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第7回 クモが夢見たインターネット網(後編)
2015年7月6日 山根一眞

ザビエル来航を例に考える種の伝来

 「ユカタヤマシログモの投網」(*1)で池田先生はこのクモが「コスモポリタン(世界共通種)」だと記しているが、さらにこんな説明があった。
 このような例はとくに、屋内性のクモに多いようです。これらのクモの世界への進出は暖房と交通機関の発達という「人為」が大きく関与したためです。その意味では文明害虫といわれるゴキブリとよく似た点があります。
 ここで気になったのが、「交通機関の発達」だった。
 ユカタヤマシログモの日本伝来はいつ、どんな「人為」と「交通機関」でもたらされたのだろう。原産地は欧州なので、たとえば明治維新以前にすでに日本に入っていたとすると、日本への西洋人の来航とともにやってきたのだろうか。
 しかし、西洋から東洋への航海は長期間にわたる。その間、船内に潜り込んだユカタヤマシログモは生存を続けられたのだろうか。
 たとえば、1549年にキリスト教を伝来させたフランシスコ・ザビエルの来航とともにやってきた可能性はどうだろう。
 子供時代に、この「1549年」を「い(1)ご(5)よ(4)く(9)広まるキリスト教」と語呂合わせで覚えたが、ユカタヤマシログモも「以後、よく広まった」という仮説は成り立つだろうか?
 
 そこで、ザビエルの航海日程を調べてみた。ザビエルがポルトガルを発って日本に着くまでには8年もかかっている。それは、多々寄り道をしていたからだった。
 1541年 ポルトガル・リスボン発
 1542年 アフリカ・モザンビークに寄港
 1542〜1545年 インド・ゴアに滞在
 1545〜1548年 インド・ゴア〜モルッカ諸島往復
 1549〜1552年 インド・ゴア〜中国広東〜日本往復
 ザビエルの航海は途中、短期間の寄港が多い。また、ポルトガルから日本に直行したのではなく、アフリカやインドでの滞在が長い。途上でインドと太平洋のニューギニア近くへの往復航海も行っている。
 船内に潜んでいたユカタヤマシログモが、そんな長い航海中、ずっと船内に潜んでいたとはちょっと思えない。むしろ、すでにアフリカ、インド、モルッカ諸島(インドネシアの東)に伝来、繁殖しており、そのどこかで「乗船」し、来日したと考えることもできるかな。
 池田先生は、「ユカタヤマシログモはヨーロッパ、アジア、北米、ミクロネシアと世界的に分布」と記している。
 「なぜミクロネシアまで?!」と思ったのだが、モルッカ諸島はミクロネシアに隣接するメラネシアだ。モルッカ諸島は香辛料の産地でローマ時代から欧州との交易があったというから、ユカタヤマシログモは紀元前には欧州からメラネシアに運ばれ、さらに隣接するミクロネシアへと広がったのかもしれない。また、モルッカ諸島でザビエルの船に潜り込んだこともあり得るだろう。
 とはいえ、ユカタヤマシログモは屋内性のクモ。なぜ長い航海で死滅しなかったのだろう。
 池田先生によれば、ユカタヤマシログモは絶食に強く、289日、349日という絶食記録があるという(基礎代謝を徹底して落とす生命活動の省エネ能力の持ち主?)。つまり、船内の隅っこで1年間くらいなら何も食べずに潜んでいられたのだ。
 各地で船に潜り込み、1年間の航海に耐え、寄港地で下船して繁殖。再び乗船してまた1年間の航海に耐えて……、というかたちで全世界に拡散していったに違いない。
 「人」とともに世界へと棲息域を広げていったユカタヤマシログモの伝播で思い出したのは、日本の野生のハツカネズミの遺伝子解析から日本人のルーツを探る研究だ。
 1980年代というずいぶん昔の話だが、国立遺伝学研究所の森脇和郎さんにインタビューしてその記事を本にまとめたことがある。
 ハツカネズミは穀物などを持つ人の移動にともなって移動するため、そのDNA(ミトコンドリア)を解析することで、日本人がどこから来たのかを解明することが可能、という内容だ。この研究調査によって、縄文人、弥生人など日本列島での日本人のルーツ分布も明らかになった、と。
「日本人の起源・ネズミの遺伝子に日本民族の原点を捜し宛てた遺伝学者・森脇和郎室長の研究成果」の一部。(山根一眞『生命宇宙への旅』1984年、主婦の友社)
 ユカタヤマシログモが「人とともに移動してきた」のであれば、同様に日本各地でこのクモのDNAを比較研究することで、日本と海外との交流史の一面が明らかにできるに違いない(という研究をする人はいないでしょうねぇ)。
 ドイツ百科事典の背表紙からクモが飛び出し、かつクモのページにクモの遺骸が貼り付いていたことから、さまざまな謎が次から次へとわいてきたが、池田博明先生のおかげで何とか今回の「調べもの」はとりあえず落着しました。
 なお、池田先生は神奈川県の高等学校で生物の教鞭をとってこられたが(2008年まで神奈川県立西湘高等学校に勤務)、2003年8月には、日本進化学会の教育啓蒙賞を受賞。長年、理科を担当されてきた。
 それだけに、『講義だけの理科の授業は無意味である』(中部大学「アリーナ、2009」第7号、風媒社)は感動的な内容で、「理科離れが深刻な日本」に警鐘を鳴らす説得ある内容だけに読んでほしい一文です。
http://spider.art.coocan.jp/biojikken/ikedarika200901.pdf
 
 また、日本のクモ研究の奥の深さは、日本蜘蛛学会や東京蜘蛛談話会で知ることができます。
http://www.arachnology.jp
http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/tss1.htm
 「調べもの」は文献や資料に当たるだけなく、その分野の専門家のお力を借りることも大事なのです。今回の「調べもの」は池田先生の多大な御協力のたまものであり、心から感謝しています。<第7回了>
 *1  クモのはなしⅡ』(梅谷献二、加藤輝代子編著、技報堂出版、1989年刊)に収載されている「ユカタヤマシログモの投網」という9ページにわたる文章<前編末尾に既出>
●次回は、7月21日に更新予定です。
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第7回 クモが夢見たインターネット網(後編)
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著者プロフィール
山根 一眞(やまねかずま)
 ノンフィクション作家・獨協大学特任教授
 1947年、東京生まれ。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。20代からジャーナリズムの仕事を開始。先端科学技術や情報分野、アマゾン環境問題など広いテーマで「謎」を追い求めてきた。NHK総合テレビでキャスターを7年こなし、北九州博覧祭では「ものつくりメタルカラー館」の、愛・地球博では愛知県の総合プロデューサーをつとめた。2009年から母校で経済学部特任教授として環境学や宇宙・深海、生物多様性などをテーマに教鞭もとっている。3.11で壊滅した三陸漁村・大指の支援活動も続けている。主な著書に単行本と文庫本25冊を刊行した「Made in Japan」を担うエンジニアたちとの対談『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス、東映で映画化)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社)など多数。『日経ビジネスONLINE』では「ポスト3.11日本の力」「山根一眞のよろず反射鏡」を連載中、福島第一原発の廃炉技術も追い続けている。理化学研究所相談役、日本生態系協会理事、宇宙航空研究開発機構客員、福井県文化顧問、2018年国民体育大会(福井県)式典総合プロデューサーなど。日本文藝家協会会員。

山根一眞オフィシャルサイト
http://www.yamane-office.co.jp
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