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第8回 幻の「東京ホテル」を探す地図の旅(前編)
2015年7月21日 山根一眞

「軍事戦略ありき」だった明治の地図作り

 それは、独立行政法人農業環境技術研究所によって公開された「歴史的農業環境閲覧システム」の明治期の迅速測図画像だ。
 そこで、「歴史的農業環境閲覧システム」を表示してみた。
「歴史的農業環境閲覧システム」のホームページ。
 このサイトにはこういう説明がある。
 明治初期から中期にかけて関東地方を対象に作成された「迅速測図」と、現在の道路、河川、土地利用図とを比較することにより、農村を取り巻く環境の歴史的な変化が閲覧できます。
 だ、そうだが、何かわかるかもしれない。
 早速「東京」を表示し、日比谷界隈で拡大したが、おお、ここでも新旧地図比較ができるではないか。しかも、「歴史的農業環境」といっても、ここでは「歴史的都市環境」もよくわかる優れものだった。『電子国土賞2012』のコンテンツ部門の受賞作品だそうだが、確かにとてもよくできていて感銘。
「歴史的農業環境閲覧システム」の比較地図で日比谷界隈を表示してみた。
 その比較地図で日比谷界隈を表示・拡大・閲覧してわかったことは、現・日比谷公園は「陸軍操練場」であり、日比谷公園の東(現在の有楽町駅前の東京国際フォーラムの西から南にかけて)も「練兵場」だったことだ。明治期、この界隈は軍の施設が多かったようだ。
「日比谷於練兵場ニ陸軍諸隊整列式之真図」(歌川広重)に描かれている日比谷の練兵場。建物が描かれているので拡大してみたが(下)、「東京ホテル」らしきものはない。出典:早稲田大学古典籍総合データベース
 もっとも、やはり「東京ホテル」の名はなく、また、この明治期の地図がいつ発行されたのかの記載もないのは残念だった(「明治初期から中期」と記載があるのみ)。
 明治期、東京は急速な近代化が進んでいたため日々変貌をとげており、施設の移転や新築が多く、地図情報は正確な発行年がわからないと、「その時」「その場所が」がどうなっていたのかがわからない。「発行年」にはこだわってほしいと思う。
 明治期の地図を閲覧できるサイトやソフトはかなり多くあるが、それらで採用している「正確な地図」は国土地理院(旧・兵部省参謀局間諜隊、陸軍参謀本部測量局、のち陸地測量部など)が作成した「地形図」が中心だ。
 明治の古地図であっても現在の地図と比較ができるのは、これら正確な測量に基づいて作成された「地形図」が用いられているためだ(「案内地図」などでは位置関係の正確さはない)。その地図上には駅や公園など公共性の高い施設の名称は記しているが、ホテルのような民間施設はよほど有名なものでなければまず記載がない。
 これら官製の正確な「地形図」について、かつて、国土地理院の地図製作者(永井信夫さん)との対談で聞いた話を思い出した。
 5万分の1の地図には、必ず郵便局の〒マークが入っているでしょう。郵便局のある集落は地域の中心。軍事的には、まずおさえるべきポイントです。それに特定郵便局は土地の有力者がやっていましたから、そこに軍隊の本部を置ける。
(「家一軒0・4ミリ角で手書きの地図」:単行本『「メタルカラー」の時代』1993年、『文庫版「メタルカラーの時代3」』1998年、いずれも小学館刊)に収載。
〔編注/文庫版は電子書籍もあります〕
 軍事拠点となりそうなものは描いてあるが、都心といえども2階建で部屋数わずか14〜15なんていうプチホテルは、官製地図には描かれるはずがないのだろう。描いておくことは、後世の歴史資料として大事になるのになぁ。
 それにしても、「東京ホテル」はいったいどこにあったんだ?<第8回了(後編に続く)>
≪文中でご紹介したサイトへのリンク≫

「歴史的農業環境閲覧システム」
http://habs.dc.affrc.go.jp/
●次回は、8月3日に更新予定です。
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第8回 幻の「東京ホテル」を探す地図の旅(前編)
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著者プロフィール
山根 一眞(やまねかずま)
 ノンフィクション作家・獨協大学特任教授
 1947年、東京生まれ。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。20代からジャーナリズムの仕事を開始。先端科学技術や情報分野、アマゾン環境問題など広いテーマで「謎」を追い求めてきた。NHK総合テレビでキャスターを7年こなし、北九州博覧祭では「ものつくりメタルカラー館」の、愛・地球博では愛知県の総合プロデューサーをつとめた。2009年から母校で経済学部特任教授として環境学や宇宙・深海、生物多様性などをテーマに教鞭もとっている。3.11で壊滅した三陸漁村・大指の支援活動も続けている。主な著書に単行本と文庫本25冊を刊行した「Made in Japan」を担うエンジニアたちとの対談『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス、東映で映画化)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社)など多数。『日経ビジネスONLINE』では「ポスト3.11日本の力」「山根一眞のよろず反射鏡」を連載中、福島第一原発の廃炉技術も追い続けている。理化学研究所相談役、日本生態系協会理事、宇宙航空研究開発機構客員、福井県文化顧問、2018年国民体育大会(福井県)式典総合プロデューサーなど。日本文藝家協会会員。

山根一眞オフィシャルサイト
http://www.yamane-office.co.jp
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