立ち読みコーナー  
  【古書の流通をめぐるあれこれ】  

 ――だいぶ長いことお邪魔しましたが、最後に、古書の流通について伺いたいと思います。まず、買う方ですが、大口はおよそわかりましたので個人について…。いま学生さんはどうですか?
西秋 今はゼロに近い。大学院へ行かない人には本はいらないもの…。
 ――院生だけですか?
西秋 あとは、大学を出て高校の先生をやってる人かな。要するに大学をとりまく人というか…、学生なんて、二年しか勉強しませんからね。大学へ残る人なんてのもほんの一握りですし…。
 ――なるほど。いわゆるマニアといわれるような人は…。
西秋 それも中心は高校の先生なんですよ。それは中学校にも居ますよ。
 ――ところで、本の分野で言えば、同じ国語国文でも大旦那は文法に格別興味をお持ちのようですね。いちばん売れるのが文法書ということがありますか?
西秋 そう、文法てのはいつの時代でも売れるんです。時期によって方言が売れたり訓点が売れたりしますが、そういうのは十年とかそこいらでね、文法や国語史はいつもあるんですよ、買う人が…。
 ――いつぞや、橋本さんの本は売れないけど、時枝さんの本は売れるというお話を伺ったことがありましたが…。
西秋 橋本さんの方は、わかってるんだということでしょうね。それにまあ、時代の変化ですよ。
 ――岩波の図書目録から橋本さんの本は消えてしまって、時枝さんのは残っているというのも象徴的ですね。ほかの文法学者の本についてはどうですか?
西秋 うちはね、中国人とか韓国人が来るんですよ。その人たちは、いろんな人の文法書を買っていく。ソ連というかロシアでは松下文法ですね。
 ――そうですか。佐久間(鼎)さんとか、三上(章)さんという流れはどうですか?
西秋 そういう人たちの本は日本語教育の方で人気がありますね。
 ――山田孝雄先生は…大旦那は日大との関係もあって親しみをお持ちじゃないですか?
西秋 ええ。日本大学の文学部は夜学、二部だったんですね。山田先生はそこで教えておられた。神宮皇學館の学長になられて行っちゃうけどね。ご長男の山田忠雄先生も日大でしたが、お父さんが居られたからというんじゃなかったですよ。
 ――その山田忠雄先生も亡くなられてしまいましたが、相当な蔵書を残されたんでしょうね。
西秋 ああ、あの人のは三省堂で…。
 ――そうですか。実は私に苦い思い出のある鎌倉時代の語源辞書『名語記』のことを伺いたくて…。たしか、一誠堂の所有で、それを山田忠雄先生が借りて手写しているということでしたね。私どもの『日本国語大辞典』ではやむなくむかし北野克先生が転写されたものを使わせてもらったのでしたが、その引用の一々に検討を加え、三十数ページにわたる大批判を加えたのが山田さんでした。
西秋 あれはね、一誠堂も困ってるらしいですよ。山田さんの所にはないってんですって…。
 ――行方知れずですか…。批判が収められているご本が出たのは昭和五十六年でしたが、少なくともその時点ではお手元にあったはずです。それが行方知れずですか…。
西秋 そうらしいですよ。
 ――どこかで死蔵されていくことになりますね。
西秋 そう、死蔵でしょうね、恐らくずうっと…。
 ――『名語記』のような古い写本は格別中の格別でしょうが、普通の活字本はつぎつぎに出てくるものでしょうね。そこで、こんどは売る方のことを伺いたいんですが…。
西秋 仕入れの方ね…。引っ越したり新築したりで売る人が増えてますね。いまはね、一冊二冊売りに来るのは買わないんです。神田は今やめています。変な奴が居て、以前東大がやられ、先立っては慶応がやられて、要するに研究室を荒らしてくるなんてのがありましてね。
 ――そうですか。学者が亡くなると遺族の方が売りに出しますね。
西秋 そう、わたしんとこはそれが多いんです。友だちの先生やお弟子さんから言われて、わたしんとこは得意ですよ。得意っても変ですが…。
 ――年に五、六件もありましょうか。
西秋 そう、いまは地方にも出張します。
 ――市での仕入れはどうですか?
西秋 それは多いですよ。その方が楽ですし、いまは市から買うのが半分はありますね。出てくる筋も大体わかりますからね…。
 ――値段はどうつけるんですか?仕入れ値によるんですか?
