立ち読みコーナー  
  【あとがき】  

あとがき


さて親愛なる読者の皆様。「銀座の恋の物語」という歌をご存じでしょうか?  心の底までしびれるような。吐息が切ない囁きだから。泪が思わず湧いてきて。泣きたくなるのさこの俺も。東京で一つ。銀座で一つ。勿論ご存じでしょう。昭和ムード歌謡の永遠の名曲、お父様方がホステスさんとデュエットする為にのみ、の存在意義によって作曲から40年余を生き長らえる、夜のスタンダード。
さて、再び親愛なる読者の皆様、その歌が主題歌である、本編の映画の方はご覧になってます? なるほど。ご覧になってない。では皆様、その主演である、石原裕次郎と浅丘ルリ子の役柄はどんなだとお思いになりますか? あの曲のイメージから想像するに、裕次郎は夜の銀座を闊歩する喧嘩に滅法強い色男のチンピラ、ルリ子は財閥令嬢にしてそのチンピラに惚れてしまうプライド高き美女。という所でしょうか? ところがいえいえ。これがとんでもない。
正解は、裕次郎は画家を目指す苦学生。ルリ子は清く貧しくけなげに生きるアパレルOL。と言っても足踏み式のミシンがけがお仕事ですから、これはもう「労働者」という感じ。なのでした。この映画は、まるで1950年代のパリのモンマルトルでも舞台にしたような、将来の夢だけを頼りに生きる若き芸術家とお針子さんの純愛と清貧の物語なのです。ですがまあしかし、これはちょっとした意外性。程度のもの。驚くべきなのはここではありません。
映画の中で、裕次郎はルリ子を銀座の街中を連れ回します。若き芸術家仲間達に自分の彼女を紹介せんがために。そしてその中に、「新時代の舞台芸術」を追究している若き照明家がいます。彼は毎日、上演が終わった劇場に一人で居残り、自分の新しい舞台照明表現の追求に勤しんでいるのですが、二人がそこを訪れると、彼は挨拶もそこそこに「おお。丁度良い。役者の代わりにちょっと舞台に立ってくれないか。今、新しい光の当て方が見つかりそうな所だったんだ」などと言って、二人を舞台に立たせ、いきなりピンスポットを当てるのです。するとその瞬間、ルリ子が突然ただならぬ悲鳴を上げて昏倒してしまうのでした。

カットは変わってそのビルの屋上。裕次郎は「どうしてさっきはあんなに取り乱したんだい? 君らしくもない」と問いかけます。これは何かわけありだぞ。と息をのむ観客に対して、ルリ子は「いや。別に。いきなし眩しかったからさ〜」なんて事は言いませんよ。
「ごめんなさい・・・・あたし・・・・強い光が怖いの・・・・空襲を思い出して・・・・防空壕から出ると・・・・(ここから一転してヒステリックに)あたしの目の前で! 真っ赤な光に包まれたお父さんとお母さんが!! ああああああああ!!」
うっわー。と、僕は声を出してしまいました。ヤッベー。裕次郎やっちゃったんじゃねえの。エッグいPTSDだろこれー。医者紹介するか医者。と、そんな僕の声が裕次郎に届くはずも無いことは自明とはいえ、何せ事は第一級と言って良いだろう戦争トラウマです。どうする裕次郎。がんばれ裕次郎。君はこの映画の主役にして、日本人のヒーローなんだ。

さあそして、ここで裕次郎の取った行動こそが、自分の記念すべき最初のエッセイ集のあとがきにわざわざ書くに充分値する(笑)、驚愕的なものだったのです。彼はニヤリと不敵に微笑むと、人差し指でルリ子の額をちょん。という感じで軽く小突き、
「馬鹿だなあ。そんなことは忘れるって約束したろう(ニヤリ+ウインク)」
と、言ったのでした。

