第五回 「ごちそう尽きて、ごちそうさま無し」
2007年度小学館コミック編集部の謝恩会に出かけた。
ここ数年は連載のしめきりと重なり、昨年は行けなかったし、行けても原稿データを入れたCD-Rを二次会会場にいる担当編集者に届けに行ったついでにちょっと飲む、みたいなことしかできなかった。
久しぶりに帝国ホテルで開かれる盛大な一次会に行ってみようと思ったのは、伊藤先生とともにあいさつしてまわることで、
「悪い冗談じゃなかったんだ」
ということを、人々に認識してもらうことができるな、と思ったからである。
パーティーでしか会えない人もいるわけであり、今年ぐらいはそういうことをするべきではあるまいかと考えた。
いつもはだらしないかっこうの編集者たちも、この日ばかりは黒っぽいパリッとしたスーツ姿である。ジーンズにフードつきパーカの、先日あつらえたばかりのジャケットを着ることなどみじんも考えなかった私は、そんな窮屈そうな彼らを見て、心の中で歓声をあげる。
マンガ家でよかった!
マンガ界のパーティーの客であるからこそ、壮麗な帝国ホテルの会場でラフきわまりない服装をしていても、
「お客様、失礼ですが」
などと追い出されたり、店に用意してある貸し背広を無理矢理かぶせられたりすることはないのだ。
さすがにある程度の年齢の先生たちは(自分もその年齢に含まれますが)カジュアルなジャケットなどを着こなしてらっしゃるが、無理しなくていいのに。
20年ぐらい前になるだろうか。ドレスアップ率が高かった印象がある某出版社のパーティーに、今年とほぼ同様だがもっと汚い感じの、仕事着のようなもので出席したとき、岡崎京子先生に
「平服にもほどがある!」
と笑われたことを、ふと思い出した。
同い年である。飲酒運転の車にぶつけられるという不幸な事故にあわなかったら、この年代になってどのような作品を描かれていただろうか。
そんなことをしんみり考えているひまもなく、すでにパーティーは幕を開けており、気合いを入れてあいさつ回りをしなければならない。
マンガ業界のパーティーとはいえ、さすがに人々の服装は全体的にかっちりと黒っぽい。編集者以外にも印刷所その他の様々な出版関係の勤め人の方がいらっしゃっているからだろう。あらためて、スーツというのはサラリーマンの汎用多機能戦闘服であることよなあ、などと考える。
そして20年前とはちがうんだから、私も少しは服装に気をつけなければならないのかも、という思いもちらりと頭をかすめる。
ハッ、と横を見ると、伊藤先生もそれなりにパーティーの場で失礼じゃない黒い服を着てきているのだった。気づくのが遅い。
某編集長を見かけたので、声をかけた。伊藤先生とも旧知のようであり、毎週仕事をしている私によりも親しげに「おめでとう」などと話しかけており、くやしい気持ちになった。
ちょっとえらい先輩作家のみなさん(あいさつをしたことがあるけどむこうは記憶にないかも、ぐらいの距離感)にも伊藤はけっこう知り合いが多く、受けもよい。それは私にはたのもしいことなのだが、
「お誘いを受けても、気楽にこの女は飲み会にいけなくなるかもしれません。どうもすみません!」
というような気持ちがあり、恐縮してしどろもどろになった。