第31回「いただく」と「くださる」

第31回「いただく」と「くださる」

 年賀状や寒中見舞いなどの返信で、「(寒中見舞いの)おはがきをお送りいただきましてありがとうございました」などのように書くことがあります。このように、人から物をもらったり、厚意を受けたりした場合には「~いただきまして」「~くださいまして」という表現を用いることが非常に多いものですが、この「いただく」と「くださる」について、どのような違いがあるのか、使い方に迷うという声をよく耳にします。
 結論から申しますと、丁寧度や敬意の度合いからすれば、この2つはそう違いがないものと考えられます。ただ、ひとつ違いがあるといえば、それは敬語の種類が違うという点でしょう。たとえば、次の文を比べてみましょう。

  A「ご本をお送りいただきまして、ありがとうございました」
  B「ご本をお送りくださいまして、ありがとうございました」

 Aの「お送りいただく」は、「お(ご)~いただく」の形で「~てもらう」の意の謙譲表現を用いたものです。それに対してBの「お送りくださる」は、「お(ご)~くださる」の形で「~てくれる」の意の尊敬表現を用いて表した言い方といえます。
 自分が「いただく(もらう)」というのは、相手が「くださる(くれる)」と同義なわけですから、どちらでも正しいことになり、敬意の度合いとしてもほとんど違いがないと言っていいでしょう。しかし、もし区別するとしたら、「いただく」は、どちらかと言えば自分が相手に頼んだ場合に使われ、「くださる」は、自分が相手に頼んだことでなくとも、相手の意思で何かをしてくれるような場合に使われることが多いのではないかと感じます。
 具体的な場面としては、次のような例です。

 場面1 自分が注文した本を書店などから送ってもらった場合
   →「(私が注文しました本を)お送りいただきまして」

 場面2 先生が自分の本を送ってくれたような場合
   →「(先生のご著書を)お送りくださいまして」

 と、このような使い分けをされると考えられます。ただし、実際には、場面2のように、自分が頼んでいない、相手の自発的な行為であった場合でも「お送りいただき」という表現もしばしば使われています。これはなぜかと考えますと、頼んだりお願いしたりしたわけでもなく相手の厚意によることに対して、相手から厚意を受けたという部分を強める意味で「(ご著書を)お送りいただき」という謙譲表現が使われるのではないでしょうか。頼んだわけでもないのに自分にまでお心くばりいただいて…と恐縮する気持ち、厚意を受けたことをありがたく思う気持ち、そのような感情から「いただく」という表現が好まれるのでしょう。

 ここで注意したいのは、これとは反対に自分が相手に明らかに何かを頼んだような場面で「くださる」を使うのは、違和感を生じることもあるという点です。たとえば以下のような例です。

 場面3 自分の会合への出席を無理にお願いしたような場合
   →△「本日はご出席くださいましてありがとうございます」

 場面4 自分が渡してもらいたいと頼んだ場合
   →△「資料をお渡しくださいましてありがとうございます」

 場面3のような場合、相手は、「あなたからどうしてもとお願いされたから出席したのに」などと不自然に感じる恐れもあります。ここは「このたびは(ご無理を申して)ご出席いただきましてありがとうございます」などのほうが言葉としてなんとなくおさまりが良くしっくりくる感じがします。場面4も同じく、「(お願いいたしました)資料をお渡しいただきましてありがとうございました」などの表現のほうが自然に感じられます。この2つはいずれも、自分が相手に「出席」や「渡す」という行為を頼んで行ってもらったために、「~いただく」という表現が適当という印象を受ける例です。
 言葉として決して間違いでもなく、意味上の違いや敬意の差がほとんどない言葉であっても、どのような場面において使われるかによって受ける印象は違ってくるといえるのでしょうね。

 

 
第31回「いただく」と「くださる」




ほかのコラムも見る