バックナンバー
第10回 長崎のティラノサウルス
2015年8月31日 山根一眞

日本初の恐竜化石と軍艦島エリア

 その化石熱中の少年時代、新聞にすごい記事が出た。長崎県でかなり大きな恐竜の化石が見つかったというニュースだ。その切り抜きを、ルーズリーフ型の地質フィールドノートに貼り付けて繰り返し読んでいたのだが、そのノートは五十数年を経た今も手元に残っている。
山根の中学時代の地質・古生物フィールドノート。小学生時代に買ってもらった大事なルーズリーフノートだ。下は埼玉県での化石採集記録だが、その化石を新宿区にあった工業技術院(現・産業総合技術研究所、在つくば市)地質調査所東京分室に持ち込み大山桂博士(1917年~1995年、著名な古生物学者で日露戦争の陸軍元帥大山巌の孫)に鑑定したもらったことが記してある。(写真・山根一眞)
トラコドン化石発見を伝える当時の新聞記事スクラップ(上)。赤茶けて読みにくくなった新聞記事だが「スキャンスナップ」(PFU社製)でデジタル取り込みし画像処理ソフトできれいに復元(下)。(写真・山根一眞)

 中生代に栄えたトラコドン
 日本で初めて化石発見
 長崎県 地下九百余メートルの坑底から

 (記事の発行年月日は不明)
 記事には「トラコドンの上腕骨の一部の化石」の写真と、復元想像図が載っていた。復元想像図は、まさに巨大な恐竜の姿だった。
 記事によれば、この化石は「三菱高島鉱業所二子立坑の一番底(地下917m)で発見された。化石に興味をもつ作業員の一人、熊本善導さんがダイナマイトで破砕した砂岩層の中に4個の「黒光りするもの」を見つけ、東京大学地質学教室の高井冬二教授に鑑定を依頼。その結果、4個をつなぎ合わせたものがトラコドンの上腕骨の一部と判明した、というのである。熊本善導さんは当時47歳(御生存中なら100歳近い)なので当時の状況を聞くことは難しい?
 では、記事に記されている「三菱高島鉱業所二子立坑」とはどこなのか?
 何と高島鉱業所とは、世界遺産となった「軍艦島」(端島)もその一部をなす当時の「三菱石炭鉱業高島鉱業所」の炭坑なのである。軍艦島からは約2km北に位置するが、後に海底坑道で軍艦島ともつながっていたのだ。その高島から海底深くに延びていた炭坑の坑道底が、トラコドンの発見現場なのである。
高島鉱で採掘されていたきわめて良質の石炭は、八幡製鉄所での高品質の製鉄に欠かせない原料だった。写真は最近入手した高島の石炭だが、石炭は地質時代の植物化石なので動物化石が混じっていてもおかしくない。写真の横縞は植物の痕跡。(写真・山根一眞)
 「高島」は、今回、ティラノサウルスが発見された長崎半島西海岸の沖、4~5kmに位置している。
 トラコドンはカモノハシ恐竜とも呼ばれていた草食恐竜だ。大型の草食恐竜が食べる植物の量は膨大。トラコドンが棲息していたことは、当時、植物がきわめて密に繁茂していたことを物語る(それらが莫大な量の石炭という化石になったのだ)。
 その草食恐竜は肉食恐竜の「食べもの」だった。ティラノサウルスのような大型肉食恐竜は豊かな森があり、大型の草食恐竜がいてこそ生存、進化を続けられたのだ。つまり、今回発見されたティラノサウルスは、五十余年前に発見されていたトラコドンは、豊かな森における補食者と被補食者という生態系を物語っていて、その2つがほぼ同じエリアで発見されたのだからことさら感慨深い(地層の深さなどの違いはあるが)。
 7月14日の発表は五十余年前の私のノートに残っていた記録(これ自体化石のようだが)と重なりちょっと嬉しくなった。そこで、長年にわたり指導をいただいてきた福井県立恐竜博物館の特別館長、東(あずま)洋一さんにそのことを話したところ、思いがけない返答があったのです。
 「高島炭鉱(二子立坑)からの化石は、発見当時はトラコドン(現在のハドロサウルス)の化石とされていました。しかし、20年ほど前に、『産出した地層は新生代であり哺乳類の化石を誤認した』と指摘され、現在では幻の恐竜化石となったんですよ」
