吉田戦車「日本語を使う日々」

第十五回 「遠足豪、湯河原をゆく」

第十五回 「遠足豪、湯河原をゆく」

 スケジュールがきつい月末を抜けた、11月1日土曜日、快晴。
 日中は汗ばむほどになりそうな、なんともいえない遠足日和だった。
 伊藤理佐先生も前々日、徹夜で連載を一本描きあげ、「きつさ慣れ」している遅筆漫画家の意地を見せた。
 伊藤先生の各担当氏からは「毎月旅行に行け」(原稿を早く入れてくれるから)という希望が出ているそうである。
 日帰りを条件に選んだ目的地は、神奈川県の湯河原だ。
 20年近く前に一泊したことがあるが、町のどのへんの宿に泊まって何を食べたりしたのか、まったく覚えていない。
 知らない町にいく新鮮さがあり、例によってほとんど下調べはしないで出かけた。

 明治時代からの、多くの文豪ゆかりの地である、という知識はある。
 多くの文人墨客が、カンヅメになったり芸者を呼んだりしてきた町であるようだ。
 あっ、「ぼっかく」と読むのか。ぼっきゃくだと思っていた。
 「剣客」も同様で「きゃく」と読んでもいいとしても、文豪なら絶対「かく」と読むような、そんな教養のちがいのようなものはなんとなく感じられ、自分を恥じた。
 たとえば「重複」は「ちょうふく」であって「じゅうふく」など私は認めん、というような、そんな頑固な気配が文豪にはあり、あこがれる。
 そういう文筆の豪の者たちが、気分を変えて頑固な脳を休めつつ仕事にうちこめる、ちょうどよい距離感が昔はあったのだと思う。
 今は新幹線もあれば、ロマンスカーで小田原乗りかえということもでき、あっという間に着く。
 今回は新宿からその小田急ロマンスカーに乗ったのだが、この特急列車がすでに行楽の道具だ。もちろん通勤にも使われているのだが、土曜日ということもあり、うしろの席の年配の女性二人連れが旅程の相談をしていたりして、休日感に心が浮き立つ。
「そのうち富士山にも登りたいのよ」
「私はもうむりだわ、富士山は」
「ケーブルカーがあるでしょう」
「…ケーブルカーはないんじゃなかしら」
 すばらしい休日会話だ。
 が、コーヒーを飲もうと思ったら車内販売がない列車で、浮き立った心は軽くしぼむのだった。
 友人に「ロマンスカー豪」とでもいうべきロマンスカーファンがいるが、彼なら絶対このような失敗はしないだろうと思うと悔しい気持ちになった。

 小田原でJRに乗り換え、湯河原に降り立つ。
 新しい没個性的な駅ほどつまらないものはないのだが、湯河原駅はそれなりの古さを残しており、駅前の雰囲気がなかなかよい。
 あちこちに「湯河原名物 たんたんたぬきの坦々やきそば」ののぼりが立っており、それ専用のマップもあった。町内50ほどの店舗で食べられるようだ。
 なぜタヌキなのか。
 駅構内にあった説明によれば、湯河原には「狩人に傷つけられたタヌキが湯治をして、あっというまに傷がいえ、その後は美しい娘や若者に化けて、心身に傷のある人を温泉に案内した」という故事があるからのようだ。
 古い温泉街につきものの、夜の商売なども想像させる、いい故事だ。
 そういえば「性豪」などという言葉も世の中にはあり、文豪にしろ性豪にしろ遠い自分を思って、ちょっとしんみりした。
 昼時だったがまだあまり空腹ではなく、あとで食べようと思いながら焼きそばマップをもらい、ちょうど来たバスに飛び乗る。
 奥湯河原入口というバス停で降り、「もみじの郷ハイキングコース」という道を歩いたのだが、なかなかのアップダウンがあり、30分ほどで歩けるかと思ったら2時間を越えた。
 紅葉にはまだ早く、ちょうどこの文章がアップされてから一ヶ月ほどが見ごろではないだろうか。私はもうしばらく休日はないと思うので、とても悔しい。
 上の方にはちょっとした広場があり、仲間と弁当を広げていたおじさんからミカンをもらう。おそらく地元産のミカンだろう。下り道でちょっと迷子になった我々の飢えと渇きを、そのミカンは救ってくれた。

 「豪の者」は4コマ漫画でネタにしたことがある。
今回の一枚(クリックすると大きく表示します)
 「全豪オープン」はテニスの大会じゃなくて「世界中の豪の者が集い、豪っぷりを競う大会」と思っていた! というネタだったと思う。
 文豪、性豪、酒豪、富豪、豪商、豪農、豪傑がつどい、それぞれの技をぶつけあう異種競技。その大会の様子は描写しなかったが、そこに天候である「豪雨」も参戦して大さわぎになったりするのかもしれない。
 そんなことを考えながらようやく万葉公園にたどり着いたのだが、めあての足湯は混雑していて、芋を洗うようなありさま。日差しも強く、入る気持ちは一瞬で失われた。
 腹がへったので焼きそばを食べる店を探そうと、駅のほうまでさらに散策することにしたのだが、営業が夜からだったり、やっていてもどうも食指が動かなかったりして、迷いに迷う。
 「食指」というのも味わい深い日本語で、ひとさし指のことなのだが、元は中国の故事から来ているらしい。「おっ、うまそうな店」と思ったからといってひとさし指は動かないわけで、言葉としてだけ残っているその存在感がなかなかよい。
 空腹がせつないほどになってきた。
 マップを見て、これはとっとと駅前にいった方がいいと思い、ふたたびバスに乗車。
 駅前のみやげ物屋の2階の店に入る。そば、うどんをはじめ、なんでもあるような駅前レストランだ。味の想像はつくが、チェーン店などにくらべれば食指は動くタイプの店。カレーライスと坦々やきそばをたのむ。
 カレー、普通にうまい。業務用か?とも思ったが、ご飯がおいしく、満足感があった。
 坦々やきそばは、各店にそれぞれの特徴があるようで、いろいろ食べくらべるおもしろさがあるのだろうと思う。こってりしていて適度に辛くてビールによく合った。
 新名物の候補として「たぬき焼きそば」(天カスをたっぷりトッピング)という案もあったりしたが、あまりにも油っこそうで却下されたのかもしれない、などと考えた。

第十五回 「遠足豪、湯河原をゆく」