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      【国語辞典の用例について 実例を添えることの意味】  

 規模の大きな国語辞典の最大の特徴は、見出し語を用いた実例を、文献資料から拾い上げて添えているということである。意味が正しく記述されていればそれで十分だという人もいるが、実はその意味記述の根拠となるものが実例なのである。
 それにつけて思い浮かべるのは「なまあたらしい」という言葉である。あまり耳にしたことがない言葉なのに、ふしぎなことに小さい国語辞典でも載せているものが多い。この語が見出しに載ったのは、明治四十年刊の『辞林』が最初のようで、以後多くの国語辞典に受け継がれていくが、実例はどれにも添えられていない。『日本国語大辞典』の初版もその例外ではなかった。この語を載せている辞書の大半は、『辞林』の説明に従い、「あまり時がたっていず、まだ新しい」としたり、「なま暖かい」に影響されてか「いくぶん新しい」などと説明したりし、「なま新しい記憶」「なま新しい事件」などという作った例を付しているだけである。そうなると、この説明の適否の判断もできないだけでなく、この語の存在自体もあやしくなる。
 実はこの語について、二十年以上も前に、故見坊豪紀氏がそれまで採集した現代語の用例カード百二、三十万枚の中に一枚も見いだせないというところから、幽霊語かもしれないと話しているのである(『言語生活』三二六号、昭和五四年二月「ことばの海のパイロット」参照)。そして、その見解にもとづいて、氏が深くかかわった『三省堂国語辞典』では第二版から、『新明解国語辞典』では第三版から見出しに立てるのをやめており、同じ出版社の『大辞林』『辞林21』、『三省堂現代国語辞典』などもこの語を載せていない。
 ところが、『日本国語大辞典』の第二版のための用例採集過程で実例を見つけることができた。これについては、拙著『国語辞典にない言葉』とその続編(昭和五八年、同六〇年、南雲堂刊)で報告したが、明治期の例の一つ、大正期の例二つ、昭和期の例一つの計四例がそれである。このうちの三例は、第二版にとり入れてあるが、その後新たに昭和期の例を一つ発見した。左に一番古い明治期の例と、最近見つけた昭和期の例を挙げる。

○彼(あ)れか是れかとキョロキョロ見廻しながら、生新(なまあたら)しい石塔を見立って(落語「墓違ひ」、『口演速記明治大正落語集成第三巻』所収、明治二八年)
○印度政府に身売のつもりで英国から押渡った汽船フアルコン号は、あはれ生新らしい汽鑵も両輪もはぎとられて、ただの帆船としてやっと買手がついたといふ。(服部之総『黒船前後』汽船が太平洋を横断するまで・一、昭和八年)

これでこの語の存在は確実になり、自信をもって見出しに挙げることができた。また、第二版では引用資料の成立年を示したので、「なまあたらしい」の一番古い例は『辞林』より十年以上前のものであることが一目でわかるのである。それでは、用例の効用は、その語の存在証明となることだけかといえば、もちろんそうではなく、ほかにもさまざまな働きをしてくれる。それについては、拙著『国語辞典にない言葉』(昭和五八年、南雲堂刊)の中で(27ページ〜34ページ)詳しく述べたので、ここではその効用を箇条書きにして示すにとどめる。

(1)その語が確かに使われていたという証拠になる。
(2)その語の使われていた時代がわかる。
(3)その語の意味の理解を助ける。
(4)その語の使い方の手がかりが得られる。
(5)その語の読みに関する資料になる。
(6)その語の表記に関する資料になる。

このように挙げてみると、用例を添えることがいかに大切かはよくわかると思う。と同時に、用例が多く集められた語の場合、その中からどれを選んで並べるか、編集する側の見識も問われることになる。理想的には、先に挙げた効用に当てはまる例を多く並べることが望ましいが、全体の分量も考えなければならないから、なかなか一筋縄ではいかない。

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