、問題を解決する能力がないことを暗示する場合があります。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「嬉しくてしょうがない」「ムカついてしょうがない」など、ある感覚・感情を持たずにはいられないことを表す場合もあります。現代このような使い方では「しょうがない」と発音するのが一般的です。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>感覚の強さを示す</strong>
＊女生徒〔１９３９〕〈太宰治〉「いけないことだけれど、伊藤先生がばかに見えて仕様がない」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
「伊藤先生」は美術の先生で、主人公は絵のモデルをつとめましたが、「ねちねちして理屈が多すぎる」先生に対して、「何しろサッポリしないのは、ゲッとなりさうだ」と思いながらポーズをとっていたのでした。
「ばかに見える」でも立派な悪口ですが、「ばかに見えて仕様がない」はそう思う自分を止めることができないという意味もこめられ、より強烈な悪口になります。しかも、そう思わせる相手がよくない、というニュアンスも含みます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
役に立たないもの、手に負えない人物に対して「しょうがない」を使うこともあります。怒りでカッカしながら役に立たない本人に投げつけることもないわけではありませんが、本人がいないところで関係者がため息まじりに、あきらめや軽蔑の感情をこめて使うのが一般的です。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>役に立たない人物をけなす</strong>
＊ 松翁道話〔１８１４〜４６〕一・上「奉公するにも、子供の時から大家にうかうか暮したものは、どうも仕様のないものぢゃ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『松翁道話』は石田梅岩の弟子による、教訓的な随筆です。家柄のいい大家で子供の頃から奉公するのがよくない理由を、松翁は「御公家様の落胤の様な心持に成って、気ばっかり高ぶ」ってしまい、やがては家に災いをもたらすためといいます。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
「しょうがない」は、相手の欠点や失敗をやさしく許す気持ちを表す場合も少なくなりません。とくに異性に対して微笑みながら言う場合は愛情の表れと考えたほうがいいでしょう。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>相手を許す気持ちを表す</strong>
＊花束の時間〔１９０９〕〈川端康成〉「しやうがない方だわね、Nさんて。＜略＞だけど、女のきゃうだいのおありにならない方には、私達のすることなすことが、とてもお珍しいのには、笑はずにはゐられないわ」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
『花束の時間』は、昭和４年に『令女界』という女性雑誌に掲載された短編小説です（全体が親友への手紙になっています。川端康成は乙女チックなこの作品を封印したかったのか、生前は自身の著作集に収められませんでした）。
「Nさん」を「しやうがない」といいながら、主人公とその親友はどちらも彼に恋をしています。</font>

<font color="#cc0033">
■■■■■■
このような相手を許す意味の「しょうがない」は、けなす意味の「しょうがない」は区別が難しいことが少なくありません。また、相手を許すという、その目線自体に反発する人もあるかもしれません。
さらに、「終ったことはしょうがない」など、失敗を水に流す意味で使うこともありますが、自分の側に非があるのなら「しょうがない」は開き直りの弁として受け止められます。</font>

