第29回 「ちくちく」する感覚は地域によって違う?

第29回 「ちくちく」する感覚は地域によって違う?

 急に寒くなってきたので、クロゼットからモヘアのセーターを取り出してきて着てみたものの、首のあたりがくすぐったいというのか、痛がゆいというのか、何とも言えぬむずむずとした違和感があって落ち着かない。このようなとき今回の一枚:クリックすると大きくなります、共通語ではおそらく「ちくちく」としか表現のしようがないのだろう。

 方言の世界には便利な表現があるもので、そのひとつが宮城の「いずい」である。目にゴミが入ってごろごろした感じや、靴を左右逆に履いてしまったときのフィットしない感じも「いずい」。三人掛けの椅子の真ん中に座ってしまったときの居心地の悪さも「いずい」。体感的な感覚にとどまらず、気分的に落ち着かない状態まで使用範囲の広い便利なことばだ。

 この「いずい」、古語の「えずし」に由来するようだ。『日本国語大辞典』によれば、初めて文献に登場するのが15世紀の中頃で、「胸がむかつくほどに不快である。いとわしく気持が悪い。」という意味が古いらしい。江戸時代中期の節用集という国語辞典には「目に中に物が入った感じ」を「えずし」と表現する用例が見られる。次第に不快感の部分が強調され、方言に残っていると言えそうだ。

 使用地域は青森、秋田、岩手の東北地方に広がり、北海道でも使われている。「えずい」「えんずい」と古い姿を残している地域もあるようだ。

 北陸、近畿、四国を中心に西日本で広く使われる「はしかい」も鎌倉時代から用例がみられる古いことばだ。「稲や麦などの果実の先にある針のような毛」を意味する「芒(はしか)」から派生したことばらしい。その針のような毛を触れた感覚を表現する言い方として生み出されたわけだ。

 広島では、素肌に化繊のセーターを着た感じは「いがいい」。思わず「栗のいが」を連想してしまうが、「栗のいが」が刺さったときの感じを痛かゆいと言うほど広島県人が我慢強いわけでもあるまい。

 擬態語もおもしろい。山形では「つかつか」。同じ山形でも庄内地方では「つかぽか」と表現するらしい。

 岐阜、三重、滋賀のあたりでは「しかしか」。滋賀では「はしかい」も使うようで、方言集の中には、「はしかい」の意味を「しかしかする」と記述しているものがあった。まさに「共通語な方言」である。

 同じ感覚でも、ことばに変換してしまうと全く別物になってしまう所がおもしろい。

第29回 「ちくちく」する感覚は地域によって違う?




    


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