吉田戦車「日本語を使う日々」

第十三回 「駿河湾さわった海はシラス味」

第十三回 「駿河湾さわった海はシラス味」

 夏生まれだからか、夏は好きだ。
 だが、よく考えると秋も冬も好きなので、誕生日はあまり関係ないかもしれない。
 春だけは少々苦手である。スギ花粉のせいでもあるが、花粉症になる前から、木の芽どきの生あたたかい空気は苦手だった。そういう人は多いらしく、体調を崩したり心が不安定になりがちな季節でもあるらしい。

 このめどき。清新で初々しい、いい語感である。
 なのに検索すると「不安」「不定愁訴」「鬱」などの日本語とともに引っかかってくるのがおもしろい。

 語感といえば「はるなつあきふゆ」という響きはすばらしいと感じる。それぞれ語源はあるのだろうが、うまいこと役割を分担した、いい二文字の言葉たちであると思う。

 夏は「トマトやナスやキュウリがナッてます!」という感じがするし、冬は「ふゅ~るり~、ふゅ~るり~らら~」と、地吹雪が舞うようであり、絶対に交替は不可能である。

 ものすごく寒い日に「夏将軍の到来です」などといわれてもまったく感じが出ないし、日焼けした高校球児たちの熱闘が「冬の甲子園」であってたまるものか、という思いがある。

 秋も「あーーきれいだ、空や紅葉が」であるとしか思えず、ハルハルした浮かれた春も、やっぱり春としか言えない。
 春のことを悪く言いすぎであろうか。いや、名前としての春子さん春江さん春男さんはすてきだと思いますけど。

 で、夏が好きな私は、水遊びも当然大好きだ。清流やきれいな海水浴場でのシュノーケリングは、またいつか復活させたい夏の趣味である。
 でも今年は行けなかった。行けないことがわかると、とりあえず海にだけでもさわっておかねば夏が終わらない気持ちになり、海に行くことにした。
 まだ行ったことがなくて、鉄道利用で1泊程度、駅から歩いて海に行けるところ。そういう土地は東京近辺にもまだたくさんあるわけだが、地図帳をパラパラめくり、ここにした。
 静岡県沼津市。
 記憶によれば、魚がうまいはずの街である。東海道本線の沼津駅から千本浜という海岸へも比較的近い。
 こういう突然旅の時は直前まで仕事に追われていて、ネットであれこれ下調べをする余裕すらないことが多い。
 東京駅から新幹線で三島、東海道線に乗り換えて沼津、というルートで向かったのだったが、はっきりともっと安い私鉄利用や長距離バス利用という手があったことを、あとで知った。
 まあいい。
 キップ、宿の手配をした妻・伊藤先生もまた私以上に多忙な同業者であり、まかせっぱなしにした以上、責めるわけにはいかない。
 が、予約したホテルが海とは反対側の駅北側、そして沼津駅というところは駅南口と北口の連絡通路が「ない」ということを知った時は、さすがに心拍数が増した。
 駅北口で「南口へはどこを通れば?」と聞いたところ
「入場券を買って改札内に入り連絡通路を渡るか、この先の線路下をくぐる道路を通ってください」とのことであり、なんだそれ。
 仕方なく10分近く回り道して車道脇の排気ガス臭い歩道をくぐったが、まったく釈然としない。地元の人たちも怒っているのではないか。
 このことで伊藤先生を責めるのは酷というものであり、愚痴をJR東海に向けることで、旅先での冷戦状態は回避することができた。
 街を歩く。
 なつかしい感じのアーケード街にはシャッターが下りている店舗も見受けられる。日本中どこにでもある光景だ。最も残念だったのは、渋い銭湯を発見したのに「老朽化のため」5日前に廃業していたことだ。5日前って。
 歯がみをしつつ、ある種のショップを探すが、出会わない。
 ある種の店とは、静岡に多くのメーカーがあるプラモデル屋さんのことである。静岡市がその中心地だが、ここ沼津にもかなり大きい小売店があるはずだった。こればかりは下調べをしなかったことを悔いたが、自分の町歩き勘を信じて歩き続けた。
 今回の一枚(クリックすると大きく表示します)どうやらこの日の勘は裏目に裏目に出ていたようで、帰り道も歩いたのだが、帰ってからマップで調べたら、何件かある模型店を巧みによけて道を選んでいた。
「だって、出会ったら買っちゃうだろ? 今ではめったに買わないプラモデルを旅先で」と、旅の神が配慮してくれたか。よけいなことしやがって。
 そう、今はめったに買うことはないが、かつてはそれなりのプラモ少年だったのだ。それなりの、というのは色を塗ったり、稚拙な技術ではあるがリアルさを求めて汚したり、ということをしていたのだ。
 プラモという言葉の感じがなんともかわいらしいのだが、モデルを「モ」と略すのは、プラモだけではないか。
 ファッションモデルを「ファモ」とは言わないし、ニューモデルを「ニュモ」などとも略すことはなく、モデル=モは、プラモの独占状態だ。
 しかもそれは模型の「も」とも絶妙な共通点を持ち、少年の心をおどらせる。かつては「プラ模型」という言い方もあり、プラモはプラ模でもあったわけだ。
 ああっ、書きながら今思い出したが、むかし月刊少年ジャンプで「少年プラ模型新聞」という連載があったのを覚えておいでの方もいるのではないでしょうか。うわなつかしい、愛読していたなあ。
 これはいつか静岡市詣でをしなければなるまい。モを求めて。

 松原を抜け、海岸に出た。
 海水浴場になっているが、8月1日金曜日の人出はあまりなかった。砂浜ではない碁石状の海岸で、水がきれいだ。
 簡単なシャワー施設もあり、水泳パンツやゴーグルを持ってこなかったことを悔やんだが、紫外線に弱い伊藤先生がゴルフ場のキャディさんのような完全防備で夏の海につきあってくれていたこともあり、私一人が海遊びの道具など持ち歩かなくてもいいような気持ちがあった。
 とりあえず歩きまくって疲れた足を駿河湾につけた。
 海だ、という満足感はありました。
 そのあと、沼津魚市場まで歩き、一番有名な店には行列ができていたので、そうじゃない店で生シラス、生サクラエビ、アジのたたきなどがのった丼をいただき、さらに海ごころは満足した。
 都心からガーーッとやってきて魚食ったり買ったりして帰る、格安の日帰りバスツアーも盛況なようで、それなりに楽しいのだろうが、そういう遠足には今のところ魅力を感じない。
 そぞろ歩く、という日本語があり「あてもなくのんびり歩きまわること」ということであるが、そぞろは「漫ろ」と書くことを最近知ってビッグコミックオリジナル連載中の『フロマンガ』でネタにした。
 漫画家が漫ろ歩かないでどうする!
 と背中をたたかれた気持であり、これからもがんばってそぞろ歩こうと思う。

第十三回 「駿河湾さわった海はシラス味」