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第13回 鳥と恐竜のミッシングリング(前編)
2016年4月13日 山根一眞

恐竜脳の精密構造が明らかに

 じつは、昨年、2015年6月、福井県立恐竜博物館を訪ねた際、東特別館長は「山根さん、大きな成果があったんですよ」と語っていたのだ。
熱い口調で「成果」の片鱗を語ってくれた東洋一特別館長。
 それは、6年前、2009年3月の公開の際に見た、あの小型獣脚類(2007年に発見)の「脳函」のCTスキャナーによる解析データだという。あの恐竜化石、まだ研究が続けられていたのかと驚いたが、東さんは、「学会誌発表前なので、これ以上は……」と、詳細は明かしてくれなかった。それが、いやはや、福井県産では5番目の新種恐竜として、「恐竜→鳥」の進化解明に大きな貢献をする存在としてデビューすることになったのだ。
羽毛恐竜の進化を解く鍵が潜んでいると期待される小型獣脚類の「脳函」部分の化石。(撮影・山根一眞)
福井県立恐竜博物館に導入された小型のCTスキャナー。人体用では詳細な画像が得られないため、撮影範囲は小さいがこの工業用の精密CTスキャナーを使い解析が進められた。(撮影・山根一眞)
 福井県立恐竜博物館の発表資料には、「フクイベナートル」についてこう記してあった。

鳥類と非鳥類型恐竜の中間の形態をした内耳を持つ。
復元された内耳形態も原始的な特徴と派生的な特徴を表している。三半規管は非鳥類獣脚類恐竜のものと同等の平衡感覚を示す一方、蝸牛からは現生鳥類に匹敵する聴力を有していたことがうかがえる。

 

 ビルの10階建てにも届く巨大な恐竜の姿は子供たちを魅了しているが、この小型獣脚類「フクイベナートル」のような小さな恐竜は、この分野の研究のトレンドなのだという。大半の恐竜が絶滅してしまった一方で、小型化した羽毛恐竜のみが絶滅することなく進化をとげることができたからだろう。

