第14回 粉末ジュースがコップの底に溶けきれずに残っているときなんというか?

 子供の頃に粉末ジュースなるものを喜んで飲んでいた覚えがある。コーラの粉末タイプもあり、いろいろなメーカーから発売されていたはずなのに、エノケンこと榎本健一が歌った「ワタナベのジュースのもとです、もう一杯♪」(*)というCMソングが今も耳にはっきりと残っている。今回の一枚:クリックすると大きくなります粉末状の素を水で溶かすだけでジュースができあがってしまうという、子供にとってはなんとも魅力的なものであったが、粉末が完全に溶けきるまでひたすらかき回すという忍耐力は持ち合わせていなかった。母親からは、「まだ”こずんで”いるからよくかき回しなさい」とよく言われたものだ。当時は、溶けきれずに残っている状態をなるほど「こずむ」と表現するのかと、何の疑いもなく納得していたほどである。

 この「こずむ」が共通語ではないと気づいたのがいつだったかは定かでないが、母親の出身地、長野県の方言だと知ったのは今の仕事をするようになってからのことである。隣接する山梨県や静岡県の一部でも使われているようだ。

 このコズムは、「一か所にかたよって集まる」意味を表す古語「こづむ(偏む)」の名残りだと思われ、実に由緒正しきことばなのである。

 「水や空気の流れがとまって動かなくなる」意味で『万葉集』の時代から使われている「淀む」が、「沈殿する」意味で使われるようになるのは明治期に入ってからのようであるが、西関東では古い方言としてヨドムが残っている。静岡では、このヨドムとコズムが合体したコドムも使われるようだ。

 福井限定のことばにイコルがある。「寄り集まって固まる」意味の「凝る」に「居残り」の「居」が付いたものかもしれない。砂糖などの固まりが”溶けず”にコップの底に残っている様子と、数学の問題が”解けず”に教室の片隅に居残っている哀れな中学生の姿を重ね合わせて生まれたことばだとしたら、まさに「新語大賞」を贈りたいほどの出来栄えだ。

 三重、和歌山、奈良ではトゴルと言うらしい。伝統的な方言形でありながら、高年層から若年層まで広く浸透している。

 鳥取、島根、岡山のトドルは古語「とどこる(滞る)」の変化形だ。鳥取ではさらにトドムと形を変えた言い方も見られる

 いずれにしても、古語の用法が広く残っているものだ。

 確かに、共通語では、「粉が沈殿している」とか「粉が溶けきれないで残っている」としか言いようが無いのである。その概念を言い表すのに適当な共通語が無い場合は、それがたとえ古い方言語形であっても、普段使っていることばを使い続けるしかない。なおさら方言であることに気づきにくいのである。

 (*)「渡辺のジュースの素 」作詞:井崎 博之 作曲:土橋 啓二

第14回 粉末ジュースがコップの底に溶けきれずに残っているときなんというか?