3年前、つきあってた人を親友に取られちゃって、それからアシ(あたし。の訛り系ね。念のため。2003年当時の記録として)恋ってダメなのお。勇気が出なくって〜。だとか、そんなんじゃないんですよ。年端も行かぬ少女が、目の前で両親を焼き殺されたんです。米軍の空爆によって。それを、強い光を見るたびにフラッシュバックするんですよ。
特に若い読者の皆様に強調させて頂きますけれども、これは裕次郎演じる画学生が狂っているわけでも、人の気持ちを考える事が出来ない完全に自己中心的な、人格に問題のある人物。だという訳でもないのです。それが何より証拠には、ルリ子はこの台詞に(それが当然だ。という調子で)、そうね。ごめんなさい。とばかりに健気に答え、それ以後、映画が終わるまでこの問題は扱われないのです。僕は一瞬唖然として、それから思わず大爆笑してしまいました。うっはー。そうかあー。そうだよなー。だははははははははは。うはははははははははははは。大爆笑は、すぐ大溜息を伴った大苦笑に変わりました。たはああああ〜。
この映画は、この国が参加した、あの大きな戦争が終わってから17年後。つまり、17年前は空爆を受けた街。の風景なのです。
そして、この映画が作られた翌年に生まれた僕も、人並みに、ま、いろいろありまして、後は本文の通り。と言った具合で、例のツインタワーのドカン(裕次郎。言ってやってくれ。いろんな奴らにあの台詞を)あたりから更に激しさを増した、書くわ演るわ踊るわ喰うわ寝ないわの、赤い靴さながらの何年もの日々の中、誰でも知っている有名な出版社の方がいきなり現れて「これを本にしませんか?」と言ったわけです。僕は「逃亡犯がとうとう観念する(開放感と共に)」感じで、はい。と頷きました。
発症直前夜(この本では「神経症」とか「発症」といった言葉に関して、かなり安易で俗流に使っており、よくある、大衆的な解りやすさと引き替えの危なっかしさ。については充分承知の上で敢えて書いております。という事を最後にちょこっと強調させて下さい)までのもの、しかもサイトに書いた(つまり外部的な制約が無く、高速の自由連想に近い形の)ものを中心にしてありますから、この、誰が見ても饒舌で幼児的な、どう考えてもガキの頃から神経症的。としか言いようがない著者の譫言を、ある種の現代病の症例としてでも読んで頂ければせめてもの喜びです。現在の僕は、古典的な精神分析(ソファに横になる奴)と現代的な東洋気功整体(畳に横になる奴)というチョイスによる治療が1年半ほど経過している現役の患者でもありますが、この本の中で来るべき強い発症を待つ、2年ほど前までの自分は、まるで郷愁のように遠い存在でもあり、生まれてこの方変わらない、いつもの在り来たりな自分でもあります。要するに、世界と同じですね。

出版をほとんど独力で進めてくれた、ジャズ評論家でもあり、俳人でもある小学館の村井さん、僕の分析家である精神分析学者/精神科医のT先生(この人だけ仮名なのは、まあ、患者さんにいろいろな方がいるからで。ということで・笑)、気功整体の整体師である片山洋二郎先生、この本を含めた、僕の今年の作品総てのフランス語のコーディネーターをして下さっているフランス国立応用科学院レンヌ校講師/哲学者の福田肇さん、帯の推薦文を書いてくださった山下洋輔さん、妻、友人たちに強く感謝し、この世に音楽と料理があるという奇跡には敬虔な畏敬の念を。そして総ての親愛なる聴衆と読者の皆様には、感謝だとか、もそういうレヴェルのものじゃないハグとキスのテレパシーを。実際にお一人お一人全員にして回ることが時間的にも空間的にも不可能だという人生の不条理と僕は一生闘い続けるでしょう。


2003年8月18日(本当に心から自信を持って皆様にお見せできるのは、表紙で食べている、自分で焼いたビフテキだけ)
                            菊地成孔


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