吉田戦車「日本語を使う日々」

第三十四回 「だんごラブ! 甘じょっぱさよ永遠なれ」

第三十四回 「だんごラブ! 甘じょっぱさよ永遠なれ」

 [だんご]は温かい日本語だ。
 団子と書くわけであるが、団が暖に通じるからだろうか、ほっとする温かみを感じる。
 例によって語源は諸説あるようだが、[団]という漢字の意味である[かたまり、集まり、まとまり]からきていると考えるのがしっくりくる。消防団、少年探偵団、団結の団だ。粒食に適さない未成熟な[粃米(しいなまい)]を粉にして、たいせつに食べたような歴史を思い、そういうキズもの穀類の[団]でもあるのだということが、いとおしさを感じさせる。
 いいだんごを食べて育った。
 故郷のだんごは、切りだんごがメインだったように思う。円筒形にのばした生地を1cm程度に切り、串に刺しただんごである。一関市の観光名所、厳美渓の「郭公だんご」がそのタイプのものとして有名だ。もちろん私が知らないだけで、球形の焼きだんごを売っていたお店もあったかもしれないのだが、あのタイプには上京して初めて出会った。
 県北の盛岡では、丸い串団子に甘くない生醤油を塗っただんごが名物であるといい、岩手は広い。
 ともあれ、賞味期限がその日のうちの、手作りのだんご屋さんが母の通勤途中にあり、その恩恵にあずかったというわけである。素朴で本当にうまいだんごだった。
 そういうだんごを食い慣れたため、変に生地に甘みが入った2、3日日保ちするようなだんごに出会うと、顔をしかめる子供に育ってしまった。だんごの生地は味をつけないのに限る。お汁粉に入っている餅が甘かったら、それは食べ物としてなんかちがうでしょう? そう思うのだった。

 一番好きなのはしょうゆだんごだった。甘辛いとろっとしたタレがからみついている。次がくるみダレ、そしてゴマダレ。あんこはきらいではないのに、なぜかあんこだんごは一番下位に置かれていた。
 しょうゆだんごは、いわゆる[みたらし]だんごと同様の味であるのだが、そうは呼ばなかった。そのことばも、大人になって初めて知った気がする。[御手洗]と書くらしく、京都、下鴨神社の御手洗池にわき出る泡をかたどっただんごがその発祥であるとか。行ってみたい。
 今思えば、なぜあんこに惹かれなかったかがなんとなくわかる気がする。しょうゆのみならず、くるみ、ゴマ、ずんだにも適度に塩気が効いていたのだった。あんこにはそれがなく、単純に甘かった。米粉だけの生地の味に、その塩味が不可欠、と子供心に感じたのではないかと考える。
 おはぎにしょうゆダレをかける食べ方もあり、母や祖母の手作りだったが、それはあまり好きではなかった。そもそも何味だろうが、おはぎ、ぼた餅が好きではない。ご飯粒が残る、いわゆる半殺しに搗いた状態がだめで、おこわか餅かどっちかに決めてくれ、と思っている。
 ともあれ、砂糖と醤油の甘辛い味には郷愁がある。今回の一枚(クリックすると大きく表示します)
 子供の頃、家屋の上棟式で、ご祝儀として餅や小銭をまいた。今もやっているのだろうか。[建前(たてまえ)]といっていたが、子供たちは単純に[餅まき]と呼んでいた。どこそこで餅まきがあるという情報は、すごい早さで近隣の子供たちに伝わったものだった。餅は5cmぐらいで丸く平べったく、餅とり粉がまぶしてあった。ビニールに入っていたのか、それとも紙にくるまれていたのだったか、そのへんの記憶はあいまいだが、その味は単純に餅であり、甘みなどは入っていなかった。
 それをほくほくと持って帰り、砂糖醤油につけて食うのである。素朴なものだ。誰に教わったのかは覚えていない。子供たちの間に代々受け継がれた「そうすっと、うめえんだ」という情報だったのか、それとも親の知恵だったのか。ああ、どんどん食べたくなってきた。

 そしてしょうゆだんごとともにもう一つ思い出のだんごがあるのだが、それは肉屋さんの肉だんごである。小学校も高学年になると、甘いものだけではなく、肉と油のおやつを好むようになる。今のお子さんたちもハンバーガーとか好きでしょう? 幼い頃からの常食がよいとは思えないが、その気持ちはよくわかる。
 豚ひき肉のだんごが串に3個刺さって25円だった。コロッケが20円だったか30円だったか、そのどちらかを買い食いしていた。コカ・コーラのレギュラー瓶が50円の時代である。毎日とはいかないが、たまになら使えなくもない金額であった。
 その油で揚げた肉だんごにとろりとからみついていたのが、甘じょっぱいタレであった。甘酢ではなかった。きわめてしょうゆだんごに近い、好きな味のタレだった。ランドセルを置いて遊びに出て買い求め、歩きながら食べた。
 今でもスーパーやコンビニのおそうざい売り場で肉だんごを見かけると手が伸びそうになるが、味的にはガッカリすることが多い。腹ぺこ児童の思い出として美化されているのかもしれないが、肉屋のおばちゃんの誠実な仕事に、大量生産は及ばないのではないか、とも考える。
 中華料理店のメニューにも肉だんごがあることがあり、手作り感は期待できるわけだが、タレの味も想像できるのである。たぶん酢豚的な甘酢であろう。思い出の肉だんごのタレとは確実に違うと思われ、注文することはない。

 それにしても切りだんご。なんとしてもすぐに食べたくなってきた。帰郷は待てない。「糸切りだんご、あやめだんごとも呼ぶ」という情報をもとにネットで調べると、都内でも商っている店があるようだった。できれば徒歩か自転車圏内にあるといいのだが。たかがだんごですからね、電車賃を使いたくないような気分はある。
 作り方を調べて自分で作るという手もあるが、だんごはやはりだんご屋さんで買いたい。細々とだんごを作って商うという、家族経営の[団] そして[暖]も、腹におさめたいと思う。

第三十四回 「だんごラブ! 甘じょっぱさよ永遠なれ」