吉田戦車「日本語を使う日々」

第三十六回 「タコへの疑いが晴れた日」

第三十六回 「タコへの疑いが晴れた日」

 寒い時期に生まれた子供は一歳になった。
 体重は生まれた時の倍以上、8kgを越え、きっちりと重い。そのせいかどうかギックリ腰が再発したりもしたが、冬場の散歩はやはりベビーカーではなくだっこひもで、ということになっている。親も寒い、子も寒い。ならばくっついて暖をとろうという考え方だ。
 子守りの散歩とはいえ、今のところ「魚屋つまんない、遊具があるところにいけ」などという要求はないので、近場なら、という限定つきではあるが、まだ私が好きな場所へいくことは可能なのだった。その場合も、ベビーカーよりは小回りがきくだっこのほうが散歩を楽しめる。
 様々な食料品を商う店が並んだ、デパ地下の一画を歩いていた。子供はすでに寝ついており、ちょっとした買い物をすませつつ、今回の一枚(クリックすると大きく表示します)商品見物を楽しんだ。
 うまそうな鮮魚が並ぶ魚屋さんに、その手書きの札はあった。
「新ガタ 赤ナマコ」
 ……新型?
 立派な赤茶色いナマコがトレイの水の中に横たわっている。たしかに、以前見たナマコよりかっこいい気がしないでもない。それにしても生き物に新型はないだろう。遺伝子組み換え生物だとでもいうのだろうか。
 10秒ほど考えたが、答えは「新潟」であるのだった。
 新潟産か。よかった、攻撃力やスピードが倍になったようなナマコじゃなくて。
「潟」の字を書けるか、と問われれば自分も不安なので、カタカナ表記にした魚屋さんの気持ちはよくわかる気がした。
 わかったからといって、ナマコは買わないのだった。好物なのだが自分でさばいたことはない。怖いのか? そうかもしれない。
 今後の課題としたい。

 読めるけど書けない地名というのはまだまだ多い。かつて年賀状で、ローマ字で住所を印刷してくる知人がいたのを思い出した。katusikakuとかいわれても葛飾って漢字を書けないんだよこっちは、と、プリプリしながら地図を調べたことを思い出す。残念ながら年賀状のやりとりは自然消滅した。
 関係ないが年賀状といえば、正月3日にツイッターで、ひどい二日酔いだったせいもあってこんな毒を吐いてしまった。
「差出人に連名でペットの名前が書いてあるのを見ると、なんだかなーと思う」多くの賛意ももらったが、
「何がおかしいの? 頭くる、ひどい!」的な反発もいただき、もうしわけない気持ちになった。
 これはもう、ペットを家族と思い、大事にしている気持ちのままに、好きにしていい世界であった。美意識は人それぞれであり、時代によっても変わる。私は古い人間というべきか、どんなにペットを愛していても、絶対人間のあとに名前は書かないだろうと思うのだが、そういう感じ方を他人におしつけてはいけないのだった。
 ただ今年、実の妹といとこから、ペット連名年賀状がたてつづけにきてしまったため、お前らそれでもオレの身内か!と思ってしまい、件の発言になったのだった。
 いとこの家の犬はまだいい。私も会ったことがあるし「おお、あいつも元気か」的な気持ちはないでもない。しかし、妹の年賀状には会ったこともないウサギの名前が連名にされており、
「ウサギなど知るか!」
という気持ちになったのだった。妹的には干支にからめたということもあるのだろうし、卯年の兄に対するあいさつであったのかもしれない。
 ペット愛はわかる。幼稚園児の情操教育としてもウサギはとてもいいものだろう。ただ、兄妹ゆえに重ねていわせてもらえば、ウサギなど知らん。

 さて「むずかしい兄っぷり」を開陳している間にも、魚屋散歩は続いている。なんとなくタコが食べたくなって、タコを見つめていた。正月料理に酢ダコ、というお宅も多いのかもしれないが、私の家ではそういう習慣はなく、タコにはずいぶんご無沙汰していた。
 ゆでダコの足がパックづめで売られている。うまそうだ。
 めだつのは「モーリタニア産」という表示だ。国産はあまり見かけない。市場で高級寿司店に買われていくような立場に、国産タコはあるのだろうか。
 それにしても、どこだ、モーリタニア。実はアマゾン川上流の淡水湖で、とかだったらびっくりするな、と思って調べてみたら、アフリカ北西部だった。大西洋に面しており、イスラム教圏ということで、お国の人はタコを食べないということか。
 はるばる遠い海から、タコは運ばれてきている。
 そのためか、気になる添加物名も書いてある。
「エリソルビン酸」
 ソルビン酸は、確か保存料だ。その仲間なのだろうか。
 練り物などならまだしも、できれば鮮魚は無添加のものを食べたいものだが、と思い、手は出さなかった。使われていてもごく微量なのだろうし、タコ足の1本や2本なら気にすることはない、とも考える。でもなあ、ただゆでただけのタコじゃダメなのか、日保ちしないのか、と思うわけであった。
 いい機会だと思い、帰宅後調べてみた。こういうのは何かきっかけがないとやらない。
 へーーーー。
 エリソルビン酸はアスコルビン酸、つまりビタミンCの仲間であり、保存料ではなくて、酸化防止剤として使われているということだった。色などを保つため、ということか。
 そして保存料のソルビン酸とは関係がないというのだった。スペルもちがう。なんてまぎらわしい。
 ソルビン酸を必要以上に忌避するつもりはないが、ビタミンCの仲間といわれれば安心する。それがしろうと考えというものであり、エリソルビン酸というネーミングは損しているかもしれないな、とちょっと思った。
 タコすまん、誤解していたよ、タコ。
 次はためらうことなく買い物かごに入れようと思う。
 われながらやや神経質だとは思うが、小さい子もいるのだし、こういうことにも気を使いながらいろいろ食べていこうと思うのだった。
 食品売り場の散歩と原産国や添加物への興味は私にとって地続きである。我々の体を養う飲食(オンジキ、と読む読み方が好きである)の世界は、興味が尽きない言葉や知識の宝庫だ。
 やがて子供がそのへんを走り出せば、ぜったいに魚屋見学などつきあってくれないだろうなぁと、しょんぼりした気持ちにもなるのだが、それはそれで新しい散歩道で、おもしろい別のなにかは見つけられるだろう。
 
 
 
『日本語を使う日々』は今回で終了です。
長い間おつきあいいただき、まことにありがとうございました。

第三十六回 「タコへの疑いが晴れた日」