吉田戦車「日本語を使う日々」

第十四回 「ああ、山梨県を見る目の変化」

第十四回 「ああ、山梨県を見る目の変化」

 漢字の読み方クイズに出そうな言葉として「生業」がある。
「なりわい」と読むわけで、小学生などには読めない人もずいぶんと多いのではないか。
 調べずに字づらを見ると「生る」はわかる。実がなる、であり「なり」はふつうに読める。
 問題は「わい」だ。業を「わい」と読むのか?
「わざ」とは読むわけで「わ」は合っている。「しわざ、おこない」という意味からむりやり考えれば、略したのが「わい」であろうか。
 食べて、生活していくための仕事。それが生業であり、私の場合は漫画描き、エッセイ書きを生業としている、ということになる。
 とてもありがたいことだ。
 ありがたいことだが、漫画、それも4コマ漫画をおもな生業としているということは、常にくだらないことで頭をいっぱいにしている、しなければならないということで、それはそれなりに過酷な生活なのである。
 たとえばきのう今日は「お色気みやげ」についてずっと考えたりネットを調べたりしているのだが、40なかばの人間がひたすら「おっぱいプリン」のことを考えながら街を歩いたりしているのは、幸せなことであるかもしれないのだが、ちょっぴりうすら寒い秋風も吹く。
 ギャグ漫画家である、ということに誇りは持っているが、人さまには知られたくない、あまり人前には出たくない気持ちがあり、そうじゃない場所ではあぶら汗をともなう大きなストレスを感じるのだった。
 そういえば先日、同業者おおひなたごう先生が「ギャグ漫画家大喜利バトル」というイベントに参加しないかと声をかけてくれて、友人知人も多く出たようだったが、尻込みした。つきあいが悪くてすみません。

 尻込み
 後込みとも書き、「いやいやいや、私はけっこうです」と、後方にじりじり下がっていく様子だろう。ためらう、ぐずぐずする、という意味がよく出ていて、親しみを感じる。
 先日、山梨県の鳳凰三山を縦走してきたのだが、その計画に対しても最初は尻込みをした。「吉田がぐずぐずいう」のは、仲間うちでは恒例と見なされており、尻をたたかれたり
「山ヒル出ないから。クマが出たら追い払ってあげるから」
となだめすかされたりして、ようやく同行を決めたのだった。
 恒例といえば、これもまた恒例であった「つらいときの吉田の際限のない愚痴」が、今回ほとんど出なかったことは、友人たちをおどろかせた。
 それは妻の伊藤先生も同行しているから強がって、とかではなくて、自覚しているはっきりした理由がある。
 山梨県に所有していた別荘を、今年になってから売却したのである。
 年に1度くらいしか訪れることができず、庭木や雑草の繁茂、屋内への野鳥、小動物、昆虫の侵入などなどに疲れ果て、近所の人に迷惑もかけ、思いだすたびに鬱状態になっていたその物件をようやく売却できたことで、心がパーッと晴れ渡った。
 これでようやく山梨の、日本の、いや世界中の大自然と心おきなくつきあえると、山の上で心底思ったのだった。

 長く苦しい下山のときなどに
「おれは手つかずの自然が大きらい。管理された公園が好きなんだよ!」
と吐き捨てていた気持ちは、実は
今回の一枚(クリックすると大きく表示します)
「今ごろ別荘の庭、すげえことになってるな・・・・・」
という暗い思いが、大自然を見れば常につきまとってきたからだった。
「大丈夫だ。ワイルドな自然もつらい下りもけっこう好きだ」
今回そう思えたことは、とてもうれしかった。
 手放したことでようやく、甲斐駒ガ岳のふもとにあった別荘に「たくさんのいい思い出をありがとう」と礼をいえる心境にもなれた。
 そんなおセンチな気持ちとともに歩いた山だったが、天候はとてもよく、富士山、八ヶ岳のみならず、遠く北アルプスまでも見渡すことができた。
 薬師岳、観音岳、地蔵ガ岳からなる鳳凰三山は、その名のとおり信仰の対象となってきた山々である。地蔵ガ岳を見上げる賽ノ河原には、たくさんの小ぶりなお地蔵さんがまつられており、風雨に摩耗して顔もわからなくなった古い地蔵からは、はるか昔の人々の気配も漂うのだった。
 同行者が古い寛永通宝を見つけたのには、おどろきつつ胸が高鳴った。
 それこそ、どのような生業の人がここに登り、賽銭をそなえたのだろうか。きちんとそなえなおし、手をあわせた我々であった。

 話は飛ぶが、戦後の日本は「海外から資源を輸入してものを作り、それを再び海外に売ること」を生業としてきた国だろう。
 先頭を走っている時はよかったが、商売がたきがどんどん増えてきたためや、掘りまくればいつかはなくなる自然の成り行きとしての原材料価格の上昇に、さまざまな物事が変化せざるを得ず、ようやくはっきりとあせりを感じてきた、今はそんな状況であろうか。
 山登りや土いじり、あるいは歌舞伎や落語や相撲といったものに中高年が惹かれていくのは、そういうせわしない現代を感じることに疲れるから。「そうじゃない日本」が感じられるものに、ホッとするからではないかと思っている。
 昔がいいなんて幻想にすぎないと、うすうす知っていてさえもだ。
 そういう「変わらない自然」や「むかし」に心の落ちつきを感じずにはいられないのが、老いとはいいたくないが、人の心のいきつく先なのだろう。
 そうなりつつある自覚は大いにある。
 怪獣ものは今でも好んで見ているのに、大人になってからソフビ人形を買ったことはなかったのだが、ふと売り場をのぞいて、最近の人形の出来のよさにおどろいて思わず真剣に見入ってしまった。
 そして吟味して買った3体は、みんな最初の「ウルトラマン」に出てきた怪獣だったのである。
 私にとっての古典、伝統への回帰の気持ちがそうさせたのだと思うけれど、それはちがうだろ、と思う人は思ってくれてかまわない。
 歌舞伎をよく見るようになり、生の落語や相撲へも足を運ぶようになった。山登りも、ぶつくさいいながらも継続していけそうな趣味になりつつある。
 手を出していないのは土いじりだが、そのうちネロンガやベムラー(ともに怪獣)を大事になでまわすように、土や植物をいじくる日が来るような気がしている。

第十四回 「ああ、山梨県を見る目の変化」