]]>
   </content>
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   <title>第５回　自主</title>
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   <published>2007-07-02T08:56:32Z</published>
   <updated>2007-07-17T07:15:19Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ 年金問題に関連し、首相らが賞与を「自主返納」し、さらに社会保険庁...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
年金問題に関連し、首相らが賞与を「自主返納」し、さらに社会保険庁の全職員にも「自主返納」を求めるそうです。「自主」はときに態度をほめる際に用いられますが、今回はその由来と有名な用例を紹介します。</font>
]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「自主」の語は、中国から日本に入った漢語です。明治大正の法学界の大御所、穂積陳重の随筆『法窓夜話』によると、1857（安政4）年アメリカ人が中国語で著した『聯邦史略』によって日本に入ったといいます。『聯邦史略』ではfreedom、libertyの訳語として「自主」「自立」が用いられました。
幕末につくられた英語辞書、『英和対訳袖珍辞書』（１８６２）では、「Freedman」（奴隷から解放された自由民）を、「自主ノ人」と訳しています。しかし、同時期に「自由」の訳語をあてることも始まります。そのほか「任意」「自専」「自尊」「自立」「自在」なども用いられましたが、結局、「自由」がもっとも広く知られることになりました。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>freedom、libertyの訳に苦しんだことを伝える用例</strong>
＊西洋事情〔１８６６〜７０〕〈福沢諭吉〉初・一「本文自主任意自由の字は我儘放盪にて国法をも恐れずとの義に非らず、総て其国に居り、人と交て、気兼ね遠慮なく、自分丈（だ）け存分のことをなすべしとの趣意なり」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
この用例は非常によく知られていますが、今もって「自主」「自由」は「わがまま」「自分勝手」と混同されがちです。用例中の「自分丈け」も、現代人は「他の人は関係なく、自分ばかり」の意味にとってしまう恐れがあります。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
明治初年の知識人は「自主」が国家発展に欠かせないものだと考えていました。その背景には18世紀から19世紀にかけての国際情勢があります。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「自主の精神」に注目する用例</strong>
＊米欧回覧実記〔１８７７〕〈久米邦武〉一・一三「欧洲自主の精神、特に此地に鍾（あつま）り、其事業も自ら卓落豁達（かったつ）にて、気力甚た旺（さかん）なり」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
岩倉使節団がワシントンを訪問し、著者が米国の繁栄について考察している部分から。彼は、母国を逃れてアメリカ大陸に渡った「外面より之を謂へば＜略＞無類の群とも謂ふべし」人々が成功できた理由のひとつに、「自主の風」をあげています。
かなり曖昧ながら、彼はfreeを「自由」、independentを「自主」と区別していたらしく、現代でいう「自治」「独立」などにも「自主」を用いました。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
明治時代「自由」は「自由民権」「自由党」など事物の名称にも用いられ、「自由は死なず」などの流行語も生まれました。それに対して「自主」は、演説等で語尾を伸ばして発音するのに向かないためか、それほどの人気は得られませんでした。
現在では２つの語がもつイメージはかなり違っています。戦後教育を受けた人は学校で「自主的な発言」「自主的な活動」などを求められてきたため、教室をイメージするかもしれません。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「自主」を教育目標とする用例</strong>
＊教育基本法〔１９４６〕二条・二〔２００６改正〕「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
昨年改正された教育基本法では第二条に教育の目標が、一〜五にわたってあげられています。「自主及び自律」は、規範意識の薄れを憂え、「自主」に「自律」を加えたといわれます。
「自律」も大切ですが、起業家を増やすために「自立」、自殺を減らすために「自尊」なども加えて欲しかったですね。</font>


]]>
   </content>
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   <title>第４回　杜撰</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/2007/06/post_2.html" />
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   <published>2007-06-20T05:13:56Z</published>
   <updated>2007-07-02T09:01:11Z</updated>
   
   <summary> ■■■■■■ この頃ニュースや新聞で「杜撰（ずさん）」という語が非常に頻繁に用...</summary>
   <author>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.web-nihongo.com/blog/homerukenasu/">
      <![CDATA[<font color="#cc0033">
■■■■■■
この頃ニュースや新聞で「杜撰（ずさん）」という語が非常に頻繁に用いられます。年金問題、一億円のトナー代など、まさに「どんだけ〜」という流行語がふさわしい状況です。今回はわが国の将来のために（？）、この語の用例を紹介します。</font>

]]>
      <![CDATA[<font color="#010665">
■■■■■■
「杜撰」は、宋（960−1279）代にできた語で、詩人杜黙（ともく）の作る詩が音律に合わないことが多かったためとも、道家の書五千巻を撰した杜光庭（とこうてい、唐末の人）に由来するともいいます。いずれにしろ、もともとは「まるで杜がやったように、いいかげんな撰(詩文の編集・著作を意味します)である」という意味の言葉でした。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>丁寧な著作を「杜撰」でほめる</strong>
＊文士としての兆民先生〔１９０７〕〈幸徳秋水〉二「先生は実に仏蘭西学の大家たるのみでなく、亦漢学の大家として諸子百家窺はざるはなかった＜略＞故に其翻訳でも著作でも、一字一字皆な出処があって、決して杜撰なものは無かった」</font>
 
