第120回 七ツ屋、十三屋、十七屋

 江戸時代の小説に質屋はよく登場する。井原西鶴(いはらさいかく)の浮世草子(うきよぞうし)をはじめ、黄表紙(きびょうし)などにはよく出てくる。

 西鶴は、『世間胸算用(せけんむねざんよう)』(元禄5年〈1693〉刊)で、「まことに世の中の哀れを見る事、貧家の辺りの小質屋(こじちや)、心弱くてはならぬ事なり」(巻一ノ二「長刀〈なぎなた〉は昔の鞘〈さや〉」)と、貧乏長屋近辺の質屋は気が弱くては商売はやっていられないと書いている。

 もう、20年以上も前になろうか、目黒の碑文谷(ひもんや)二王尊(におうそん)にまつわる黄表紙を翻刻して世に紹介しようという方から「セツヤ」とあるのは、どんな意味ですか、と問われて意味がのみこめなかった我が学問の師匠は、「セツヤとはなんだ」と電話してきた。ちょうどその黄表紙の翻刻・注釈の仕事をしていたところだったので、師匠に「もしかしたら七ツ屋のことかも知れません」と即答した。はたして「七ツ屋」のことであった。

 近頃の貧乏学生(この言葉も古いか)は通うこともなくなり、ルイビトンのバックなどを抱えた若い女性が通うのが「質屋」になった。貧乏学生のころは、一六銀行などと洒落(しゃれ)て言ったものである。すなわち、一+六=七という足し算で、七(しち)→質に通じるという言葉遊びでもある。江戸時代も質→七ということで、「七ツ屋(ななつや)」と言っていた。黄表紙に漢字とカタカナで「七ツヤ」と書かれてあったのをセツヤと読んでしまったのである。

 ついでに言えば、物を質に入れることを「曲げる」という。これも一種の判じ物で、「十」という字の下を曲げると「七」の字になることから曲げるというわけである。

 数字と商売ということで、2つクイズを。

 「十三屋(じゅうさんや)」は何の商売か。

もうひとつ、「十七屋(じゅうしちや)」は何の商売か。

「十三屋」は、これも九+四=十三という足し算で、「櫛屋(くしや)」のことである。四(し)と九(く)を嫌い十三夜という言葉も掛けているわけである。

 「十七屋」は、十七夜を言い掛けたもので、十五夜は満月、その翌日は十六夜(いざよい)、十七夜は立待ち月という。立待ち月→忽(たちま)ち着き(月)と洒落(しゃれ)て、すぐに配達する意味として、飛脚屋(郵便屋)のことである。

 実際に「十七屋」を屋号にして江戸で一番の飛脚屋になったのが、十七屋孫兵衛であった。天明の飢饉(ききん。1872~87)のお救米買い上げで不正融資にかかわって処罰され、文字通り忽ち破産する。

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質屋の店先。下駄箱があるのは、客とのやり取りを上がり框(かまち)で済ますわけではなく、上がり込んだ客の人物の品定めもするためである。『買飴帋鳶野弄話(あめをかったらたこやろうばなし)』(享和元年〈1801〉刊)より。
 

 

第120回 七ツ屋、十三屋、十七屋
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