第49回 芋名月
今年の仲秋(ちゅうしゅう)の名月(旧暦の8月15日の月)は9月19日。首都圏では、中天に浮かぶ丸い大きな月を眺めて夜を過ごした人もいただろう。 名月や池をめぐりて夜もすがら を思い出し、水に映った仲秋の名月を眺めた人もいたことだろう。 名月をとつてくれろと泣く子哉(かな) この句は『おらが春』に収められていて、一茶らしい句だと親しまれている。丸い煎餅(せんべい)のような空の月を欲しいと、ねだる子どもの様子が目に浮かぶ。まだ、長男千太郎の生まれる前なので、いかにも子ども好きの一茶らしい句である。これとは別に、 名月や膳に這(はい)よる子があらば という句もある。文政2年(1819)6月21日、生まれてわずか13か月で早世した長女の「さと」が生きていれば、という思いを込めた句である。月見に供えるお膳のところへ、可愛さ盛りの娘が生きていれば、ハイハイして寄ってくるだろうという句意である。滑稽味のある一茶の句の中にも、彼の暗い境遇を滲(にじ)ませながら詠まれたものが結構多い。 |
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| 芋たちが地獄でいろいろな目に合うのを朝比奈(あさひな)が巡って見て歩くという、山東京伝(さんとうきょうでん)の黄表紙(きびょうし)『一百三升芋地獄(いっぴゃくさんじょういもじごく)』(寛政元年〈1789〉刊)より。ここは賽(さい)の河原。地蔵が芋たちに、「芋籠へ入れて土用見舞につかわせる」と言っている。 |
| 小林一茶…1763~1827。江戸後期の俳人。信濃の人。江戸に出て俳諧を学び、全国行脚(あんぎゃ)の旅に出る。晩年は故郷に帰って俳諧の宗匠となる。日常生活を平明に詠む俳風を確立させた。 |