<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
中江兆民の弟子、幸徳秋水が恩師の文章をほめまくる随筆からの引用です。秋水は
「先生の文章は其売れ高より言へば決して偉大なる者では無かった」、
「彼の『一年有半』『続一年有半』すらも、若し死に瀕しての著作でなかったならば、あの十分の一も売れなかったかも知れぬ」
と、サッパリ人気がなかったことを認めた後で、
「先生の文章は当世に売らんが為めには、寧ろ余りに高すぎた」
と恩師を地べたから天に持ち上げるのでした。
売れない作家先生を担当する編集者氏はぜひ一読を。
（図書館で検索してもタイトルでは見つからないかもしれません。明治文献発行『幸徳秋水全集　第八巻』で検索することをすすめます）</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
現代日本では「杜撰」は、手抜き、ルーズ等の意味で用いられる場合がほとんどです。ニュースでは「管理」「経営」「会計」などの語とセットで用いられます。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>仕事のいいかげんさを批判する</strong>
＊墨汁一滴〔１９０１〕〈正岡子規〉六月二十八日「そのほか君の前に書画帖を置いて画を乞ふ者あれば君は直に筆を揮ふて咄嗟画を成す＜略＞往々粗末なる杜撰なる陳腐なる拙劣なる無趣味なる画を成す事あり」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
文中の「君」は子規の親友だった画家、書家の中村不折のこと。子規は不折に対してよりも、どんなものでも喜ぶ依頼者の眼力のなさに呆れています。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
日常会話では「○君は杜撰だ」「杜撰な性格」などの形で、人物を批判する場合に用いることも多いものです。ニュースでは一般に「杜撰な社長」「杜撰な大臣」など、性格を全体的に否定するような表現は避け、「杜撰な経営」「杜撰な監督」などを非難します。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>いいかげんな人をけなす</strong>
＊ 正法眼蔵〔１２３１〜５３〕仏道「いまの杜撰の長老等、みだりに宗の称をもはらする。自専のくはだて、仏道をおそれず」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
現代語にすると「いまどきのいいかげんな長老たちは、宗派の呼び名を乱用しているが、それらは勝手なやり方であり、仏道への畏敬を欠いた振る舞いである」。
著者の道元は曹洞宗の開祖ですが、生存中は宗派を名乗っていません。彼は正しい仏法に真理はひとつであり、宗派に分かれることはまちがっていると考えていたのです。</font>

<font color="#010665">
■■■■■■
次のような用法はあまり一般的ではありませんが、目上の人物に手紙を書くときなど、何かの折に使えるかもしれません。プレゼンテーションの締めくくりの挨拶にもよさそうです。</font>

<font color="#1C4A01">
<strong>「杜撰」で謙遜する</strong>
＊創作家の態度〔１９０２〕〈夏目漱石〉「杜撰ながら自分の考では、世間一般の科学的精神が、情操の勢力より比較的強くなって、平衡を失ひかけるや否や、文壇では情操文学が隆起して参りますし、又情操の勢力が科学的精力を圧迫する程に隆起してくると、客観文学が是非とも起って参る訳だと考へます」</font>

<font color="#652E01">
<strong>その解説</strong>
講演からの用例です。漱石は客観と情操の二大潮流の「右へ行ったり左へ寄ったりするのは、つまり態度丈の話で、此態度から出る叙述は決して繰り返されるものではありません」と述べています。
「杜撰ながら私の考では」は、「杜撰ながら私見では」といいかえられますが、もしあなたが社会保険庁に関係しているなら漱石を真似しないほうがよいでしょう。</font>

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