 な、な、な、なんということ!
 私の少年時代の感動と憧れの原点は、恐竜ではなく哺乳類だった。
「高島炭坑」の坑道の底で発見されトラコドン化石とされた上腕骨の一部。上は発見当時の新聞記事に掲載された写真。下は福井県立恐竜博物館所蔵の東京大学に保存されている同化石のレプリカ。この写真には、「三菱高島鉱業所・日隈四郎,上腕骨約15cm、”上腕骨の化石”1963年、長崎市高島町の炭坑坑内から発見された骨の化石」と記されている。(写真提供・福井県立恐竜博物館)
 思いもかけない展開に無念の思いだったが、この2つの化石は別の大事なことを物語っている。
 地球上の覇者として隆盛を誇った恐竜は6500万年前に突然、絶滅した。直径10kmの小惑星がユカタン半島に墜落したためとされる。その大衝撃で地球は凄まじい火炎に包まれ、超巨大津波が巻き起こり、また長期間にわたり暗い雲に覆われ続けた。
 大型の動物であった恐竜は、食物を得ることができなくなり絶滅。しかし、ごく一部の小型哺乳類は生き延び、後、進化を続けヒトの登場につながったのだ。
 50年を経て結びついたティラノサウルスとトラコドンは、「滅びたもの」と「生き延びたもの」という対をなしているのである。
 今回、「トラコドン」から「調べもの」の教訓も得ましたね。
 私はあの新聞記事によってじつに半世紀にわたり、これが日本初のトラコドンという恐竜の化石だと信じてきた。しかし発見から30年後、それが否定されたことをまったく知らないままだった。ネット上にもその記載は見つからなかった。
 事実と異なるニュースは、一度世に出てしまうと訂正記事が出ても読者は必ずしも気づかない(そのことの方が多い)。誤りはいつまでも誤りのまま記憶として残ってしまうことが多いのだ。あらゆる情報には、こういう問題が常に潜んでいるのだと心しておかなくてはいけない。
 いやはや大変、勉強になりました。<第10回了/恐竜シリーズは次回に続きます>
●次回は、9月7日に更新予定です。
【ご意見、感想をお寄せください】
○電子メールkokugo@shogakukan.co.jp
○ツイッター/@web_nihongo
○Facebookページ/https://www.facebook.com/webnihongo
第10回 長崎のティラノサウルス
1   2

著者画像
著者プロフィール
山根 一眞(やまねかずま)
 ノンフィクション作家・獨協大学特任教授
 1947年、東京生まれ。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。20代からジャーナリズムの仕事を開始。先端科学技術や情報分野、アマゾン環境問題など広いテーマで「謎」を追い求めてきた。NHK総合テレビでキャスターを7年こなし、北九州博覧祭では「ものつくりメタルカラー館」の、愛・地球博では愛知県の総合プロデューサーをつとめた。2009年から母校で経済学部特任教授として環境学や宇宙・深海、生物多様性などをテーマに教鞭もとっている。3.11で壊滅した三陸漁村・大指の支援活動も続けている。主な著書に単行本と文庫本25冊を刊行した「Made in Japan」を担うエンジニアたちとの対談『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス、東映で映画化)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社)など多数。『日経ビジネスONLINE』では「ポスト3.11日本の力」「山根一眞のよろず反射鏡」を連載中、福島第一原発の廃炉技術も追い続けている。理化学研究所相談役、日本生態系協会理事、宇宙航空研究開発機構客員、福井県文化顧問、2018年国民体育大会(福井県)式典総合プロデューサーなど。日本文藝家協会会員。

山根一眞オフィシャルサイト
http://www.yamane-office.co.jp
バックナンバー