第58回 こまたの切れ上がった

 ソチオリンピックが始まった。スキー・スケート・スノーボードなど、日本選手の活躍にTVから目が離せない。なかでもフィギュアスケートは、華麗な演技に目を見張るばかりだ。
 江戸時代に「こまたの切れ上がった」という、すらりとした足の長い女性の容姿の形容とされる言葉があるが、彼女らのスタイルを見ていると、この言葉を思い出す。
 「こまた」は、たとえば指と指のあいだ、首のうなじだとか、体のさまざまな場所をあてるのが昔から俗説としてあった。『日本国語大辞典』をはじめ多くの辞典は「小股の切れ上がった」と「小股」の漢字をあてるようになってから、すらりとした足の長い容姿の形容に使われるようになったが、今では古い言葉になってきて、あまり使われない。
 明治時代には男性のスタイルの形容にも使われていたようだ。いつ頃から使われ出した言葉かというと、江戸時代の安永頃だという。
 安永4年(1775)に出版された洒落本(しゃれぼん)『後編風俗通』の絵で見てみよう。それが図版右で、説明にはこうある。「その容姿は首が抜け出たように伸び、胴が短く足が長く腰細くて股が切れ上がり、前かがみで腰下は反るようなスタイル」だという。絵を見ても背のすらりとした腰の高い婦人である。
 そこで、この言葉をもっとはっきり表現している資料がないかと調べると、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が紹介していた。一九は、あの弥次さん喜多さんの登場する滑稽本(こっけいぼん)『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』の作者だが、同じく滑稽本『於都里綺(おつりき)』(文化7年〈1810〉刊)で、簪(かんざし)の影絵として紹介している(図版左)。そんなスタイルの女性を「やつぱりこんなに小またのきれあがつたやつがいゝね」と記している。
 当時、小町簪というのが流行していて、それがこの影絵なのである。小野小町も八頭身の「小股の切れ上がった」美人だったかどうかは知らないが、美人の代名詞といえば小野小町、小町もスタイルがよかったと江戸人は想像したのであろう。
 江戸の昔から足の長いすらりとした女性はあこがれの的(まと)だった。現代では、女性の発育がよくなり、スタイルもよくなってパンツスタイルも似合い、こぞって小股が切れ上がっているのが現実になると、あこがれも薄らぎ、言葉は消えてしまうものらしい。
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右は『後編風俗通』(安永4年〈1775〉)、左は『於都里綺』(文化7年〈1810〉)の挿絵より。
洒落本…近世中期以降に盛んになった小説。遊里の男女の会話を中心に、遊里や恋を写実的に描いたもの。現在は一般的だが、会話体小説の始まりとなる小説。江戸の山東京伝(さんとうきょうでん。1761~1816)の活躍で頂点を迎えた。
十返舎一九…1765~1831。江戸後期の戯作者(げさくしゃ)。健筆多作の作者。滑稽本のほかに、洒落本、黄表紙(きびょうし)、読本(よみほん)、咄本(はなしぼん)など、さまざまなジャンルで活躍。
滑稽本…江戸後期の小説のひとつ。庶民の日常生活を題材として、面白おかしく描く。一九のほかに、式亭三馬(しきていさんば。1776~1822)では、『浮世風呂』『浮世床』が代表作。
第58回 こまたの切れ上がった
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