論文で「羽毛恐竜から始祖鳥へ」をたどる

 「恐竜が鳥に進化した」という学説は突拍子ないものであるため、幅広い議論が続いてきたが、1990年代半ばから中国で羽毛恐竜化石の発掘が続いたこともあり、「恐竜→鳥」の進化を立証するミッシングリンクがつながり始めてきた。福井県立恐竜博物館は世界各国の恐竜博物館や研究機関と提携を結び、共同研究を続けてきた。その提携先は9の博物館と研究機関におよぶが、とりわけ中国との連携が深い。
http://www.dinosaur.pref.fukui.jp/museum/relation.html
 恐竜時代には日本列島はまだ現在の中国の一部だった。恐竜の化石が地層内に堆積したあとに恐竜は絶滅。そして、恐竜が永遠の眠りについている「地層=手取層群」も含む巨大な地層の塊が大陸から剥がれるように分離、移動して今の日本列島が形作られた。つまり、手取層群から出る恐竜化石は、もともとは今の中国大陸に棲息していたのである。現在の中国で発見される恐竜も福井県で発見される恐竜も連続した土地で棲息していた。
 これについては、“第12回 発掘!「福井恐竜学」の現場”で触れている。
https://www.web-nihongo.com/wn/shirabemono/12/2.html/
 日本と中国が連携して恐竜研究を進めるのは、当然なのだ。
福井県立恐竜博物館が、2005年7月15日~11月3日、中国地質科学院地質研究所とドイツ ジュラ博物館の特別協力を得て、恐竜から鳥への進化を軸とする特別展示「大空に羽ばたいた恐竜たち」を開催したのは、そういう協力活動の一環だった。
2005年7月15日~11月3日に開催された福井県立恐竜博物館開館5周年記念展示。主催・福井県立恐竜博物館、福井新聞社(出典:FPDM)
この特別展を見た私は、小学生時代から教科書でしか姿を見たことがなかった「始祖鳥」化石のいくつかを目の当たりにして、いたく感激した。また、「始祖鳥」の小ささにも驚いた。
2005年に開催された展示「大空に羽ばたいた恐竜たち」では1950年にドイツ、アイシュテットで1876年(明治9年)に発見された始祖鳥化石(ベルリン標本と呼ばれる)が日本での初展示が実現。写真はもっとも精密なファースト・レプリカ(山根のお宝です)。幼鳥と言われるが、それにしてもA4判におさまるほど小さい。 
 さらにその2年半後、福井県立恐竜博物館は「国際恐竜シンポジウム 2008・アジアの恐竜研究最前線」を開催したが、その中心テーマも「恐竜から鳥へ」だった(2008年3月22、23日)。
「国際恐竜シンポジウム2008」のポスター(出典:FPDM)
 この時、羽毛恐竜研究の第一人者である中国地質科学院地質研究所の季強(ジー・チャン)教授が「中国の羽毛恐竜と鳥類の起源」という演題で講演を行っているのだ。
福井県立恐竜博物館で講演を行った季強(ジー・チャン)教授。手にしているのは2005年に中国の河北省で発見されたジンフェンゴプテリクス(華美金鳳鳥・Jinfengopteryx)。
 この「恐竜→羽毛恐竜→始祖鳥→鳥」への進化のストーリーにはずっとわくわくしてきたのだが、この分野の新しい化石の発見や研究成果の発表が次々と出てきていることもあり、その流れや発見史がしっかりと頭には入っていないことが悩みだった。新しい分野の研究であるため、専門家以外にはきわめて理解しにくいのだ。
 季博士の講演では、その情報整理と理解が間違いなく進むと期待は大きかった。だが私は、残念ながら講演を聞くために福井へ行くことができなかった。ところが最近、福井県立恐竜博物館の公開されている過去の資料の中に季教授の講演の予稿を見つけたのだ。
 そのボリュームはA4サイズで2ページと少しと短いが、李教授が実際の講演で話したと思われる内容が濃縮されていた。これはいいぞと飛びつき、何度か読んだのだがチンプンカンプンで全然頭に入らない。
その理由は、登場する恐竜の数が22もあり、学名や和名を読んでもその恐竜のイメージが頭にはまったく描けないからだと悟った。
 それは、たとえば、「テコドントサウルスがシェンゾウラプトルに襲いかかった」と書いてあっても、何のことやら???と同じことだ。
しかし、図解すればイメージがつかめるので先に読み進める。
この攻撃図式はあくまでも「たとえ話」ですのでお断りしておきます。
 そこで季教授の講演予稿に各恐竜の図を付け加えて整理してみようと思い立った。「調べもの」では、ただ資料を得るだけではダメで、理解しにくい資料をわかりやすくなるように加工することが必要なのだ。これは、私が「調べもの」でいつも行っていることなのだが、どっこい、各恐竜の生体復元図と化石や骨格標本の図や写真を揃えるのは思いのほか大変な作業だった。22種の恐竜等の図を同じサイズにおさめて仕上げるのも難しく何度も中断を繰り返しておりましたが、何とかまとめられました。
 という次第で、次回は、
 「図解版・季強博士が明かす<中国の羽毛恐竜と鳥類の起源>」
 をお届けします。
<第13回了/恐竜シリーズ「鳥と恐竜のミッシングリング」は後編に続きます>
●次回は4月20日ごろ更新。
*編集部の都合で、第12回から第13回までの更新間隔が大きく開いてしまいました。申し訳ありませんでした。
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第13回 鳥と恐竜のミッシングリング(前編)
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著者プロフィール
山根 一眞(やまねかずま)
 ノンフィクション作家・獨協大学特任教授
 1947年、東京生まれ。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。20代からジャーナリズムの仕事を開始。先端科学技術や情報分野、アマゾン環境問題など広いテーマで「謎」を追い求めてきた。NHK総合テレビでキャスターを7年こなし、北九州博覧祭では「ものつくりメタルカラー館」の、愛・地球博では愛知県の総合プロデューサーをつとめた。2009年から母校で経済学部特任教授として環境学や宇宙・深海、生物多様性などをテーマに教鞭もとっている。3.11で壊滅した三陸漁村・大指の支援活動も続けている。主な著書に単行本と文庫本25冊を刊行した「Made in Japan」を担うエンジニアたちとの対談『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(マガジンハウス、東映で映画化)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社)など多数。『日経ビジネスONLINE』では「ポスト3.11日本の力」「山根一眞のよろず反射鏡」を連載中、福島第一原発の廃炉技術も追い続けている。理化学研究所相談役、日本生態系協会理事、宇宙航空研究開発機構客員、福井県文化顧問、2018年国民体育大会(福井県)式典総合プロデューサーなど。日本文藝家協会会員。

山根一眞オフィシャルサイト
http://www.yamane-office.co.jp
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