立ち読みコーナー  
  【はじめに】  

 この本を手にとっていただいて、ありがとうございます。日本語についての本? セリフってあるから芝居の解説だろうか? アナウンサーだから話しことばについてかな? いろいろ想像なさったと思いますが、どれもそうで、少し違うかもしれません。
 このあとの目次をごらんください。主に演劇のある場面のセリフがタイトルになっています。でも、いわゆる「名セリフ」というものは、あまりありません。むしろ、これなんて読むの? という難しそうな漢字や、とっつきにくいことばが書いてあるかもしれません。実は、それがネライです。ややこしそうですが、すぐにその世界にお入りいただけます。

 芝居や映画などは作り物。フィクションの世界とはいいますが、身近な生活と重なって考えさせられることが、多々あります。人殺しや、幽霊や、SF的なもの、古い時代の話など、現実とはほど遠い設定でも、あれ? こんなことあるよなあ、と気づくことがあります。そんな折、耳に残るセリフに出会い、それがずっと心にあって、わたしに筆をとらせました。
 筆などと気取ってみましたが、パソコンで打ったのです。足掛け五年。小学館国語辞典編集部のホームページ「Web日本語」で連載しました。「名セリフを楽しもう」というコラムです。
 月一回ですから、その月に見た芝居の中から書いたものが多いのです。ミュージカル、文楽、映画、もちろん歌舞伎。でも、文章のはじめは、町で見かけたり、わたしが体験した身近な出来事。あるいは、毎日、さまざまな分野の方に出会って、まさに心に残る話を聞き、逆に芝居を思い出した場合もあります。
 この本は、芝居の深い中身と印象的な私的体験のコラボレーションエッセイ(横文字使うとちょっとえらそうでしょ)です。
 ホームページに連載するというのも初めての経験でした。横書きでカラーページ。それに毎回、菊地ひと美さんが絵を描いてくださるので贅沢になり、毎月読むのを(見るのを)楽しみにしていた一番はわたしでしょう。

 以前、「名セリフの力 ―日本語をきたえる76のことば―」(展望社)という本を出しましたので、それとは重ならないように、そして毎月連載だったので、時事的なものも加味して書きました。一冊になるにあたって、そのあたりをあらため、いつまでも読んでいただけるように加筆、訂正しました。
 芝居が好きで、あちこちの劇場に足を運びます。でも、わたしは演劇評論や研究の専門家ではありません。単なる芝居好きのひとり。客席の人間です。なんでこんなところで涙がこぼれるのかな。何度も見ているここで、いつも笑ってしまうのはなぜ? いつもはわからなかったけれど、はじめて胸があたたかくなった。そんな体験の積み重ねを気楽に楽しんでいる観客のひとりです。
 近松門左衛門や河竹黙阿弥、シェークスピアなど劇作家や浄瑠璃作者のすばらしさももちろんありますが、それを現代の観客の耳と心に届ける俳優、役者の存在は大きいものがあります。本書の中には、具体的に触れているところがあります。名優に出会えた喜び、(わたしの思う)名セリフに触れた感激。どうぞ文中から汲み取ってください。

 この本を読んで、へえ、こんな芝居があるのか、見てみようかなと思っていただければ幸いです。
 本書の正しい利用法。それは、どこでも開いたところからお読みください。そして、芝居を見たあと、できればもう一度読んでください。
 書名に「切っ先」という見慣れない文字を使ったのは、いまどき、はっきりものを言わない人が多すぎるからです。「はっきり言う」という意味を持たせ、「心にせまる」と副題にあるように、ことばの魔力が胸元に届いてほしいという思いをこめました。
 わたしが、ぜひとも読んでほしい、おすすめの章は、第二章「きっぱりしたセリフ」です。きっぱり、はっきり言うセリフの使い手、そのセリフを口にしている人物、実は全員女性です。これも、意図したことではなく、まとめたあと気づいた偶然でした。
 なかでも、「わが日本の恥ぞかし」。三百年前の日本人女性、それも老女のセリフです。また、「仇に思うな、コレ知盛」は、平和を願う幼帝の叫びです。これらの国際性と重い内容はどうぞ本文で味わってください。
 きっぱり、はっきりしたことばづかいに接して、あなたの「ことばの切っ先」をどうぞ磨いてください。

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