第17回 「あとぜき」って何をすること?

第17回 「あとぜき」って何をすること?

 「あとぜき」(写真)。熊本市内の図書館の出入り口に貼られた注意書きである。公共施設でありながら、よそ者には何とも不親切な貼り紙ではないか。今回の一枚:クリックすると大きくなりますそうは言っても、学校の教室や職員室の出入り口にも貼られていることが多く、熊本県人には定番の表現だからどうしようもない。意味は「扉を開けたあとは必ず閉めなさい」。熊本ではまったく当たり前の表現なのだ。この仮名4文字にそれだけ多くの情報がこめられているとは…。戸をきちんと閉めずに入ってきた輩に対しても、「ちゃんとアトゼキせんか!」と言えるわけである。共通語ではその状況にピッタリのうまい表現が見当たらない。なんとも使い勝手の良いことばなのだ。

 アトゼキの語源は、「戸を開けたあとをせく」で、その「せく」は、奈良時代から使われている古語の「せく(堰く、塞く)」に当たる。もともとは「水を堰きとめる」意味で使われていたが次第に空間を「塞ぐ」意味に広がっていったようだ。単に「戸を閉める」意味のセクは九州全域で使われるようだが、アトゼキとなると、なぜか熊本限定の表現なのだ。熊本県外で使って初めてよその地域で通じないことに気づくらしい。

 「門、戸、襖、障子などを閉ざす、閉める」意味では、古くは「立てる」が使われていて、『万葉集』にも用例が見られる。したがって、使われる地域も東北北部や九州南部をはじめ全国に点在しており、周圏分布の様相を呈している。「戸を立って」と言われて、玄関の前で立ち尽くしていたなどという笑い話もある。

 ちなみに、茨城や福島の一部では、「ふすまやドアなどがきちんと閉まりきっていない状態」をケツヌケ、シリヌケと言う。「さみー。ケツヌケんなってっぞ。」と言われて、慌ててお尻をおさえたという女の子もいるほどで、誤解を招きやすい表現だ。

 ところで、昔の戸締りは、両開きの扉であればかんぬきをかけたり、引き戸であれば心張り棒と呼ばれるつっかえ棒で固定したりしたもので、地域によってはその名残りが、「鍵をかける」言い方として使われている。代表的なものは長野、静岡を中心に使われているカウだろう。北海道、東北北部ではカルだが、特に北海道ではかつて「鍵をかける」ことを「ジョッピンカル」と言っていた。「ジョッピン」は外来語のような響きだが「錠前」のことを指すらしい。さすがに今では使う人も少なくなってきている。

 静岡のツメルも「鍵をかける」意味だが紛らわしい。北海道や、四国、中国の一部、熊本などでも使われていて、古い用法の名残りのようだ。

 なお、栃木ではカタメルと言う。確かに施錠することは家の「守りを固める」ことにつながるわけだ。

第17回 「あとぜき」って何をすること?




    


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