第 5回 「どさくさ」「ざぎん」「やじお」

ヨーロッパではギリシャが財政破綻、イタリアも首相辞任で大騒ぎ。古代ヨーロッパ文明の発祥地の「どさくさ」にまぎれて、日本ではギリシャ神話の神々の地(オリンポス)を社名にする会社の経営があやしくなっている。
「どさくさ」は、現代でもよく使われる言葉だろう。
「くさ」は「定まらないさまを表す」語。接尾語のようなものだと理解されてもよかろう。問題は「どさ」のほうなのである。
「どさ」は江戸時代、博徒(ばくと)狩りの隠語(スラング)であり、捕らえられた博徒が佐渡金山の鉱山掘り人足(にんそく)に佐渡送りにされたことから、佐渡をひっくり返して読んだ「倒語(とうご)」の「どさ」となった、とされる。似たような言葉では「どさまわり」(地方興行をすること)などがある。
「どさくさ」は、慶長8年(1603)にポルトガル語で編纂刊行された『日葡(にっぽ)辞書』に載っている。だが、佐渡が幕府の管轄となったのは慶長6年(1601)のことだから、わずか2年の間で言葉が辞典に載るというのは無理なことではなかろうか。そうすると、「どさくさ」の「どさ」を佐渡の倒語とする説は見直されるべきであろう。
さて、江戸時代、佐渡の金は金貨小判の原料であり、銀貨を鋳造していたのは江戸の銀座であった。
今は日本屈指の繁華街。夜の銀座へくり出そうというとき、「ザギンへ行こう」というが、ザギンも銀座の倒語である。
かつて世に怖いものは「地震・雷・火事・親父(おやじ)」といったが、夜な夜な銀座で散財する放蕩息子がいたとしたなら、一番怖いのは親父だったはずだ。最近では親父の影などはめっきりうすくなってしまった。
江戸時代、怖い親父を、息子はひそかに「やじお」と倒語で呼んで敬遠していた。父親のことばかりでなく主人など、当主のことも含めて「やじお」と呼んでいる。
図版は、黄表紙(きびょうし)の『啌多雁取帳(うそしっかりがんとりちょう)』(天明3年〈1783〉刊)から。主人の親方の目を盗んで遊びほうけてしまった番頭が、裸で追放される場面。「やじお」の顔はどこまでも怖い。

追放される番頭(左手前)と怒る主人(右奥)。「親方のやじお、はなはだ腹を立ち、古(どてら)に寝ござ一枚にてお払い箱の身となり」(色をかけた部分)とある。(『啌多雁取帳』東京都立中央図書館加賀文庫蔵)

『日葡辞書』…イエズス会宣教師が編纂刊行した日本語の辞書。約3万2800語を収録。ポルトガル語のアルファベットで記されているため当時の発音がわかる、大変貴重な資料。

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