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第5回 ゴキブリで学ぶネット検索
2015年5月4日 山根一眞

「Wikipedia」の問題点、ふたたび

 ちなみに「Wikipedia」で「ゴキブリ」を検索してみたところ、
 世界に生息するゴキブリの総数は1兆4853億匹ともいわれており、日本には236億匹(世界の1.58%)が生息するものと推定されている[1]。
 なんていう記述があった。
 お尻についている ”[1]" は出典を意味するのでそれを見ると、
 a b c d e f 安富和男 2000.
 とあり、6か所もの記述が安富和男さんの文献著書からの引用らしいことがわかった。つまり、この「ゴキブリ」の項目はゴキブリの研究者が書いたものではないようだ。
 それを物語るかのように「参考文献」には、こう記してあった。

参考文献[編集]
安富和男「ゴキブリ3億年の来し方,行く末(創立20周年記念号)」、『家屋害虫』第21巻第2号、日本家屋害虫学会、2000年1月30日、 63-67頁、 NAID 110007724177。
 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明示してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2012年3月

 あれまぁ、「この記述じゃダメよ」と警告を受けているのだ。
 しかも、このページの冒頭にも囲みでこう記してあった。

 この記事の内容の信頼性について検証が求められています。
 確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。出典を明記し、記事の信頼性を高めるためにご協力をお願いします。議論はノートを参照してください。(2010年8月)

 この「ゴキブリ」の記述全体の信頼性に疑問が投げつけられているのだ。
「Wikipedia」の「ゴキブリ」の項目に記されている「信頼性」に対する検証と引用の出典を正確に記すよう求める忠告。こういう機能は「Wikipedia」に必須のものだ。こういう忠告入りの項目は安易な引用をすべきではない。
 指摘されている「議論」の「ノート」を「参照」してみてびっくり、「炎上」してました。「議論するように」という表示がされてからすでに5年。膨大な意見のやりとりの「ノート」を読んでみたが、まったくもって収束していない印象です。
 「Wikipedia」は多くの人たちが共同して作りあげていく「進化する百科事典」ではあるが、「信頼性」が確定しないままという項目が多いのだろう。これが「Wikipedia」なんだなぁとしみじみ(私は「Wikipedia」の成長を願って寄付もしているんですが)。
 引用されていた安富和男著の「ゴキブリ3億年の来し方, 行く末」(「家屋害虫」Vol.21、No.2、2000年1月)の論文のオリジナルは「学術論文」のデータベースですぐに見つかった。
 「本稿は本学会の20周年記念大会 (1999年11月26日)で講演した」とあり、著者は日本昆虫学会名誉会員。しかし、この論文には「世界に生息するゴキブリの総数は1兆4853億匹ともいわれており、日本には236億匹」という記述はなかった。
 試みにネット上で、
 "世界に生息するゴキブリの総数は1兆4853億匹ともいわれており、日本には236億匹"
 で検索してみたところ、280件もがヒット。そのいずれもが、「信頼性について検証が求められている」この「Wikipedia」からのまるまる引用だった。
 世界に生息するゴキブリの総数は1兆4853億匹ともいわれており、日本には236億匹
 の引用元がどこなのか安富和男さんの著書『ゴキブリ3億年のひみつ―台所にいる「生きた化石」』(講談社・ブルーバックス、1993年刊)を入手し読んでみたが、この記述ではやはりなかった。安富さんは一般向けのゴキブリや昆虫の本を多く出版している。今、それらを全て注文したので引用元を探してみるつもりだ。
 ネットでは、ちょっと面白そうな記述があると出典を確めもせずにブログやホームぺージにどんどんコピペされ、拡大していく宿命にある。その記述が、信頼性について検証が求められていようがいまいが、関係なく。これは、怖い。
 かつて私は、父から、
 「オリジナルに当たれ! 孫引きはするな!」
 と繰り返し言われたことを思い出す。

 まご‐びき 【孫引】
 ある文句を引用するとき、原典・原文を調べないで、他の本に引用してあるものをそのまま用いること。(日本国語大辞典・小学館)

 安富さんの、『ゴキブリ3億年のひみつ―台所にいる「生きた化石」』を読んだが、ゴキブリに限らず昆虫の進化にも詳しく、とてもダイナミックで素晴らしい内容で感動しました。さすが日本最大の新書版科学書シリーズ「ブルーバックス」ならではです。安富さんは、「ブルーバックス」で『すごい虫のゆかいな戦略』、『へんな虫はすごい虫』も出版しており、『ゴキブリのはなし』(技報堂出版刊、1991年刊)などしっかりしたゴキブリの本も書いている。もっとも今年91歳と御高齢なので、現在の「Wikipedia」の記述はすべて削除した上で、安富さんのお弟子さんにきちんと書いてもらうべきでしょう(という編集者がいないところが「Wikipedia」の弱点だが)。
 ゴキブリを通じてネット情報の検証と使い方を述べてきたが、という点で、「ゴキブリ」は役に立ちました。<第5回了>
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第5回 ゴキブリで学ぶネット検索
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著者プロフィール
山根 一眞(やまねかずま)
 ノンフィクション作家・獨協大学特任教授
 1947年、東京生まれ。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。20代からジャーナリズムの仕事を開始。先端科学技術や情報分野、アマゾン環境問題など広いテーマで「謎」を追い求めてきた。NHK総合テレビでキャスターを7年こなし、北九州博覧祭では「ものつくりメタルカラー館」の、愛・地球博では愛知県の総合プロデューサーをつとめた。2009年から母校で経済学部特任教授として環境学や宇宙・深海、生物多様性などをテーマに教鞭もとっている。3.11で壊滅した三陸漁村・大指の支援活動も続けている。主な著書に単行本と文庫本25冊を刊行した「Made in Japan」を担うエンジニアたちとの対談『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス、東映で映画化)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社)など多数。『日経ビジネスONLINE』では「ポスト3.11日本の力」「山根一眞のよろず反射鏡」を連載中、福島第一原発の廃炉技術も追い続けている。理化学研究所相談役、日本生態系協会理事、宇宙航空研究開発機構客員、福井県文化顧問、2018年国民体育大会(福井県)式典総合プロデューサーなど。日本文藝家協会会員。

山根一眞オフィシャルサイト
http://www.yamane-office.co.jp
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