吉田戦車「日本語を使う日々」

第四回 「苦手な服を買う理由」

第四回 「苦手な服を買う理由」

 背広ってなんだ? と思うわけです。

 スーツ発祥の地、イギリス人の背中はそんなに広いのか。

 それとも、毎日出勤するお父さんの背中の、子供から見た広さをあらわしているのか。明治時代(か、どうか知らないけれど)スーツを訳すときに、輸入業者かあるいは仕立屋が、自分の子供に意見を求めたとでもいうのだろうか。

「着物よりも、お父さんの背中が広く見えます。文明開化の広さですね。そうだ、背広、って呼んだらどうでしょう!」

 などと11歳ぐらいの子供がいったというような歴史があれば、それはそれでいい話だと思うのだが、それほどに「背広、背広服」という日本語は唐突だ。

 辞書で調べると「諸説あるが、定かではない」ということのようだ。英語の「市民服=シビル・クローズ」や「仕立屋街、サヴィル・ロウ」がなまったとする説はおもしろく、「死広」や「詐広」だった可能性もあるのである。死や詐はないだろうけど。

 そういえば「服」とは、これを読んでいただいているみなさんの99.5%ぐらいが、今身にまとっている布切れのことだが(残り0.5%は、自宅で一人のとき、全裸ですごす人がけっこういるらしい、という情報に基づいている)そもそもの漢字の意味は「降服、屈服」の服であるという。

 降服の儀式をおこなうさいに身につけるので「服」と呼ばれるようになった、というところであろうか。「服役」というのは今では刑務所用語だが、元は服従した相手の家来になることを意味した、と考えていいのかもしれない。

 以上は他社の本で恐縮だが、白川静『常用字解』(平凡社)を参考にさせていただいた。全裸の部分はちがいますが。

 つまり服は「他人に失礼にならないちゃんとした布切れ」のことであり、アダムとイブが股間をかくした葉っぱや、『ギャートルズ』の毛皮は、服としてはまだまだだ、ということだろう。

 我々がパンツ一丁やステテコ一丁で外に出かけることをしないのは、あれが服ではなく、下着であるからなのだ。

 だからこそ世の中に反抗したい一部のヤングは、下着がはみでるほどにズボンをずりさげた、社会的に許されるギリギリのかっこうをしたりするのだろう。

「大人たちに服従したり、常識に屈服したりしない!」

 ということだろうけど、ちょろっとパンツが見える程度の反抗心であり、かわいいものである。

 さて、服にはそういう礼儀としての役割以外に、もっと実用的な意味もある。

 いわずと知れた防寒、防御の役割だ。

 服という言葉ができる前から、毛皮や植物の繊維によって人類はおのれの体をガードし、命を失うリスクを低くする努力をしてきた。

 今年の夏、私はTシャツの下に、タンクトップやノースリーブのアンダーウェアを着る、ということを試みてみた。外出時のエアコン対策であり、暑くてたまらないときはもちろん着ないけれども、いつでも着れるようにカバンに入れて持ち歩いた。

 これが実に具合がよく、腹が冷えるおそれから解放された。以前はこの逆で、基本はTシャツ一枚で、アロハのたぐいを羽織ったり持ち歩いたりしていたのだが、中に着るほうが腹にぴったりしてくれて、エアコンや夜の冷気に対するボディーアーマーとして優秀であった。

 危険から身を守るための防御服といえば、常にそういう現場にいる警官、軍人の服がそうだろう。その延長線上には『ガンダム』のモビルスーツがあるわけであり、20メートル近くあるロボット兵器でありながら、個人の装甲服でもある、という発想がおもしろい。

 あんなのアニメじゃないかと思われるかもしれないが、防衛省が

「ガンダムの実現に向けて(先進個人装備システム)」

 なんてことを公式に研究しているとも聞く。

 研究内容はともかく、ガンダムいうの恥ずかしいからやめてくださいよ、と、心の底から思うのは、私だけではないはずだ。

 なぜ背広の話をはじめたかというと、ビジネススーツまでいかなくていいけど、カジュアルなやつを一着買う必要にせまられたからだ。

 背広というよりはジャケットですか? ふだんジーンズとかポロシャツみたいなものしか着ていないので、そっち方面には本当にうとい。うといし、できればこのまま着なくていい人生を歩みたい。

 今回の一枚(クリックすると大きく表示します)だが故郷、岩手県奥州市の「観光大使」とやらの一人に選ばれ(期限つき)その任命式に出なければならないのである。

 なんという名誉なことだろう! みたいな気持ちはまったくないのだが、エッセイか何かに故郷を書くことで、観光客が一人でも増えることに協力できれば、それは私にとってもうれしいことだ。

 何もしなくていいです、というのでお引き受けしたのだが、東京に市長みずから出向いてこられるとなれば、任命式に出席しないわけにはいくまい。そしてその時にジーパンとフードつきのパーカーなどではいかんだろう、と思う。

 かといって冠婚葬祭用に持っている黒い礼服はちがうだろうし、子供が幼稚園に入る時に買ったスーツはウエスト入るのか? ということである。

 何か新しい「背広の仲間」を買わなければならず、他にもっとほしいものがあるのに、がまんしているのに! と思う。

 とはいうものの、大使をひきうけたことを後悔しているわけではもちろんなく、マグマ大使や地獄大使の仲間になったような気がして、ちょっとうれしい気持ちもある。

 それがらみでいうと、特撮番組の着ぐるみ、あれは英語でモンスタースーツというのだ。そしてこちらはけっこう新しい和製英語のようだが、中に入る人はスーツアクターと呼ばれる。

 その手のスーツを着て出席できたらどんなにいいか、アクトできたらどんなに楽だろう(「グエ~!」とか吠えていればいいわけだ)と思うのだが、それは礼儀を目的とした「服」の役割から、はげしく逸脱したものになるだろう。

第四回 「苦手な服を買う理由」