吉田戦車「日本語を使う日々」

第二十六回 「秋風すっぽこ旅」

第二十六回 「秋風すっぽこ旅」

 伊藤理佐の取材のつきそいで、岩手と宮城に行ってきた。
「学校寄席」などとも呼ばれる、一般の人は見ることが出来ない落語会の取材である。
 なんで腹のでかい人間が新型インフル流行のこの時期にそんな仕事をやらねばならんのか、と思うが「引き受けたのは夏前で、まだ流行っていなかった」ということだ。
 まあ私にとっても、柳家喬太郎他そうそうたる面々の噺がただで聴けて、しかもアゴアシつき。断る理由がない魅力的なお話ではある。
 それに盛岡は、地方麺好きとして心がおどる街でもあった。
 ほんのひと月ほど前に同地を訪れており、盛岡3大麺の一つ「じゃじゃ麺」を初めて食べ、大いに気に入っていたからだ。
 中国の「ジャージャー麺」を元に考案されたといわれるそれは、ゆでたての太いうどんに肉みそをかけたものだ。具のネギ、キュウリとともによくかきまぜ、好みでニンニクやショウガ、ラー油、酢を入れて、無言で食べる。
 別に無言じゃなくてもいいのだが、店内にはおしゃべりなど許されない、麺と食い手の真剣勝負のようななにかが漂っており、好感が持てた。店の人たちはむしろ談笑していて、客に緊張を強いたりはしていないのだが。
「じゃじゃ」と変化したその語感が、なにやら地元の言葉のようにも思え、口に気持ちいい。
 今回はそういう「口に出すことがうれしい」日本語に、なんとなく出会う旅になった。

 岩手でそういうことばといえば、昔話の最後にいう「どんどはれ」が思い浮かぶ。濁点が二つあるとは思えない温かみがあり、郷愁をさそう。
 言葉のぶっとび方では他の地方の同様のことば「とっぴんぱらりのぷう」に一歩ゆずるが、ぬくもりでは負けていない。勝ち負けじゃないけど。
 それにしてもどこの自由な脳の持ち主が最初に使ったんだろう、とっぴんぱらりのぷう。
 じゃじゃ麺を食べるひまなどなく、高校に向かう。
 インフルエンザは心配だが、学校を訪れること自体は楽しみだった。学校に漂う雑然とした気配は、漫画家にとって資源の宝庫だ。あ、運動部の部室だ! 汚い!
 そうこうしているうちに落語会は始まった。前座の演目は『てんしき』。
 これもまた、発音が楽しい謎の言葉である。てんしきとはなにか、大人たちが知ったかぶりをする噺だ。
 生徒さんたちはみな礼儀正しく笑いの反応もよい。噺家さんたちにとっては実にやりやすい学校だったようだ。とんでもないバカ高校を期待していた伊藤は少々がっかりしていたが、落語も紙切りもおもしろかった。
 トリは『死神』。
 この噺の中に、知っている変な言葉があった。呪文の最後の一節だ。
「なんとかかんとか、テケレッツノパー」
 この「テケレッツノパー」が記憶の中にあったのだが、噺は初めて聞いたような気がする。ではなんの記憶だ? と、しばし身もだえしたのちに、思いあたった。今回の一枚(クリックすると大きく表示します)
 杉浦茂の漫画『猿飛佐助』に出てきたセリフではなかったか。
 リアルタイムの読者ではないが、小学6年か中1ぐらいに文庫版が出ており、熟読していたのだった。帰宅後ひっぱりだしてみると「テケレッツのオッパッパ」というセリフがあり、ちょっとちがってはいるが、これだ。
 今手元にないが、同時期にジョージ秋山著『名作落語全集』も愛読しており、その中に『死神』があった可能性もある。でも記憶の中の「バカな語感への喜び」はまちがいなくこの猿飛佐助のものだと思う。

 終了後もじゃじゃ麺を食べる時間はなくガッカリした我々だったが、駅のみやげ店に元祖の店の持ち帰りがあったので、興奮して宅配をたのむ。
 新幹線に乗り、宮城の古川駅前に投宿。
 たーらーらーらーらったったー♪(ドラクエの宿泊音)
 朝はホテルでバイキング朝食を食べられるわけだが、旅の朝食は地元の立ち食いそばが望ましい。
 古川駅に立ち食いそば・うどん店はあったが、記憶の中に、陸羽東線で3駅先の小牛田駅で立ち食いそばをすすった、新幹線開通前の青春のワンシーンがあった。
 12時に噺家さんやカメラマンと集合であり、時間はじゅうぶんにある。電車にとび乗った。小牛田の読みは「こごた」。ステキな駅名だ。
 稲刈り真っ最中の田園風景を見ながら「麺ばかり追い求めてすみません、米も食べます」などと考える。
 が、腹を鳴らして小牛田駅にたどりついてみると、どこを探してもそば屋はなかった。
「このへんに! 駅のこのへんにあったのに!」
 涙を流して悔しがる私の姿をカメラにおさめる取材妻。
 どうやらずいぶん前に閉店したようで、しょうがないので駅前に出てみる。まだ10時ぐらいだが食堂が開いていた。
 のぼりが目にとまった。
「美里のすっぽこ汁」
 美里の、なに?

 すっぽこ汁400円と、中華そば450円を注文。
 中華そばは王道のむかし味。いかにも業務用といったつまらなさはなく、しっとりとおいしい。そして肝心のすっぽこ汁だが、いや、とてもいいものをいただいた。
 単純にいえば、とろみがついた具だくさんの精進料理である。「具だくさん」はよく聞くことばだが、こんな具だくさんも初めてで、野菜やキノコや麩やうーめん(名産の短い麺)など全17種類も入っていた。
 なんともやさしい味わいで、立ち食いそば消失の寂しさはふっとんだ。美里町では町おこし的なスタンプラリーをやっていて、周辺のいろいろな店で様々なタイプのすっぽこが食べられるという。
「すっぽこ」という、たまらなく口が楽しい言葉は、長崎の卓袱(しっぽく)料理を語源とする「しっぽくうどん」などの「しっぽく」が変化したもののようだ。「具だくさんのもてなし料理」として、変化しつつ伝播してきたということかもしれない。
 たいへん満ち足りた思いで向かった次の高校は、適度に生徒さんたちのかっこうがラフで、取材先生もひと安心。休憩時間にトイレに向かうヤングの群れを、目を光らせて観察していた。
 といっても「うひゃあ悪そー」という印象はまったくなく、すれちがえばみなさんあいさつをしてくれるし、女子を中心によく笑い声があがり、噺家さんたちもホッとしたようだ。
 ごく一部の男子校など、地獄のように無反応なところもあるそうでして。

第二十六回 「秋風すっぽこ旅」