第二十一回 「本当にいたらいやだな汗血馬」

第二十一回 「本当にいたらいやだな汗血馬」

 前回は甲子園に書いてもらって光栄だった。しかし、本当に甲子園が私に憑依を? 自分でもよくわからないのである。
 汗ばむことも多くなってきた5月、野球から汗続きで今回のテーマは「汗」にしようと思う。
 汗くさいテーマだけど、我々は汗をかかずにはいられないし、汗のない人生などつまらない。
 サブタイトルの「汗血馬」とは、血の汗を流し、一日に千里を走るといわれた中国の名馬だという。
「血の汗流せ」は『巨人の星』においては「そのくらいのつもりで練習しろ」というような意味だが、本当に流す生き物がこの世にいるなんて、最初に知ったときはおどろいた。いや、誇張や比喩かもしれないのだが、とにかくたいへんドラマチックな馬であり、もちろん涙も拭かなかったのだろう。そういえば星飛雄馬の名前にも馬がつく。汗血男、それが彼だったのか。

 年を重ねていくにつれ、汗のかき方が変わってきた。体の汗はそう変わらないが、顔にかく汗が明らかに増えた。若いころはハンカチはおもに手だけを拭くものだったが、どんどん顔の汗を拭く割合が増えてきた。夏以外の季節にも顔汗をかくようになったわけであり、よく考えたら2枚持ってトイレ用と使い分けたほうがいいような気がしてきた。
 最近気に入りのハンカチは、手ぬぐいを半分に切ったものである。尻ポケットの中でもすぐ乾くし、すぐれた布だと思う。
 そう暑くない季節にどういうことで顔汗をかくかというと、食事である。食べものの熱、辛さ、そしてすっぱさに反応する。
 高校時代からの友人に「酢探知機」と呼ばれている男がいる。冬に居酒屋で大汗をかいているので不思議に思うと、お通しのマカロニサラダのマヨネーズの中の酢を探知していたりするのだった。その「酢探知機」に、自分もなってしまった。そういえば父親もそんなところがあり、遺伝的なものかもしれない。
 寿司屋でしきりにハンカチで顔を拭く。ドレッシングや冷やし中華でも汗が流れる。そういう体質ではない人から見れば奇異なものだろう。別にそれで困ることはないので、気持ちよく布で顔を拭いてからお勘定だ。

 遺伝ではなくて、友人にしろ父にしろ自分にしろ、酒好きと関係しているような気もしてきた。
 陰陽五行によれば、五臓の「肝」は五味の「酸」と対応して今回の一枚(クリックすると大きく表示します)いるとのことだ。酸っぱい味は肝臓にいいということらしい。肝臓が疲れていて酢が効いているからこそ、その反応として汗が出るのではないか? と素人考えをしつつ、ちょっともろみ酢を飲んでこよう。
 額にじんわり汗をかきながら話は変わるが、漫画家はその漫画家生活において、何個、何筋ぐらい汗を描くものだろう。私はけっこう描いている気がする。スポーツ漫画を描く作家も多そうだ。逆に、少女漫画家はあまり描かないのではないだろうか。
 ためしに大好きな『エースをねらえ』の第1巻から、できるだけ汗の多いページを探し、1ページ中の数を数えてみた。選手だけではなく、緊迫した観客の汗も描写されている。
 8個。
 さすがに少女漫画とはいえスポーツ漫画である、というところか。
 次は『巨人の星』第1巻の試合シーンだ。
 24個。
 顔に描かれた以外の、空間に飛び散っている個数が多く、納得の数値である。
 次は拙作『スポーツポン』第1巻。
 21個。
 『巨人の星』に迫る勢いというか、4コマ漫画の4つのコマにこれだけ描いているのだから、勝ったといってもいいかもしれない。
 汗の種類を表す日本語として思いつくのは「冷や汗」だろう。運動ではなく、心がかかせる汗ということか。「脂汗」、これもどちらかというと精神的な汗だろうが、できればかきたくない、とてもいやな字面である。他には「寝汗」「大汗」など出る時間帯、量を表すもの、「手汗」「足汗」など出る部分を表現するものぐらいか。
 汗の種類があまり多くないことがちょっと意外である。もっとあるような気がしていた。「悔し汗」「なごり汗」「別れ汗」など、単語っぽいものを考えてみたが、そんな汗はないのである。
 そういえば、スポーツによるさわやかな汗をしばらくかいていない。歩きや自転車で汗はかくが、散歩レベルであり、積極的に汗を流す快楽はない。春先にスケートとボウリングをしたときは、汗ばみはしたが、かくというほどではなかった。
 汗ばむの「ばむ」も考えてみれば不思議な日本語だ。汗ばむ、黄ばむ、気色ばむ。「ばむもの」の種類はそれぐらいしか思いつかない。他にももっとばめばいいのに、と思う。
 スポーツ、酸味のほかに、日常的に汗をかく機会といえば風呂がある。
 だが私はあまり長風呂は得意ではない。風呂は汗を洗い流してさっぱりするもので、温まりたいとは思うけど、大汗をかく場所ではない、という思いがある。サウナなど苦手で、あまり積極的には入らない。
 最悪なのが「砂風呂」である。2度ほど経験したが、苦しくて泣きそうになった。どうも私には向いていないようだった。
 妻の伊藤に誘われて、一度ぐらい経験してみようと岩盤浴にいったことがあるが、これもリピーターにはならなかった。比較的低温なので楽だったし、それなりに気持ちよかったが、熱い岩で汗をかくより、岩を持ち上げたりしてかくほうがよい。
 ただ、砂風呂と同じで「ガツンと汗が出て気持ちいい~」という、汗が出づらい人の気持ちも想像はできるのである。酢で汗をかける自分はやる必要がないというだけのことだ。
 岩盤入浴後、伊藤に「岩盤浴でかく汗はお肌にいいので、湯や水で流さないほうがよい」といわれた。汗をだらだらかいた体を拭いて、そのまま服を着ろというのだ。数時間はそのままでいろだなんて、そんな気持ちの悪い入浴があるか。
「肌にはいいのかもしれないが、いいことよりも大事なことはある」
 我ながらうまい言葉で叱りつけた。

ほかのコラムも見る