第53回 酉の市と大火














 今年は、酉(とり)の市が三の酉まであった。「酉の市」は、毎年11月に台東区の鷲神社(おおとりじんじゃ)、新宿区の花園神社などで行われている祭礼で、幸福や富を引き寄せるという熊手(くまで)を売る店が参道に並び、参詣の人々で大変にぎわう。11月のはじめの酉の日を「一の酉」、以下「二の酉」「三の酉」と呼ぶ。「三の酉」まである年は、災厄が多い年といわれている。
 酉の市の発祥は、郊外の花又村(はなまたむら。足立区花畑)にあった大鷲神社(おおとりじんじゃ。鷲大明神〈わしだいみょうじん〉とも)だったとされる。花又村は、幕末近くに別荘地となり、ようやく人々が住むようになった農村地帯だった。
 そんな地理的な条件もあって、安永・天明期(1840~56)には、浅草の裏手、新吉原に近い竜泉寺村にある鷲大明神の酉の市がにぎやかになりだし、現在に続いている。竜泉寺村といえば、のちに明治の女性作家・樋口一葉(ひぐちいちよう)が一時住み、『たけくらべ』の舞台として描かれたことを思い出す方もあるだろう。
 この酉の市は、「浅草の酉の市」と呼ばれていた。図版は、天保9年(1838)刊の『東都歳時記(とうとさいじき)』から。鷲神社には人があふれ、田圃(たんぼ)道を多くの参詣人が歩き、大きな熊手を担いで帰る人もいる。吉原が近いので、酉の市を口実に吉原遊びをする人も多かった。
 またここでは、雑踏のなかで路上博奕(ばくち)も盛んに行われた。富貴開運の神様への参詣と、熊手を買って幸運を手に入れるついでに、賭(か)け事でひと儲(もう)けを願う欲深な庶民の射幸心(しゃこうしん)につけ込んだアイディアといえばそれまでだが、いかにもバブル経済最盛期の安永・天明期に流行(はや)りだした信仰というところである。
 さて、江戸時代の大火の年は、はたして「三の酉」の年だったのだろうか。
明暦3年(1657)1月18日の大火(振袖火事)は、新興都市としての環境も整ってきた江戸を総なめにしたが、この年は11月10日と22日が酉の日で、「二の酉」しかなかった。
 浅草の酉の市がにぎやかになった明和9年(改元安永元年)2月29日の大火(目黒行人坂〈ぎょうにんざか〉火事)の年も、5日と18日の「二の酉」までだった。そして、文化3年(1806)3月4日の大火(丙寅〈へいいん〉の大火)の年も、同じく5日と18日だった。
 「三の酉」の俗信は、少なくとも江戸の大火には、あまりあてはまらないようである。
 ところで、丙寅の大火では、日本橋の火の見櫓(やぐら)も消失するほど江戸の中心街が焼けてしまった。『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』で知られるベストセラー作家・十返舎一九(じっぺんしゃいっく)も、この大火で罹災(りさい)している。前年に息子が誕生、しかし妻を失い(産後の肥立ちが悪かったと思われる)、失意の時に大火に遭い、乳飲み子を抱え亀戸に寓居せざるを得なかった。
 十返舎一九を戯作者(げさくしゃ)として世に送り出した山東京伝(さんとうきょうでん)も、京橋銀座で罹災、蔵が残っただけで、式亭三馬(しきていさんば)も自宅が全焼している。筆まめな彼らは、日記や備忘録(びぼうろく)を付けていたようだが、それらは多くの蔵書とともにことごとく焼け、江戸の貴重な資料が焼失してしまった。 



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浅草田圃酉の市。鷲神社のにぎわいの様子が描かれている。左上の大きな屋根は浅草寺。その右手側には吉原があった。(『東都歳時記』天保9年刊〈1838〉より 
振袖火事…本郷丸山の本妙寺(ほんみょうじ)で施餓鬼(せがき)のために焼いた振袖が空に舞い上がり火事の原因になったので、こう呼ばれた。死者は10万人を超えたとも伝えられ、その供養のために両国に回向院(えこういん)が建てられた。
目黒行人坂火事…目黒から下目黒に下る坂道が行人坂であり、その坂にある大円寺(だいえんじ)が火元であったことから、こう呼ばれた。
十返舎一九…1765~1831。江戸後期の戯作者。健筆多作の作家で、黄表紙(きびょうし)・洒落本(しゃれぼん)・滑稽本(こっけいぼん)・読本(よみほん)などさまざまなジャンルで活躍した。若い女性読者の紅涙を絞り、別名「泣本」と呼ばれた恋愛小説の人情本(にんじょうぼん)の発案者でもあった。
山東京伝…1761~1816。江戸後期の戯作者。黄表紙・洒落本の第一人者。『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』など作品多数。浮世絵師・北尾政演(まさのぶ)としても活躍。京橋に煙草(たばこ)入れの店を持っていた。
式亭三馬…1776~1822。江戸後期の戯作者。日常生活の笑いを会話体を用いて描いた『浮世風呂(うきよぶろ)』『浮世床(うきよどこ)』などが有名。丙寅の火事のあと、本町(ほんちょう)に薬屋を開業して成功した。

第53回 酉の市と大火
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