イラスト:約8秒で画像が切り替わります 【第40回・最終回】
  市と婚活

 婚活ということばを最近よく見聞きする。結婚も就職みたいに積極的に打って出ないと駄目な時代になっている。見合いが廃れ、恋愛結婚が主流になったところで、恋は誰にでもできるものではないから「出会いがない」とぼやく人が出るのも無理はない。しかし出会いのなさは、学校や企業のような人が大勢集まる場所も、そこへ行く交通手段も発達していなかった昔のほうが深刻なわけで、どうやって相手を見つけていたのやら。と思って古典を読むと「市」が大きな働きをもっていたことが分かる。
 物を売買する「市」は人や情報が集まるから、出会いが生まれる。平安中期の『源氏物語』には、都に知り合いのいない玉鬘が、召使が足りずに困っていると、“市女(いちめ)”などの類いが人材を斡旋したと、ある。
 “市女”は主として市で物を売る女で、行商もするから顔が広い。そんな市女の出没する市は、ハローワークみたいに職業を見つける場でもあったことが想像される。
 職業だけじゃない。『大和物語』には、皇后の女房が市で出会った貴公子と関係したという話もあって、男女の出会いの場でもあった。さらにさかのぼると、「歌垣((うたがき)」と呼ばれる男女の合コンの場でもあって、そこで意気投合した男女がプレゼント交換したのが、後世の、商業的な市の始まりだったという説が有力だ。
 恋をすると、プレゼントやデートや旅行やらで市場経済が活性化するとよく言われるが、もともとの「市」の起源からして男女の性愛絡みというわけだ。 

 このように「市」はかつて就活と婚活の場であった。そして、そこに出入りする物売り女は就職の世話だけでなく、結婚の世話もしていたことが、室町末期に書かれたといわれる御伽草子の一つ『おようの尼』を読むと分かる。

 世を捨てた老法師が粗末な庵(いおり)を結ぶ都のほとり、頭に袋を載せた“年寄りたる尼”が、
「お入り用の物はございませんか、何でも必要な“御用”があればお取り替えします」
と、立ち寄る。“御用(およう)の尼”、登場である。彼女は老齢ながらも働かなくてはならない身の上なのだろう。“苦しや”とぼやいて、老法師の庵の縁側に腰掛け、
「それにしても感心なお方ですこと。こんな所にひとりで住まわれて御念仏とはありがたい」
「年を取ってさぞかし難儀なことでしょう。さぁお茶でも飲んで休んで行きなさい」
と、法師。おようが言うには、
「どこを宿とも定めなく、洛中洛外をすみかとし、一条殿、二条殿、近衛関白、花山院、御所内裏の局々、御門跡、院家、諸大名のお屋敷、近習の宿々、五山の寺々の坊舎、ここかしこの道場、こなたかなたの女郎屋、 町人・奉公人の家々、出合茶屋(であいぢゃや。男女が密会に使う。今のラブホみたいなもん) 、高利貸し、世渡り坊主、洗濯屋にいたるまで、残る所なく立ち入って、古綿、古小袖 ・・・・・・
 以下いろんな使い古しを良い品と取り替え、薬から化粧道具まで、何でも扱っていると主張。
「それ以外にも」と、おようは続ける。
「高貴なお方、宮仕え女房、若い比丘尼や尼さんまで、おつきあいの手づるがほしいとお望みなら、風の便りの道案内ともなり、人目を包む関係でも、私にかかれば一緒にならぬ人はいません。こうした無理なことまでも、人の仰せに従うので、“御用の尼”と名がついて、都では知らぬ人はいないのです」
と、原文はこの数倍の文章量で自己PR。ずばり「男女の仲立ちもしております」「女を紹介しますよ」というわけで、法師は早、気もそぞろ。それを確認したおよう、
「さぞ夜もお寂しいでしょう。しかもそのようなお年ではお世話する方も必要でしょう」
「しっかりした弟子もおりません。どうぞよろしくお願いします」と話は進み、老法師はおように女の斡旋を頼むことになる。
 今か今かと待つこと四、五日。再びおようが来て言うには、
「ふさわしいお相手を探してみたのですが、まったくおいでになりません。これは少しお似合いかと思うお方は、あるいは見た目が悪く、御目などもただれ、あるいは年取って、お口も少し歪んでいらっしゃるお方でないと、おいでになりません」
 法師はがっかりして、
「もういい、見た目も年も問わない。私に似合いであれば何も言うことはない」
 するとおようは、
「まぁお聞きなさい。山崎のほとりに尼君がひとりおいでになります。公家のお嬢様で、見た目も麗しく、ご性格も無難なものの、時代が変わって寄る辺ない身のまま尼になられたのです」
「嬉しや。その方のお年はいくつになられるか」
「さぁお年までは。お坊さんはいくつになられるのでしょう」
「私は四十足らずです。苦労が多くてくたびれているので、五、六十に見えるかもしれませんが」
 法師がとぼけて答えると、おようは、
「苦労は人を老けさせますからね。私も三十を少し過ぎましたが、こうして歩き回っているのでお婆さんみたいに見えるでしょうけれど。お坊さんも四十足らずなら十歳だけの違いです。ちょうどいい年頃なので相性もよく分かるでしょう。出来る限りのことはします」
と言って去って行った。ところが五、六十日経ってもおようは来ない。やっと来ると、
「今時の方は心変わりしやすいもの。一度逢ったら、最後まで添い遂げるとお誓いくだされば、仰せに従います」
と言う。法師は歌まで詠んで愛を誓うと、さらに二、三日後の夕暮れ、おようが来た。
「相手は恥ずかしがっているので明かりを落として。まずは祝いのお酒を差し上げましょう」
と、すっかり法師を酔わせた上で
「では、ゆっくりおやすみなさいませ」
と、入れ替わりに、頭に白いものをかぶった尼が。またも酒をくみかわしたあと、尼は、
「人の心は変わりやすいもの。神に愛を誓ってください」
と言うので、法師はまたまた愛を誓って、ふたりはベッドイン。
 翌朝、法師が隣を見ると、“七十ばかりの古尼の、顔には皺を畳み寄せ、口には生ひたる歯、一つもなし”という老婆がいる。
“こはいかなる者にや”と見つめると、
「そんなに人の顔を見つめないで。恥ずかしい」
と起き上がり、着物をととのえ座る姿を見れば、おようの尼である。あまりのことに法師が呆然としていると、おようは、
「今回お話した方はいくら言葉を尽くしてもうんとおっしゃらず、こちらに参ればせっつかれるわ、といってあなたに似合いの方もおらず、仰せも背きがたいので、私がと思ったのです。私とあなたは年も一つと違いやしない。まことに似合いの仲じゃありませんか。私の袋の中の破れた着物、古綿帽子、帯の切れ端等々を、あなたの破れ頭巾や古手ぬぐい、割れ茶碗等々と合わせて使えば、何の不足がありましょう」
 原文のおようのセリフはもっと長いが、法師のことばは一言もないまま、話は終わる。
 貧乏な七十坊主でも出会いはある、相手も自分と似合いの貧乏婆さんなら ・・・・・・ 。イケメンじゃなきゃ、若い女でなきゃ、と我が身を顧みず婚活に励む今のアラフォー男女にも読んでほしい、わびしくも可笑しい話ではないか、チーン。