西秋 いや、需要と供給によるんですよ。
 ――画廊で、版画なんか買うとき、よく仕入れがこれだからだなんて言われるんですが…。
西秋 そんなのはないですよ。それに、古本屋は骨董なんかと違って、大所はほとんどカタログ販売をしていますから、割りかた公明正大ですよ。
 ――カタログはこちらが先駆けでしたね。
西秋 そう。いまだに地方の古本屋さんからうちの目録をくれって…。
 ――ところで、前のお話で背取り≠したこともあるということでしたが、背取り≠フ語源はなんでしょうか?
西秋 あれは、背負って取ってくる≠ゥらきているかもしれないけど、よくわからない…。同業者からは仕入れて背負ってきて商売をするという…。
 ――本の背を見て、これだけーっといって取ってくるからという話を聞いたこともありますが…。
西秋 それもあるかもしれない。あれは、店を持たない古本屋で、背負って、市場や外の古本屋に持ってって売るんです。<補注・5>
 ――なるほど、そういう商売なんですね。話は変わりますが、辞書のコレクターが亡くなると、辞書が山のように市場に出ますね。惣郷(正明)さんのことを思い出すんですが…。
西秋 最近では見坊(豪紀)さんのが大きかったですね。
 ――以前、こちらで吉田澄夫さんの蔵書が積んであるのを見たことがあります。
西秋 吉田さんは、いろんな本を持ってらして、和本なんかは名古屋の古本屋さんが買った。ただ、出されるときにわざと蔵書印を押されるんでね…。
 ――遺族のお気持ちはわかりますね…。
西秋 でも、わたしはどうも邪魔でね、現代のものについては…。
 ――吉田さんの本の山の中に、大槻文彦の蔵書印のあるのがあって参考にさせてもらいました。 
西秋 まあ、そのくらい古ければね…。それに蔵書印って押し方があるんでね、あれは下の方からだんだん押すんですよ。それを今の人は、めちゃくちゃに押すから余計困るんだ。
 ――いわゆる稀覯本ならいいでしょう。
西秋 もう、どんどん複製が出来るからね…。
 ――なるほど、そうですね。ところで、そのふくせい≠ナすが、文字遣い、漢字が混乱していますね。
西秋 そうなんですよ。本来は、かぶせるの覆製≠ネのに、かさねるの複製≠竅Aふたたびの復製≠使いますからね。あれ、当用漢字になかったからでしょう?
 ――いや、覆≠ヘ当用漢字からあったんですよ。それがね…。私が思うに、著作権法で複製≠ニしたから…。
西秋 あ、そうなんですか。
 ――「写真・複製・録音」といった今風のコピーを意識して使った言葉ですが、今やカラーコピーまで駆使した複製本≠熄o回っていますね。あれは何と…。
西秋 複製本でも復製本でもない、コピー本ですよ。<補注・6>
 ――安易にコピー本が出来るのも困った問題ですね。稀覯本の価値も変わってきますね、きっと…。いま稀覯本というとどういうもんだと考えればいいんでしょう?
西秋 そうね。古本屋が出世しましてね。古本屋≠ェ古書店≠ノなり、そのうち古籍商≠ニか、その稀覯本屋≠ノ成り上がるんです。
 ――そうですか。とはいうものの稀覯本≠ニ呼ばれるものの目安はありましょう。
西秋 うーん、金額だね。百万とか五百万…。
 ――ああ、古書展の目録で、その口絵に載るようなもんですね…。
西秋 まあ、そんなところでしょう。
 ――「日本書房」さんの目録には口絵はないけど、もう58号…、歴史は古いですね。
西秋 そうです。わたしんとこの目録の分類を真似た所も多いですよ。
 ――基本図書目録≠ニいうのをつくられたのが昭和二十五・六年でしたか。たしかそんなふうに伺いましたが、もし残っていましたらあとで見せてください。
西秋 ええ、いいですよ。ありますから…。<補注・7> 今じゃパソコンでね。パソコンの注文も増えてきました。
――古本業界もインターネットの時代に入ったんですね。
西秋 わたしはもう全然はわからなくて…。
 ――わからなくていいですよ。若い人にまかせておきましょう。
西秋 そうね。だけど、古本ってのは手に取ってみないとわからないんだ。広げてみてね、ちょっと読んでみてね…。
 ――よくわかります。いろいろ伺って、認識を改めたこともいっぱいありました。どうも長いことありがとうございました。
西秋 どういたしまして…。

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