立ち読みコーナー  
  【カンナ】  

 久しぶりに水泳をしてきて、心地よく疲労した身体を横たえていると、雨音が耳に入ってきた。それがあっという間にものすごい降りになり、雷鳴が頭のてっぺんで弾けだした。
 こんなふうに、まさに頭上を張り裂ける雷というのには、そう何回も出くわすものではない。身体に疲労感、頭に眠気の茫然状態で、私は轟く雷鳴に促されるように記憶の中の激しい夕立が頭に浮かんだ。また、戦時中の空襲や、戦後、自宅前に建っていた中学校の火事の記憶も・・・・・。
 いずれも穏やかな日常性をぶち砕く事態だったが、しかし、それぞれは決して同じ印象のものではなかった。自然と人為の違い――。人為のほうはひたすら酷(むご)たらしく、醜く感じられた。戦後も半世紀以上が過ぎたこの時代、見えなかった戦中の事柄がクローズアップされることも多くなっている。核兵器や化学兵器、人体実験など、それらに関わった人たちが時を経て重たい口をようやく開きはじめたからだ。さまざまな文章や映像も現れている。が、私は場面によってはとても正視できないのである。
 雷鳴は長く長く響きつづけた。豪放に思うぞんぶん、まさに猛り狂い、あるいは転がり遊ぶように騒いで、やっと遠くに去っていった。人類がこの地球に現れる以前から鳴り響いた天の唸り、何か壮快だった。
 二階のベランダから雨の上がった外を眺めると、酷暑にあえいでいた里芋畑がたっぷりと潤い、その奥の傾斜地にカンナの花が赤に黄に咲いていた。カンナは庭に植えたこともないし、とくに観賞しようともしてこなかったが、不思議と懐かしく、目に焼きついている花。あの時のカンナ、あの道のカンナといった具合に。
 この雨上がりのカンナも、きっと目に残るような気がした。


カンナ
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