第32回「感動を与える」

 大ヒットミュージカルの映画版『レ・ミゼラブル』が人気を呼んでいるとのことですが、映画やドラマ・小説などの宣伝文で「愛と感動を与える壮大な物語」というような言葉を目にすることがあります。
 この「感動を与える」という言葉は、時に「みなさんに感動を与えたい」というように使われることがありますが、このような「与える」の使い方が気になる、という声を最近耳にすることが多くなりました。「感動」以外にも、「元気を与えたい」「勇気を与えたい」「夢を与えたい」というようにも使われますが、気になるという人にその理由を尋ねてみますと、なんだか偉そうに聞こえる、上から見下しているような感じに聞こえるというような答えが返ってきました。
 では、なぜそのように聞こえるのか、まずは「与える」という言葉の意味を見てみましょう。


【与える】[動ア下一][文]あた・ふ[ハ下二]

1 自分の所有物を他の人に渡して、その人の物とする。現在ではやや改まった言い方で、恩恵的な意味で目下の者に授ける場合に多く用いる。「子供におやつを―・える」「賞を―・える」

 〈中略〉

4 影響を及ぼす。
(ア)相手に、ある気持ち・感じなどをもたせる。「感銘を―・える」「いい印象を―・える」「苦痛を―・える」
(イ)こうむらせる。「損害を―・える」

「デジタル大辞泉」(小学館)より


   「元気(勇気・夢・感動)を与えたい」というのは、上記の4㋐の「相手に、ある気持ち・感じなどをもたせる」の意で使われているのでしょう。しかし、違和感がある、気になるというのは、おそらく、1の「恩恵的な意味で目下の者に授ける場合に多く用いる」という部分が影響しているのではないかと感じます。ですからたとえば「子どもたちに夢を与えたい」など、子どもに対して言うような場面ならば不自然さはなくなりますし、また仮に目上から目下でなくとも「選手として元気を与えたい」などのように、実際に勇気や元気を与えるような立場にある人の発言であるならば違和感を覚えるということもないのかもしれません。
 「与える」をほかの場面に当てはめてみても、「(あなたに)お菓子を与える」「(お客様に)資料を与える」などの言い方はしないものです。「感動(元気・勇気・夢)を与えたい」というのも、言う側の気持ちとしては決して偉そうに思ってのことではないのでしょうが、もしも言い換えるならば、「(いっしょに・同じように)夢を感じていただくことができたなら、いちばんの喜び」「元気な気持ちになったと言っていただけるようなものになればうれしい」などの表現に換えることもできるでしょうし、その方が誤解なく伝わる感じがします。
 このように見ていきますと、「与える」という言葉は、どちらかと言うと自分から相手対して言う場合には使いにくく、受ける側が「勇気を与えていただいた気持ちだ」のように使うほうが自然だと言えるのかもしれません。やや慣用的に使用されることも多く、間違いとまでは言えない言葉であっても「言葉が与える印象」にも注意したいものですね。  


  


           

第32回「感動を与える」
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