第 6回 なでしこジャパン


 2011年の流行語大賞が「なでしこジャパン」になった。
 女子サッカーワールドカップでの初優勝は、震災後の日本のもっとも明るい話題であった。地元ドイツを破り、強敵のアメリカを破っての「大和(やまと)なでしこ」の勝利は、サッカーファンばかりでなく、にわかサッカーファンをも狂喜乱舞させた。
 「なでしこ」の花言葉は、大胆・勇敢・野心・器用・才能とある。なるほどと思われる。ほかにも純愛・燃える愛とあれば、ピッチに咲く恋というところであろうか。江戸時代の貝原益軒(かいばらえきけん)先生の『大和本草(やまとほんぞう)』には、小さく咲くその花の色を愛で、愛児にたとえてナデシコ(撫子)と名付けられたとある。
 さて、「なでしこジャパン」の「ジャパン(Japan)」のほうであるが、「日本」を中国人が訛(なま)って呼び、それがヨーロッパに伝わってジャパンになったことは、あまり知られていない。
江戸時代、「日本」は「にっぽん」と読まれていたらしいことは、たとえば井原西鶴作の『日本永代蔵』(元禄元年〈1688〉刊)の書名に「につほんえいたいぐら」とフリガナがふられているところからもうかがえる。
 日本では「日」はニチと読むが、これは中国の呉音で、漢音ではジツである。本日・当日などがそうである。「本」は呉音でも漢音でもホンなのだが、日本語ではたとえば根本をコンポンと発音するように、ポンと破裂音になる。そこで、中国に渡った日本人がニッポンと発音していたのが、中国の人たちにはジッポンと聞こえたらしい。
 マルコ・ポーロらがシルクロードを通って中国へやってきて、日本海の向こうにある黄金の国はジッポンと説明をうけた。再びシルクロードを帰った彼らは日本をジャポンともジッパングとも紹介し、やがて英語圏でJapanとなり、ジャパンとなったわけである。
だから「なでしこジャパン」も、もともとは「なでしこニッポン」が訛った言葉なのである。

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江戸時代にはオランダ語やポルトガル語が日本に伝えられており、アルファベットの文字がおシャレなデザインとして使われることがあった。これは黄表紙『竹斎老宝山吹色(ちくさいろうたからのやまぶきいろ)』の絵題簽(えだいせん)。ローマ字風の文字で囲まれている。「IOHANIIHOHE(イロハニホヘ)」「IJAIJA(イヤイヤ)」「ZOBAKIRI(ソバキリ)」「ZOOMEN(ソウメン)」「DODONEUS(ドドネウス)」などが書かれている。
貝原益軒…1630~1714。江戸前期の儒者、本草学者。福岡藩の家臣。藩命で京都に遊学して朱子学を学ぶ。庶民への啓蒙書『養生訓』をはじめ、多数の著書がある。
『大和本草』…貝原益軒80歳の年、宝永6年(1709)に刊行した本草書。中国、日本、西洋の1362種の薬草などについて解説。
『日本永代蔵』…金持ちになる人たちの人間模様を描いた、井原西鶴の経済小説。

第 6回 なでしこジャパン
そのことば江戸っ子だってね!? ライン