立ち読みコーナー  
  【「のっぺら坊」と「てるてる坊主」の話】  

(1)「のっぺらぼう」だと思っていたが
 夏目漱石の小説『坑夫』(明治41年)に目を通していたら終わり近くで次の一文にぶつかった。

 ○ただ世界がのべつ、のっぺらぽうに続いてゐるうちに、あざやかな色が幾通りも並んでる許りである。

これを見て驚いたのは、文中の「のっぺらぽう」という言い方である。それまで自分では「のっぺらぼう」だと思い込んでいたからだ。顔に目鼻や口のない化け物のことも言うから「ぼう」は「坊」だと何となく理解していたのだと思う。この『坑夫』の例のように、化け物のことではなく、何の変化もない様子も言うことは知っていたからそれで驚きはしなかったが、「〜ぽう」とも言うことは知らなかったのである。これまで「〜ぽう」と書かれたものを目にしていたかもしれないが、「〜ぼう」だという先入主をもって読んでいたため気がつかなかったのだろう。活字で、「ぽ」と「ぼ」の違いは目を凝らさないと見分けにくい場合も多いからなおさらである。
 この語は、漱石の『三四郎』(明治41年)にも見られる。

 ○のっぺらぽうに講義を聴いて、のっぺらぽうに卒業し去る公等日本の大学生と(三)

 これも初版本で確かめたところ、やはり「ぽう」となっている。こうなると、これまで「のっぺらぼう」としてカードに採った例も確かめる必要が生じてきた。

 ○目鼻も判らぬ真っ黒なのっぺらぼうな怪物が唐人髷に結って、濃艶な振り袖姿をしてゐる所は、さしずめ百物語か化物合戦記に出て来さうで(谷崎潤一郎『少年』、明治44年)

 右は新潮文庫の『刺青』(昭和39年十七刷)に収められているもので、明らかに「ぼう」となっている。ところが、念のため、復刻本の出ている『刺青』(籾山書店、明治44年刊)に収載されている『少年』を調べてみると、こちらは「ぽう」となっている。このことから考えると、はじめ「のっぺらぽう」だったが、新潮文庫に入れるとき著者が手を入れたのか、編集者がうっかり誤って「のっぺらぼう」にしたのかであろうということになる。

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